姪が台湾で目にした葬儀の模様を電話で聞く。参列者の服装は黒ではないらしい。姪は真っ黒でなく白黒の上下で参列したという。もしも黒で統一していたらかなり浮いたとか。火葬前には泣き崩れていた人たちもお骨になるとあっけらかんとしていたと驚いて話す。この件に関しては母の時がそうだったと話すと納得した様子だった。他にも故人の持っていた趣味や身に着けていた一切合切と紙で作った紙幣を大きな箱に入れ、それを燃やすらしい。日本では故人が大切にしていたものをお棺に入れることがある。台湾ではお棺に入れずに別のところで燃やすらしい。これにはかなりの時間を割くらしく、日本と違って葬儀は一日かかるそうだ。
先日聞いた姪の話とここ3,4か月、母の月命日にお墓に参られなかったことが原因なのか両親の変な夢ばかりを見ていた。それも矛盾だらけの夢。今月も他の用事があってやっと昨日お墓参りをする。
それにしても急激に寒くなった。寒いときは温かいのが一番のご馳走と話していた母。そうかもしれない。寒くても今月の予定がまだ残っている。それもちょっぴりの遠出が2件ある。そのうちの1日は今朝の新聞によると日本画家の講演会もある。講演は聞きたいけどどうもがいても聞かれそうにない。残念!
2017年11月21日火曜日
2017年11月20日月曜日
日本画作品展の打ち上げ
日本画教室の打ち上げは楽しいうちに終わる。打ち上げ場所はホテルグランヴィア広島の煌蘭苑。20数名の個室が新たに設けられたらしく、早めに席を予約されていた。これから忘年会シーズンなのでこの部屋の予約もすぐに埋まるだろう。落ち着いた部屋で和気藹々と会は終わる。
今回は先生が日本美術院の「院友」になられたお祝いも兼ねる。また、生徒さんの中に長く日本画を習われ、何度も県美展などに入選されているご夫妻がおられる。その人たちは日本画の作品展開催と同時期に二人展を開かれた。それはご夫妻の古希のお祝いでもあった。
食事後にはがきサイズに描いた絵の交換会がある。受け取ったのはなんと、その旦那さんの絵だった。家の庭に黄色く色づいた一本のイチョウの木を描かれていた。添えられたメッセージには「これからも精一杯楽しみましょう!」とある。これは毎日自分に言い聞かせている言葉だ。
自分の描いた落ち葉の絵は、これまたいつも県美展に入選される人に渡る。どういってもこの会で一番下手な絵が一番うまい人の手に渡るとは…。本当に申し訳ない。それでも添付したメッセージを感情をこめて読んでくださる。これを聞いて先生は「何枚も落ち葉を描いてた…」とフォローしてくださる。後で受け取った人から「何度も描いたよね」と言ってもらう。それでも、今になって余りの下手さ加減に恐縮してしまう。
乾杯の音頭は某男性。その方はダ・ヴィンチの言葉を話される。詳しくは覚えていないが内容は「画家は万能でなければならない」「絵を習う人は師を凌ぐようにならなければならない」というようなお話だった。話された人は本か何かでこれを読まれたのだろう。ダ・ヴィンチの本を読んだことがない。先ほどネットで調べるとこの言葉はわからなかったが多くの名言がある。
音頭を取った人は絵の隅に「糀」とサインされている。受け取った人は誰の絵かわからない。誰、誰?と聞いても返事がない。先生はしきりに「誰の絵?」と思案の挙句「糀」をかけた名前を思い出してやっと誰の絵か判明する。ダ・ヴィンチを話された人の絵だった。
20余名が参加した日本画の打ち上げ。どういっても参加者の年齢が高い。横の人は79歳と84歳の人だった。皆さん、絵を習って20年以上の選手で一番下っ端とはどういっても絵のうまさが違う。そして絵を描くのが好きな人たちばかり。まだ絵を描くのが好きとまでに至らない。ただ、いつか自発的に絵を描くようになればそれでいいと思っている。それはいつの日?それでも、この頃やっと次はこんな絵を描こうとの欲が出てきた。これだけでも自分にとっては上出来!
他にも10年と15年習われている人に先生の絵が贈呈された。来年のこの頃は私も絵を習って5年になり、先生の絵を頂けそうだ。宴も終わるころ先生の絵が入った来年のカレンダーをいただく。ありがたい!
最後に落ち葉のメッセージをメモとして記そう。渡したメッセージにはピアニストの名前は書いていない。
「『年を取ると美しく成長する』、92歳のアメリカのピアニスト、ルース・スレンチェンスカさんの言葉です。緑の若葉も美しく成長して赤く染まり、美しい落ち葉となるのです」。
今回は先生が日本美術院の「院友」になられたお祝いも兼ねる。また、生徒さんの中に長く日本画を習われ、何度も県美展などに入選されているご夫妻がおられる。その人たちは日本画の作品展開催と同時期に二人展を開かれた。それはご夫妻の古希のお祝いでもあった。
食事後にはがきサイズに描いた絵の交換会がある。受け取ったのはなんと、その旦那さんの絵だった。家の庭に黄色く色づいた一本のイチョウの木を描かれていた。添えられたメッセージには「これからも精一杯楽しみましょう!」とある。これは毎日自分に言い聞かせている言葉だ。
自分の描いた落ち葉の絵は、これまたいつも県美展に入選される人に渡る。どういってもこの会で一番下手な絵が一番うまい人の手に渡るとは…。本当に申し訳ない。それでも添付したメッセージを感情をこめて読んでくださる。これを聞いて先生は「何枚も落ち葉を描いてた…」とフォローしてくださる。後で受け取った人から「何度も描いたよね」と言ってもらう。それでも、今になって余りの下手さ加減に恐縮してしまう。
乾杯の音頭は某男性。その方はダ・ヴィンチの言葉を話される。詳しくは覚えていないが内容は「画家は万能でなければならない」「絵を習う人は師を凌ぐようにならなければならない」というようなお話だった。話された人は本か何かでこれを読まれたのだろう。ダ・ヴィンチの本を読んだことがない。先ほどネットで調べるとこの言葉はわからなかったが多くの名言がある。
音頭を取った人は絵の隅に「糀」とサインされている。受け取った人は誰の絵かわからない。誰、誰?と聞いても返事がない。先生はしきりに「誰の絵?」と思案の挙句「糀」をかけた名前を思い出してやっと誰の絵か判明する。ダ・ヴィンチを話された人の絵だった。
20余名が参加した日本画の打ち上げ。どういっても参加者の年齢が高い。横の人は79歳と84歳の人だった。皆さん、絵を習って20年以上の選手で一番下っ端とはどういっても絵のうまさが違う。そして絵を描くのが好きな人たちばかり。まだ絵を描くのが好きとまでに至らない。ただ、いつか自発的に絵を描くようになればそれでいいと思っている。それはいつの日?それでも、この頃やっと次はこんな絵を描こうとの欲が出てきた。これだけでも自分にとっては上出来!
他にも10年と15年習われている人に先生の絵が贈呈された。来年のこの頃は私も絵を習って5年になり、先生の絵を頂けそうだ。宴も終わるころ先生の絵が入った来年のカレンダーをいただく。ありがたい!
最後に落ち葉のメッセージをメモとして記そう。渡したメッセージにはピアニストの名前は書いていない。
「『年を取ると美しく成長する』、92歳のアメリカのピアニスト、ルース・スレンチェンスカさんの言葉です。緑の若葉も美しく成長して赤く染まり、美しい落ち葉となるのです」。
2017年11月19日日曜日
落ち葉のメッセージ
今日の予想最高気温は11度。10度近くになるといよいよ冬が来る気がする。
日本画教室の人から数個ずつスダチをいただく。黄色く色づいた丸いスダチ。大豊作らしい。わが家のレモンも大豊作。レモンの木は2mもないくらい低くしている。そのためか地面すれすれに実をつける。レモンにはとげがあり、これに当たると怪我をする。先日も実を取っていると膝に当たる。膝がチクチクすると思ったらとげだった。今年は5、60個ほど実をつける。レモンは地面に向かって実をつける。そのため枝の下にもぐって実をとるのも大変。取りにくい実はほったらかしたままにしている。
いただいたスダチはネットで検索すると4分の1くらいに切ってラップして冷凍保存するといいらしい。早速、切って保存する。日本画教室では3人が落ち葉を持参。同じ落ち葉でも1枚の葉にいろんな色が混ざったのもある。これまで赤く色づいたきれいな落葉を集めていた。しかし、落ち葉を集めるのも人それぞれであり、持参された落ち葉を見せてもらう。このうち特徴ある落ち葉2枚を借りて描いてみる。100枚くらい描けばかなりうまく描けるようになるかもしれない。
一番よく描けた落ち葉にメッセージをつける。その前にコンビニでカラーコピーして自分の画の控とする。メッセージ用の付箋紙を先生にいただく。しかし、平常、あまり字を書かないのでうまく書けない。毎日字を書くことを習慣づけよう。さてメッセージ、書き損じたので今から百円ショップに買いに行こう。そしてもっときれいな字でメッセージを書こう!どういってもメッセージとしての文は気に入っている。これもすべては自己満足、自己満足!
日本画教室の人から数個ずつスダチをいただく。黄色く色づいた丸いスダチ。大豊作らしい。わが家のレモンも大豊作。レモンの木は2mもないくらい低くしている。そのためか地面すれすれに実をつける。レモンにはとげがあり、これに当たると怪我をする。先日も実を取っていると膝に当たる。膝がチクチクすると思ったらとげだった。今年は5、60個ほど実をつける。レモンは地面に向かって実をつける。そのため枝の下にもぐって実をとるのも大変。取りにくい実はほったらかしたままにしている。
いただいたスダチはネットで検索すると4分の1くらいに切ってラップして冷凍保存するといいらしい。早速、切って保存する。日本画教室では3人が落ち葉を持参。同じ落ち葉でも1枚の葉にいろんな色が混ざったのもある。これまで赤く色づいたきれいな落葉を集めていた。しかし、落ち葉を集めるのも人それぞれであり、持参された落ち葉を見せてもらう。このうち特徴ある落ち葉2枚を借りて描いてみる。100枚くらい描けばかなりうまく描けるようになるかもしれない。
一番よく描けた落ち葉にメッセージをつける。その前にコンビニでカラーコピーして自分の画の控とする。メッセージ用の付箋紙を先生にいただく。しかし、平常、あまり字を書かないのでうまく書けない。毎日字を書くことを習慣づけよう。さてメッセージ、書き損じたので今から百円ショップに買いに行こう。そしてもっときれいな字でメッセージを書こう!どういってもメッセージとしての文は気に入っている。これもすべては自己満足、自己満足!
2017年11月18日土曜日
「私の履歴書」から
予約確保の本を受け取りに図書館へ行く。ついでにと今月から始まった日経新聞の「私の履歴書」欄の石毛直道元国立民族学博物館長の記事を読む。今月の5,6日までは読み終えていた。その後の10日間を読む。昨日の記事を見ると「みんぱく」(国立民族学博物館)ができて40周年だそうだ。長く「みんぱく」の友の会に入っていた。節目の年にわざわざ泊まり込みでみんぱくのパーティーに出たことがある。今思うとそれは20周年の記念パーティーだろう。
先日、気にいった写真を眺めていた時、みんぱくの偉い先生方と写っている。この中には石毛館長と写った写真もある。今では個人の写真はほとんど写さない。しかし20年前はもう完全にミーハーで写りたい人のそばに行っては写してもらっていた。本当に楽しい思い出だ。民族学(文化人類学)に関心を抱き始めたのは海外に行き始めた30年くらい前からになる。
そのころから「みんぱく」の友の会に入り、会報によく投書して文を掲載してもらった。これが昂じて文を書く楽しみを知った。航空機の機内誌や月刊誌などにもよく投書した、今やブログに書き留める。記事が掲載されると嬉しいモノですべての記事をコピーして持っている。これも老後の楽しみ!?
図書館で予約確保された前橋汀子の本を1冊借りるところをほかのも入れて5冊借りる。昨夜、その前橋汀子と黒柳徹子のエッセイを遅くまで読み過ぎて今朝の目覚めの悪いコト。
昨朝は自転車屋でパンクを修理してもらう。そのついでに前のタイヤも新たにしてもらった。計5065円也。直してもらう間、歩いて眼科へ行く。眼圧13と18で大丈夫だった。
そういえば今朝の新聞に民族学者の講演会の記事がある。すぐに電話で問い合わせると予約不要とのこと。その日は他の予定も入れていた。それよりも講演会を優先しよう。予定といえば昨日届いた旅のチラシを見てすぐに来年2月のバスツアーの予約を入れる。どういっても遊ぶことに関してはやることが早い。来年の予定も徐々に決まりだす。楽しみだ!
先日、気にいった写真を眺めていた時、みんぱくの偉い先生方と写っている。この中には石毛館長と写った写真もある。今では個人の写真はほとんど写さない。しかし20年前はもう完全にミーハーで写りたい人のそばに行っては写してもらっていた。本当に楽しい思い出だ。民族学(文化人類学)に関心を抱き始めたのは海外に行き始めた30年くらい前からになる。
そのころから「みんぱく」の友の会に入り、会報によく投書して文を掲載してもらった。これが昂じて文を書く楽しみを知った。航空機の機内誌や月刊誌などにもよく投書した、今やブログに書き留める。記事が掲載されると嬉しいモノですべての記事をコピーして持っている。これも老後の楽しみ!?
図書館で予約確保された前橋汀子の本を1冊借りるところをほかのも入れて5冊借りる。昨夜、その前橋汀子と黒柳徹子のエッセイを遅くまで読み過ぎて今朝の目覚めの悪いコト。
昨朝は自転車屋でパンクを修理してもらう。そのついでに前のタイヤも新たにしてもらった。計5065円也。直してもらう間、歩いて眼科へ行く。眼圧13と18で大丈夫だった。
そういえば今朝の新聞に民族学者の講演会の記事がある。すぐに電話で問い合わせると予約不要とのこと。その日は他の予定も入れていた。それよりも講演会を優先しよう。予定といえば昨日届いた旅のチラシを見てすぐに来年2月のバスツアーの予約を入れる。どういっても遊ぶことに関してはやることが早い。来年の予定も徐々に決まりだす。楽しみだ!
2017年11月17日金曜日
大越健介 激動の世界をゆく「カザフスタン」
大越健介 激動の世界をゆく「カザフスタン」を見る。番組紹介によると「今回の舞台は、かつて旧ソ連による核実験が450回以上繰り返されたカザフスタン。独立から25年余り、草原の国は平和への道を選択した。大きく変貌を遂げる現場を伝える」とある。さらに詳細を見ると「アジアには大量の核兵器が使われた国があることを知っていますか?草原の国・カザフスタンです。核実験を繰り返した旧ソ連から独立して四半世紀余り。カザフスタンは急激な経済成長を遂げ、ロシア・中国という超大国と国境を接するがゆえのバランス外交を実践。多くの民族が目立った紛争もなく共存しています。そして今、一帯一路の波が押し寄せる中、変貌を続けています。大国に囲まれた国ならではの選択がそこにはありました」ともある。
テレビ画面いっぱいに広がる草原。そこにあるのはかつての核実験場の建物。広島の原爆ドームのように被爆実験後の破壊された被爆建物が残る。ソ連時代の負の遺産だ。かつての核実験施設も今はひっそりとし、カザフスタンは新たな時を迎える。
ソ連から独立した今ではカザフスタンの民族色を出しつつある。キリル文字を改めてローマ字表記に移行し、言語もロシア語でなくカザフ語を使う。テレビ局のトップの話ではテレビ番組もカザフスタンらしさを追求する。民族楽器であるドンブラの技術を競う大会もある。さらには世界に散らばるカザフ人を祖国に帰国させる事業も始めた。カザフスタンのカザフとは自由の意とか。
日本人と似た顔つきのカザフスタンの人々。その人たちの住む広々とした草原の真ん中に立ってみたい。いつの日か実現するといいけど…。
今朝のFMから流れる曲は🎵パンの笛🎵。鳥の鳴き声を思わせるフルートの音色。動画を探すとフルートの神様ジェームス・ゴールウェイのフルート演奏があった。
テレビ画面いっぱいに広がる草原。そこにあるのはかつての核実験場の建物。広島の原爆ドームのように被爆実験後の破壊された被爆建物が残る。ソ連時代の負の遺産だ。かつての核実験施設も今はひっそりとし、カザフスタンは新たな時を迎える。
ソ連から独立した今ではカザフスタンの民族色を出しつつある。キリル文字を改めてローマ字表記に移行し、言語もロシア語でなくカザフ語を使う。テレビ局のトップの話ではテレビ番組もカザフスタンらしさを追求する。民族楽器であるドンブラの技術を競う大会もある。さらには世界に散らばるカザフ人を祖国に帰国させる事業も始めた。カザフスタンのカザフとは自由の意とか。
日本人と似た顔つきのカザフスタンの人々。その人たちの住む広々とした草原の真ん中に立ってみたい。いつの日か実現するといいけど…。
今朝のFMから流れる曲は🎵パンの笛🎵。鳥の鳴き声を思わせるフルートの音色。動画を探すとフルートの神様ジェームス・ゴールウェイのフルート演奏があった。
話は変わって、インドネシアに出かけた某会の反省会の連絡が届く。毎日忙しく過ごしていて旅行記はまだ描き終えていない。そろそろ、本腰を入れて…。その日はホームコンサートの案内ももらっている。時間的にはどちらも参加できそうで一安心。
昨日は他にも午後からプールで泳ぐ。寒さも本格化してくると次第に体の動きが縮んでしまう。その点プールはいい。クロールと背泳ぎで目いっぱい体を伸ばして泳ぐ。1キロ泳ぎ終えて気を良くして帰りの自転車を見ると空気がない。家に帰って空気を入れるがすぐにへこんでしまう。暗くなる前に自転車屋へ急ぐ。「パンクしました!」と告げる。すると若い兄ちゃんはこの婆さん何を言ってるという感じで曰く「パンクかどうかわかりません。空気を入れるのは無料です。とにかく空気を入れましょう」。
今朝自転車を見るとやっぱり空気が漏れている。これから急いで自転車屋へGO~。
2017年11月16日木曜日
『物語ポーランドの歴史』
日本画展の打ち上げが近づいてきた。はがき大に描いた絵は一枚の「落ち葉」。これを打ち上げの交換会に出す予定。それに各自メッセージを託す。何をメッセージに込めるかを考える。思いつくままにパソコンに入力して保存する。今朝も短い文に書き改める。もしかして、ハガキに描いた絵よりもメッセージにかなりの時間を割く!?まあ、受け取る人はさらっと流してしまうかもしれないが…。ともあれ、これも自己満足かもしれない。
先ほど、姪からメールがある。無事、台湾から帰った様子だった。まだ30歳代と若い友人の訃報を知り、急きょ台湾へ行くと聞いてびっくり。外国に行くのも日本を移動するのも感覚は同じなのか、ネットで航空券や宿を予約して海外へ飛ぶ。千代田区にある職場に勤務する姪は海外へ行く場合、休暇届を出しても許可がいるらしく、それを心配していた。ともあれ、1泊2日で台湾の花蓮に出かけ、先ほど無事帰国したとの報告が入る。それにしてもエコノミー席がなくマイル利用でビジネスにしたとか。まあ、いずれにしても元気で帰ってくればそれでいい!
何度も外国に出かけていてもツアーでなく一人でネットで予約して出かけたことがない。誰もがすぐに一人で海外に飛べないと姪に話すと笑っていた。一人で海外に出かけることに慣れているモノにとってその感覚はないのかもしれない。
以下は先日読んだ『物語ポーランドの歴史』(渡辺克義 中公新書、2017年)。サブタイトルは「東欧の「大国」の苦難と再生」。またいつものように気になる個所を記そう。本では縦書きを横書きで入力する際の漢数字の変換の難しさ。ましてやこれを読むとさらに読みづらい。それでも、本の通りに入力しないと違反になりそうだ。
☆十七世紀はバロック音楽が栄えた時期である。バロックという名称は「歪な形状の真珠」を意味するポルトガル語の「バロッコ(barcco)」に由来すると言われる。実際、豪華絢爛ではあるが、気品には欠ける芸術が発達した。バロック建築を代表するのが、ヤン三世と王妃マリシェンカのために建てられた、ワルシャワ郊外のヴィラヌフ宮殿である。30p
☆十九世紀前半、「ロマン主義」という学問・芸術における新たな潮流が現れた。ロマン主義者は、自由を謳歌したかつてのポーランドを直接知らない最初の世代である。…音楽では、フレデリック・ショパン(ポーランド名はフリデリク・ショペン)やスタニスワフ・モニュシュコが活躍した。ショパンといえばマズルカやポロネーズで知られる愛国者である。63p
☆ソ連軍によるポーランド侵攻は、ドイツにとって事前の諒解事項であった。96p
☆ナチス・ドイツの政策はポーランド人を単なる奴隷労働者とすることであり、それゆえ、知識階級が迫害の対象とされた。99p
☆とりわけ受難だったのはユダヤ人である。大戦当初のポーランドのユダヤ人人口は九・七%(三五〇万人)であった。ユダヤ人を幽閉するため、四方をコンクリートの高い塀で囲った「ゲットー」が設けられた。100p
☆一九四二年夏、ドイツ軍はゲットーのユダヤ人に対し、労働キャンプに行きドイツのために奉仕するならば食料と衣服を与えると伝えた。これは、絶滅収容所や強制労働収容所におくるための口実に過ぎなかった。115p
☆社会主義リアリズムは一九三〇年代にソ連で生まれた。ポーランドでは第二次大戦後にこの潮流が現れた。画家、彫刻家、作家らのモチーフとなった労働者は農民であった。芸術家たちは労働に従事する彼らの姿を描いた。一九五一年からはロシア語が必修科目になった。西側の文化は、映画であれ文学であれ大幅に制限された。学問の世界でも捏造・歪曲は日常的なことであった。163p
☆敗戦後一〇年以上の歳月を経てようやく一九五六年に日ソ間に国交が回復すると、日本・ポーランド間にも外交関係回復の機が熟することになる。両国は翌五七年五月十八日に国交を回復した。173p
☆半世紀にわたった社会主義政権ののちにようやく獲得した民主主義であったが、今ポーランドではこれに逆行する動きも見られる。…ポーランドは今どこへ向かおうとしているのか。「失敗の後の賢いポーランド人」という諺がポーランド語にはあるが、その叡智は活かされるだろうか。206p
先ほど、姪からメールがある。無事、台湾から帰った様子だった。まだ30歳代と若い友人の訃報を知り、急きょ台湾へ行くと聞いてびっくり。外国に行くのも日本を移動するのも感覚は同じなのか、ネットで航空券や宿を予約して海外へ飛ぶ。千代田区にある職場に勤務する姪は海外へ行く場合、休暇届を出しても許可がいるらしく、それを心配していた。ともあれ、1泊2日で台湾の花蓮に出かけ、先ほど無事帰国したとの報告が入る。それにしてもエコノミー席がなくマイル利用でビジネスにしたとか。まあ、いずれにしても元気で帰ってくればそれでいい!
何度も外国に出かけていてもツアーでなく一人でネットで予約して出かけたことがない。誰もがすぐに一人で海外に飛べないと姪に話すと笑っていた。一人で海外に出かけることに慣れているモノにとってその感覚はないのかもしれない。
以下は先日読んだ『物語ポーランドの歴史』(渡辺克義 中公新書、2017年)。サブタイトルは「東欧の「大国」の苦難と再生」。またいつものように気になる個所を記そう。本では縦書きを横書きで入力する際の漢数字の変換の難しさ。ましてやこれを読むとさらに読みづらい。それでも、本の通りに入力しないと違反になりそうだ。
☆十七世紀はバロック音楽が栄えた時期である。バロックという名称は「歪な形状の真珠」を意味するポルトガル語の「バロッコ(barcco)」に由来すると言われる。実際、豪華絢爛ではあるが、気品には欠ける芸術が発達した。バロック建築を代表するのが、ヤン三世と王妃マリシェンカのために建てられた、ワルシャワ郊外のヴィラヌフ宮殿である。30p
☆十九世紀前半、「ロマン主義」という学問・芸術における新たな潮流が現れた。ロマン主義者は、自由を謳歌したかつてのポーランドを直接知らない最初の世代である。…音楽では、フレデリック・ショパン(ポーランド名はフリデリク・ショペン)やスタニスワフ・モニュシュコが活躍した。ショパンといえばマズルカやポロネーズで知られる愛国者である。63p
☆ソ連軍によるポーランド侵攻は、ドイツにとって事前の諒解事項であった。96p
☆ナチス・ドイツの政策はポーランド人を単なる奴隷労働者とすることであり、それゆえ、知識階級が迫害の対象とされた。99p
☆とりわけ受難だったのはユダヤ人である。大戦当初のポーランドのユダヤ人人口は九・七%(三五〇万人)であった。ユダヤ人を幽閉するため、四方をコンクリートの高い塀で囲った「ゲットー」が設けられた。100p
☆一九四二年夏、ドイツ軍はゲットーのユダヤ人に対し、労働キャンプに行きドイツのために奉仕するならば食料と衣服を与えると伝えた。これは、絶滅収容所や強制労働収容所におくるための口実に過ぎなかった。115p
☆社会主義リアリズムは一九三〇年代にソ連で生まれた。ポーランドでは第二次大戦後にこの潮流が現れた。画家、彫刻家、作家らのモチーフとなった労働者は農民であった。芸術家たちは労働に従事する彼らの姿を描いた。一九五一年からはロシア語が必修科目になった。西側の文化は、映画であれ文学であれ大幅に制限された。学問の世界でも捏造・歪曲は日常的なことであった。163p
☆敗戦後一〇年以上の歳月を経てようやく一九五六年に日ソ間に国交が回復すると、日本・ポーランド間にも外交関係回復の機が熟することになる。両国は翌五七年五月十八日に国交を回復した。173p
☆半世紀にわたった社会主義政権ののちにようやく獲得した民主主義であったが、今ポーランドではこれに逆行する動きも見られる。…ポーランドは今どこへ向かおうとしているのか。「失敗の後の賢いポーランド人」という諺がポーランド語にはあるが、その叡智は活かされるだろうか。206p
2017年11月15日水曜日
フルート・レッスン&第375回広響プレミアム定演に行く
今月は動きすぎの毎日。昨日はフルートのレッスンと広響の定演があり、家から市内へ2度往復する。携帯万歩計は12064歩。
まずはフルートのレッスン。さらっているヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ第5番。この曲は拍子がコロコロと変わる。この拍に合わせるためにチューナーでリズムをとる。忠実に曲と合わせると拍を間違えずに吹ける。曲として仕上げはまだだけど次はショパンの🎵ノクターン Op. 9 第二楽章♪をさらう予定。少しだけこの曲をさらってもらうと曲の初めころに複雑なターンがある。これは次の音にかかるターンと勝手に思った。何と難しい指使いと思って吹くと、ターンは前の音にかかると教えてもらう。これはもうびっくり。道理で指使いが難しいはず。
それにしても♯や♭は音符の左についている。ターンも左の音符にかかると勝手に思ったのが大間違い。いろいろと決まりがあるようだ。
先日、ネットで知った♪感傷的なワルツ♪が気に入る。これをフルートで吹きたい旨、先生に相談すると以前さらって中断していた曲集に入っていた。ノクターンの後はこの曲をさらう予定。フルートの練習も忙しくなる。
レッスン後、三越裏にある画材屋による。その前に、お昼のランチをいただく。お店に入ると喫煙室でなくたばこを吸っている人がいる。嗅覚は人一番敏感な方だ。ルールを守って喫煙ルームで吸ってほしい。空気が悪いので食事後早々に画材屋へ行く。三越界隈は胡子講が近いとあって画材屋でも一昨日からセールが始まる。買い物目的は削用筆を買うこと。お店の人は大中小と3種見せてくれる。しかし、出された筆は失くす前に使用していたメーカーと違う。@¥3000が2割引きとなるとか。同じメーカーの筆を探すと横にあった。しかしこの筆は定価のまま。高くてもこの筆を購入。
次の売り出しは新年初売りとか。しかし、購入した筆はやはり定価のままらしい。ともあれ、削用筆を買って一安心。弘法筆を選ばず、とはいっても凡人は筆を選んでしまう。
話は変わって第375回広島交響楽団の定期演奏会の話題。今回はプレミアム定期演奏会とあって指揮者もゲストも豪華な顔ぶれ、そして演奏曲も素晴らしかった。
今回の演奏会テーマは<世界への扉vol.1>ライジング・サン。指揮者にハンヌ・リントゥ、ピアノにカティア・ブニアティシヴィリを迎え、演奏曲目は次のようであった。
🎵ストラビンスキー 葬送の歌Op.5
🎵チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番変ロ長調Op.23
🎵バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Sz.116
2曲目が終わるとアンコール曲としてピアノソロが2曲演奏された。
🎵シューベルト セレナーデ(リスト編)
🎵ショパン プレリュードホ短調Op.28-4
いつもながらアンコール曲のしっとりとした響きは素晴らしいの一言。フルートを習い始めた頃、発表会で吹いたシューベルトのセレナーデ。その頃を思い出しながらしっとりしたピアノの音色に吸い込まれて聞く。いい演奏会だった!そして心地よい疲れの一日だった!
ブログ投稿後、カティア・ブニアティシヴィリの🎵セレナーデ🎵の動画を見つけた。アップしよう!
まずはフルートのレッスン。さらっているヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ第5番。この曲は拍子がコロコロと変わる。この拍に合わせるためにチューナーでリズムをとる。忠実に曲と合わせると拍を間違えずに吹ける。曲として仕上げはまだだけど次はショパンの🎵ノクターン Op. 9 第二楽章♪をさらう予定。少しだけこの曲をさらってもらうと曲の初めころに複雑なターンがある。これは次の音にかかるターンと勝手に思った。何と難しい指使いと思って吹くと、ターンは前の音にかかると教えてもらう。これはもうびっくり。道理で指使いが難しいはず。
それにしても♯や♭は音符の左についている。ターンも左の音符にかかると勝手に思ったのが大間違い。いろいろと決まりがあるようだ。
先日、ネットで知った♪感傷的なワルツ♪が気に入る。これをフルートで吹きたい旨、先生に相談すると以前さらって中断していた曲集に入っていた。ノクターンの後はこの曲をさらう予定。フルートの練習も忙しくなる。
レッスン後、三越裏にある画材屋による。その前に、お昼のランチをいただく。お店に入ると喫煙室でなくたばこを吸っている人がいる。嗅覚は人一番敏感な方だ。ルールを守って喫煙ルームで吸ってほしい。空気が悪いので食事後早々に画材屋へ行く。三越界隈は胡子講が近いとあって画材屋でも一昨日からセールが始まる。買い物目的は削用筆を買うこと。お店の人は大中小と3種見せてくれる。しかし、出された筆は失くす前に使用していたメーカーと違う。@¥3000が2割引きとなるとか。同じメーカーの筆を探すと横にあった。しかしこの筆は定価のまま。高くてもこの筆を購入。
次の売り出しは新年初売りとか。しかし、購入した筆はやはり定価のままらしい。ともあれ、削用筆を買って一安心。弘法筆を選ばず、とはいっても凡人は筆を選んでしまう。
話は変わって第375回広島交響楽団の定期演奏会の話題。今回はプレミアム定期演奏会とあって指揮者もゲストも豪華な顔ぶれ、そして演奏曲も素晴らしかった。
今回の演奏会テーマは<世界への扉vol.1>ライジング・サン。指揮者にハンヌ・リントゥ、ピアノにカティア・ブニアティシヴィリを迎え、演奏曲目は次のようであった。
🎵ストラビンスキー 葬送の歌Op.5
🎵チャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番変ロ長調Op.23
🎵バルトーク 管弦楽のための協奏曲 Sz.116
2曲目が終わるとアンコール曲としてピアノソロが2曲演奏された。
🎵シューベルト セレナーデ(リスト編)
🎵ショパン プレリュードホ短調Op.28-4
いつもながらアンコール曲のしっとりとした響きは素晴らしいの一言。フルートを習い始めた頃、発表会で吹いたシューベルトのセレナーデ。その頃を思い出しながらしっとりしたピアノの音色に吸い込まれて聞く。いい演奏会だった!そして心地よい疲れの一日だった!
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