週間天気予報を見るとお正月三が日は気温も13,4度と上がって暖かくなりそうだ。今朝は昨日からのお天気が回復して日差しは暖かい。今年も残り少なくなってきた。ただ元気に楽しく過ごせたことだけでも良かったかなと思う。来年もこのままの勢いで楽しく元気で過ごせるように、と願いたい。元気であれば何だって楽しくできる。
本を読んでいると「人はなぜ必ずいつか失われるとわかっているものしか愛さないのだろう」との五木寛之の文を目にする。208p
五木はこの言葉を発した人を特定していない。じゃ、誰が…と思ってネットで検索するが今のところはわからない。だが、同じ本を読んでこれをブログにアップした人がいた。同じ思いの人がいるんだ、と妙に親近感を覚える。
本にはまた「宗教を必要とするのは、病める心(シック・マインド)ではないか、と。…人生のあらゆることに、残酷な真実を見てしまう。そして素直に幸福を喜べない。そんな心を病める心というならば、魚がかわいそう、というのはまさしく病める心の状態です。そして一家で食卓をかこみ、煮魚に舌づつみをうつ瞬間を素直に幸せだと感じる橘曙覧は、健康な心(ヘルシー・マインド)の持ち主ということになる」がある。これは橘曙覧が詠んだ「たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食う時」の歌から引用して述べている。五木は魚は一家に幸せをもたらす自然からの贈り物という。これに対するのが金子みすゞの歌。それは魚を食べる時、人に食べられてしまう魚が「かわいそう」と歌にした。63p
小さい頃、父が釣って来た魚は何でもおいしい、おいしいと言って食べていた。人の口で食べられてしまう魚を「かわいそう」との思いから食べなければヒトは生きてはいけない。それよりも素直に何でもおいしいと言って味あわせてもらえれば食べられる側の魚にも気持ちが伝わるだろう。
「私たちは、日常のなかで自分の好きなこと、そのことが自分にとってすごく気持ちがいいとか、自分が幸福感を感じることをもっと大事にしなくてはいけない」と五木。207p
引用は『新・幸福論』。サブタイトルは「青い鳥の去ったあと」(五木寛之 ポプラ社、2012年)。
五木が述べているように、新たな年も素直な気持ちを失わず、ささやかな幸せをかみしめて毎日を過ごそう!
お正月、何の感慨もない。せめておいしいモノを求めてこれからデパートへ行こう!
どうぞ佳いお年をお迎えください!この一年、ありがとうございました!
2016年12月28日水曜日
2016年12月27日火曜日
『退屈のすすめ』
雨の師走でどこへも行かず、旅の文を書く。その合間に笛を吹き、本を読む。本は年末年始の間、活字に餓えそうなので図書館の書架から新しそうなものを適当に借りる。その中の1冊は『退屈のすすめ』(五木寛之、KADOKAWA 、2013年)。エッセイなのですぐに読める。「悪所の卑俗さを残してこそ」では「展覧会や画廊での時間を無駄に過ごさない秘訣は、自分の大好きな『この一点』という作品を探し出し、それに夢中になることである。オペラやバレエを退屈しないで見るためにも、自分の『ただひとりの心の恋人』を探すことが大事だ」とある。125p
そうかもしれない。国内外の美術館で絵を鑑賞しても、後々まで記憶に残るのは絵よりも建物であったり、グッズ売り場であったりと他の面の印象が強い。これは本末転倒。最近は展示品を一通り見て後でゆっくり気に入った作品を見るようにしている。音楽の鑑賞もそうかもしれない。先日、届いた某交響楽団のクリスマスカード。ファンになるような人から届いたのであればきっと感動するはず。カープの観客動員数もカープ女子というカープを愛するファンで増えている。ナニゴトも「好き」がなくてはモノゴトは始まらない。
「何とでも遊ぶ」からは「畢竟、人間はその〈虫〉のことのことを忘れようとして、さまざまな慰めの方法や、気分をそらすさまざまな方法を考えてきた。宗教も、芸術も、文化もたぶんそういうものではないか、と私は思う」とある。183p注:〈虫〉とは〈ふさぎの虫〉のこと。
これも確かに。宗教は特別な宗教を持たない。だが、観光地や日常であっても行く先々の神社仏閣で出会えばなんとなく神聖な気持ちになる。芸術や文化といえるほど大げさでなくても笛を吹いたり絵を描いたりするのは退屈しのぎかもしれない。自分にとっての〈虫〉克服は退屈するどころかとにかく体を動かすこと、じっとしないに限る。これでは退屈のすすめにならない!?
筆者は「退屈のすすめ」を決してだらだら体を休めろとは言わない。「明るい退屈」をすすめており、「退屈」を「憂鬱」にしないように工夫することをすすめる。
そうかもしれない。国内外の美術館で絵を鑑賞しても、後々まで記憶に残るのは絵よりも建物であったり、グッズ売り場であったりと他の面の印象が強い。これは本末転倒。最近は展示品を一通り見て後でゆっくり気に入った作品を見るようにしている。音楽の鑑賞もそうかもしれない。先日、届いた某交響楽団のクリスマスカード。ファンになるような人から届いたのであればきっと感動するはず。カープの観客動員数もカープ女子というカープを愛するファンで増えている。ナニゴトも「好き」がなくてはモノゴトは始まらない。
「何とでも遊ぶ」からは「畢竟、人間はその〈虫〉のことのことを忘れようとして、さまざまな慰めの方法や、気分をそらすさまざまな方法を考えてきた。宗教も、芸術も、文化もたぶんそういうものではないか、と私は思う」とある。183p注:〈虫〉とは〈ふさぎの虫〉のこと。
これも確かに。宗教は特別な宗教を持たない。だが、観光地や日常であっても行く先々の神社仏閣で出会えばなんとなく神聖な気持ちになる。芸術や文化といえるほど大げさでなくても笛を吹いたり絵を描いたりするのは退屈しのぎかもしれない。自分にとっての〈虫〉克服は退屈するどころかとにかく体を動かすこと、じっとしないに限る。これでは退屈のすすめにならない!?
筆者は「退屈のすすめ」を決してだらだら体を休めろとは言わない。「明るい退屈」をすすめており、「退屈」を「憂鬱」にしないように工夫することをすすめる。
2016年12月26日月曜日
「十分な睡眠」でデブ解消!?
世間では大きな出来事もなく静かな雨の師走。雨は明日も降るらしく、自転車にも乗れず家でじっとせよということ!?先日から久しぶり、パソコンのワードに挑戦して旅の紀行文を書く。ところが旅も帰国後2か月も過ぎると、いくらメモを頼りにしても文は進みそうにない。ましてやトラブル続きの旅。その面が頭にこびりつく。どこを見学?と聞かれてもひとくちにここ!と言える箇所がない。それでもメモと写真を頼りながら疑問の箇所を調べて文を書く。
パソコンの前に座ってワードを駆使しているとまるで仕事をしている感覚になる。今日も良く仕事をした!とまたまた自己満足の世界に浸る。そして珈琲タイムに甘いものを口にして静かに師走は過ぎていく。
師走といえばこれから迎える年末年始。ネットによると「太らず年末年始を乗り切るカギは『十分な睡眠』 食欲抑制に効果あり?」の記事がある。遊び人となって以来、年末年始に関わらず、油断すれば太りそうな気がする。体重は若い頃と変わらなくてもお腹周りはその頃の比ではない。「十分な睡眠」と記事にある。これは誰がどういっても睡眠不足はあり得ない。もしも睡眠が十分でなければお腹周りはどこまで太るというのだろうか。怖い、怖い!
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161225-00014572-forbes-hlth (参照)
雨で自転車に乗れず、プールも休館、図書館も休館、習い物は休み…といつもの動きの何分の1になる生活。デブにならないように睡眠を十分とって年末年始を過ごす!?これしか太らない方法はないのだろうか。とはいってもヤッパリ、動かずに口から入れるものが増えれば太ること間違いない!
パソコンの前に座ってワードを駆使しているとまるで仕事をしている感覚になる。今日も良く仕事をした!とまたまた自己満足の世界に浸る。そして珈琲タイムに甘いものを口にして静かに師走は過ぎていく。
師走といえばこれから迎える年末年始。ネットによると「太らず年末年始を乗り切るカギは『十分な睡眠』 食欲抑制に効果あり?」の記事がある。遊び人となって以来、年末年始に関わらず、油断すれば太りそうな気がする。体重は若い頃と変わらなくてもお腹周りはその頃の比ではない。「十分な睡眠」と記事にある。これは誰がどういっても睡眠不足はあり得ない。もしも睡眠が十分でなければお腹周りはどこまで太るというのだろうか。怖い、怖い!
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161225-00014572-forbes-hlth (参照)
雨で自転車に乗れず、プールも休館、図書館も休館、習い物は休み…といつもの動きの何分の1になる生活。デブにならないように睡眠を十分とって年末年始を過ごす!?これしか太らない方法はないのだろうか。とはいってもヤッパリ、動かずに口から入れるものが増えれば太ること間違いない!
2016年12月25日日曜日
穏かな師走
毎朝、まず先に目を通すのは朝刊の黒田物語。このシリーズも第5部になった。カープに戻ってからの黒田しか知らないが、カープ復帰も本人にとっては大きな決断だったようだ。読んでは感動して涙を流し、そして一日が始まる。
他にもこの時期になると紙面をにぎわす「初詣は二葉山山麓七福神めぐり」の案内。2,3年前から七福神めぐりをするようになった。どういっても広島駅すぐ裏の山ふところにある神社仏閣。場所が良すぎる。他にも同じく駅裏からピストン輸送で無料バスが出ている神社へも参拝する。新年にお参りするのがお正月の行事となった。参拝後、神社でお神酒をいただいて駅前のデパートで福袋をゲット。これも新年の楽しみ。
新年の楽しみの前にまだ今年も数日ある。図書館も年内は今日を入れて2日ほど開館する。予約の本を受け取ると同時に年末年始に読む本も借りよう。北海道は大雪に見舞われて大変。広島は暖かい師走で雪は降りそうにない!
他にもこの時期になると紙面をにぎわす「初詣は二葉山山麓七福神めぐり」の案内。2,3年前から七福神めぐりをするようになった。どういっても広島駅すぐ裏の山ふところにある神社仏閣。場所が良すぎる。他にも同じく駅裏からピストン輸送で無料バスが出ている神社へも参拝する。新年にお参りするのがお正月の行事となった。参拝後、神社でお神酒をいただいて駅前のデパートで福袋をゲット。これも新年の楽しみ。
新年の楽しみの前にまだ今年も数日ある。図書館も年内は今日を入れて2日ほど開館する。予約の本を受け取ると同時に年末年始に読む本も借りよう。北海道は大雪に見舞われて大変。広島は暖かい師走で雪は降りそうにない!
2016年12月24日土曜日
黒田&清原関連記事
朝から野球関連のテレビや記事に感動する。まずはNHKの「カープ愛」の黒田投手と相葉の対談。前回も感動したけど今回の再放送もそうだった。いいものは何度見てもやはりいい!記事は地元紙の黒田投手の連載。黒田はガンで親を亡くしている。そのためか、球場の年間指定席10席を自費で購入してガンの人たちに試合を見てもらっていたという。他にもネットの清原の記事。犯した罪は悪いとしても、なぜか応援したくなる人だ。立ち直ってくれることを期待したい。
今年もあと少しとなった。昨日はプールで泳ぐ。受付で年末年始の開館日を聞くとあと4日で休みに入るという。今年最後の泳ぎになる、と思って泳ぎ始める。相変わらずプールの中は温かい。来年も元気を出して泳ごう。以下は清原のネット記事から。
清原和博氏 事件後初告白「薬物は本当に恐ろしい化け物で怪物で悪魔」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161224-00000069-spnannex-base 戦友たちの30年越しの告白に感謝を。
清原和博からの1本の電話。 http://number.bunshun.jp/articles/-/827112
今年もあと少しとなった。昨日はプールで泳ぐ。受付で年末年始の開館日を聞くとあと4日で休みに入るという。今年最後の泳ぎになる、と思って泳ぎ始める。相変わらずプールの中は温かい。来年も元気を出して泳ごう。以下は清原のネット記事から。
清原和博からの1本の電話。
2016年12月23日金曜日
「人生最大の賭け事」
朝刊に入るフリーペーパー。そのなかに「人生最大の賭け事」を読者に問う頁がある。結婚、病院選び、転職など人によってそれも様々だ。これを自分に当てはめるとそれらはいずれもあてはまらない。ということは人生を賭けるようなヒト・コト・モノに出会わなかったということ!?これはほめられたことではない。というかあまりにも凡々と時だけが過ぎている。というよりも人生の節目を考えることもなく過ぎ去った、が当てはまるかもしれない。
それは職業に関して特にそうだ。思いもよらない人の縁によって携わってきた。それは転職の時も同じだった。それでもこれまで何とか無事に生きている。自分で人生を賭けようとしなくても何とかなるもの。徒に計算づくで生きるよりもなるようにしかならない人生。自然のままに過すのもこれはこれでいいのかもしれない。
それは職業に関して特にそうだ。思いもよらない人の縁によって携わってきた。それは転職の時も同じだった。それでもこれまで何とか無事に生きている。自分で人生を賭けようとしなくても何とかなるもの。徒に計算づくで生きるよりもなるようにしかならない人生。自然のままに過すのもこれはこれでいいのかもしれない。
2016年12月22日木曜日
執着!
半月余り前に届いた企業年金のお知らせ。受け取った日にその後の手続きをする。それからまたハガキが届く。これは生存確認の提出書類不要の知らせだった。この間、モノゴトに執着しないはずなのになぜか気になる。それも薄らいだころの昨日、また書類が届く。前回もフリーダイヤルで年金基金と連絡を取る。諦めモードで月日が過ぎた。昨日の書類を見て、まさか?と思い直してフリーダイヤルする。一番の関心事を相手側に伝えられないもどかしさ。それでもこちらの知りたい結論を伝える。当然と思える回答だった。すぐに勤めていた同僚に電話する。前回の考え違いを改めて、朗報を知らせる。
夜、お風呂に入ると、また書類のことが気になりだす。お風呂上り、気を落ち着かせて書類に目を通す。心配していたこととは違って大丈夫、と確信する。それにしても…。どういっても年金生活者。国の年金だけでなく、企業年金であってもその行方は気になる。これからはこれに関しては変わらないので一安心。
それにしても世間では過重労働の自殺者が労災を、と訴訟を起こす。そうなる前に仕事をやめればいいのに、なぜ、執着するのだろう。ギリギリまで精神が追い込まれるのか。それとも、そうできない事情があるのだろうか。ナニゴトも命があればこそ。その思いがあるので悩むことがあれば、執着せずにそのことから距離を置く。これはずるい考え!?自分で自分を守らずに誰が守ってくれるというのだろう。
夜、お風呂に入ると、また書類のことが気になりだす。お風呂上り、気を落ち着かせて書類に目を通す。心配していたこととは違って大丈夫、と確信する。それにしても…。どういっても年金生活者。国の年金だけでなく、企業年金であってもその行方は気になる。これからはこれに関しては変わらないので一安心。
それにしても世間では過重労働の自殺者が労災を、と訴訟を起こす。そうなる前に仕事をやめればいいのに、なぜ、執着するのだろう。ギリギリまで精神が追い込まれるのか。それとも、そうできない事情があるのだろうか。ナニゴトも命があればこそ。その思いがあるので悩むことがあれば、執着せずにそのことから距離を置く。これはずるい考え!?自分で自分を守らずに誰が守ってくれるというのだろう。
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