今日も清清しい朝を迎える。しかし、起床時間が遅い。せめて7時までには起きるようにしよう。
それにしても、日本の政治のお粗末なこと。まるで駄々っ子が自分の存在をアピールするかのような言動。これで日本は大丈夫?こんな人を大臣にするのもおかしいが、それを選ぶ人はもっと変。
政治に疎い。だが、人のブログを読むとかなりわかりやすく書いてある。それを鵜呑みにするのもよくない。だが、いいたいことを的確に述べているのでわかりやすい。テレビに出て下手なコメントを述べる人よりもその人のブログの方がよほど参考になる。
テレビといえば、昨晩も「ザ・プロファイラー」を見る。昨日はスティーブ・ジョブスの話題だった。この人が亡くなってはじめてその偉大さを知る。
ジョブスが日本の禅修行者乙川弘文(こうぶん)の影響を受けていたとは・・・。それを番組の冒頭で知り、余計関心が増す。アメリカのバークレー禅センターでジョブスは乙川と出会う。
アップルに勤めていたジョブスは禅の修業で自分で開発した「ICチップ」を持参し、悟りをひらいたと乙川に話す。だが、それは違うといわれる。そのとき乙川から「洗練を突き詰めればシンプルになる」と諭され、1977年「アップルⅡ」を開発。
彼の部屋での撮影で、そこにあるものは「ランプ」「プレーヤー」と手にする「コーヒー」の3点のみ。とはいってもその1品1品はかなり高価なもの。例えばランプも何千万円もするものとか。
ジョブスは「幸せになるためにこれ以上なにがいるかなあ」といってるような写真だとか。とはいっても社長時代なのにアップルの製品をおいて写真に収まっていない。
その当時のアップルの宣伝パンフは真ん中に真っ赤なリンゴがあり、余白が大部分の上下に小さな文字で商品の説明をしている。ただそれだけのシンプルなパンフレット。
この「シンプルであることこそが実際の洗練である」とする。すべてをそぎ落とし、それにより有益なものが残るらしい。
ジョブスは禅を自己の内面の問題として受け取り、ICチップの発見を「我発見せり」として”悟り”と感じたのだろうか、とゲストは話す。
その後、アップルを退社してジョブスはNEXTを立ち上げる。だがこれは失敗する。失敗といってもその機能は目を見張るものであったらしく、時期尚早な開発をしていたらしい。プロ向けの商品で一般的ではなかった。
だが、再びアップルに請われてCEOに就任する。そのとき、「I MAC」を開発する。新たなシンプルとは、たった下記の3点だけでパソコンをネットにつなげることだった。
その3点とは1 電源、2 電話線、 3 なし、である。それが結果的に大成功。そのことで彼は世界をシンプルにした人となる。
その活躍は最近のタブレット端末の「IPad」の成功にもある。
最後までテレビを見ていてこの人ほど顔が変化している人も珍しいと思った。数少ない写真を見ただけだが、どれが本人なのか見分けがつかないほど、若い頃と顔が変わっている。
すい臓がんを患っていたらしく、「今日一日だけ生きるとしたらどう生きるか」と思って生きていたとか。
、
何かを成し遂げる人は顔つきも変わり生き方も並大抵ではない。結果的に56歳という若さで亡くなるとは・・・。濃縮された人生だった。
たまに見るテレビ。感動した!今日も頑張ろう!
2012年11月8日木曜日
2012年11月7日水曜日
講義&フルートレッスン
ツイッターを一時中断するといっていた人も、それを取りやめて開始している。毎日読む人のブログやツイッターも毎朝新聞を読む感覚で投稿がないと淋しい。
その人のツイッターは毎日のようにその日の朝の模様をカメラに収め、ツイートしている。今朝は田中大臣の発言のようにスッキリしないお天気とか。
今日も遅い目覚めだった。朝早く目が覚めるようになるまで当分遊びを自粛!?
昨日の大学の講義は問題を解く練習をする。一人ずつ指名されるが、その回答で笑える場面がある。否定詞というか否定語が文頭に出て、文中にもそれがある。文頭は当然大文字が使用してある。
2箇所の否定文で文頭を人の名前の固有名詞として訳し始めた。先生は「これは人の名前か?」と疑問を投げかける。これが可笑しい!
先生は文頭と文中にあるある2つの否定は二重否定にならないと説明される。日本語ならば二重否定は肯定になるから、文中に2箇所も否定があると文頭を固有名詞と間違えるのもうなづける。
いろいろとあるなかで一つ帰りのJRの中で確認する。それは動詞の原形(不定詞)は名詞化すること。これは習い始めころに覚えたはずなのに、なぜ名詞になるのか忘れていた。ノートを確認すると書いている。
今はそんなことよりも点過去と再帰動詞を覚えなければならないのに、前のことを忘れている。
いつか、習い初めのころのことを思い出すときのためにブログに投稿しておこう。何に対して問題を抱えていたか後で気づくはずだから・・・。
受講の後はフルートのレッスンに出かける。最近、吹くとき「鼻で息をする」練習をしている。昨日は、それに加えて一小節にたくさんある音符の指使いの練習で、変ニ長調の上下の音階を止まらずに吹く練習をする。
この調はファとドが♭が着かず、ほかは全部着いている。これまで習った中ではどちらかというと楽譜に臨時記号の♯が着いた曲が多い。♭の臨時記号に目がなれておらず、音階練習はいい練習になる。
練習といえば、家での練習は一度にあるところまで通して吹いている。そうではなく、きちんと止まらずに吹けるようになるまで、区切って練習するようにとアドバイスされる。
言われてみればこのやり方は何でも当てはまる。一つずつクリアしてゆく方がいい。
レッスン後、部屋をでると来客がある。聴いていると、先日の発表会を聞きに来られた人だった。その人はCDを作成されて先生に渡される。会場でこっそり録音されたのだろう。
先生は発表会後、会場の器械で録音してCDやDVDを作ってくださる。その人は親切心から作ってくださったのかも知れない。だが、どうしてこの教室がわかったのか不思議だ。昨年も聞いていた人らしい。
遅い起床はすぐにお昼になる。今日は天気もよさそう。これから自転車に乗ってさあ出かけよう!今日も元気で!
その人のツイッターは毎日のようにその日の朝の模様をカメラに収め、ツイートしている。今朝は田中大臣の発言のようにスッキリしないお天気とか。
今日も遅い目覚めだった。朝早く目が覚めるようになるまで当分遊びを自粛!?
昨日の大学の講義は問題を解く練習をする。一人ずつ指名されるが、その回答で笑える場面がある。否定詞というか否定語が文頭に出て、文中にもそれがある。文頭は当然大文字が使用してある。
2箇所の否定文で文頭を人の名前の固有名詞として訳し始めた。先生は「これは人の名前か?」と疑問を投げかける。これが可笑しい!
先生は文頭と文中にあるある2つの否定は二重否定にならないと説明される。日本語ならば二重否定は肯定になるから、文中に2箇所も否定があると文頭を固有名詞と間違えるのもうなづける。
いろいろとあるなかで一つ帰りのJRの中で確認する。それは動詞の原形(不定詞)は名詞化すること。これは習い始めころに覚えたはずなのに、なぜ名詞になるのか忘れていた。ノートを確認すると書いている。
今はそんなことよりも点過去と再帰動詞を覚えなければならないのに、前のことを忘れている。
いつか、習い初めのころのことを思い出すときのためにブログに投稿しておこう。何に対して問題を抱えていたか後で気づくはずだから・・・。
受講の後はフルートのレッスンに出かける。最近、吹くとき「鼻で息をする」練習をしている。昨日は、それに加えて一小節にたくさんある音符の指使いの練習で、変ニ長調の上下の音階を止まらずに吹く練習をする。
この調はファとドが♭が着かず、ほかは全部着いている。これまで習った中ではどちらかというと楽譜に臨時記号の♯が着いた曲が多い。♭の臨時記号に目がなれておらず、音階練習はいい練習になる。
練習といえば、家での練習は一度にあるところまで通して吹いている。そうではなく、きちんと止まらずに吹けるようになるまで、区切って練習するようにとアドバイスされる。
言われてみればこのやり方は何でも当てはまる。一つずつクリアしてゆく方がいい。
レッスン後、部屋をでると来客がある。聴いていると、先日の発表会を聞きに来られた人だった。その人はCDを作成されて先生に渡される。会場でこっそり録音されたのだろう。
先生は発表会後、会場の器械で録音してCDやDVDを作ってくださる。その人は親切心から作ってくださったのかも知れない。だが、どうしてこの教室がわかったのか不思議だ。昨年も聞いていた人らしい。
遅い起床はすぐにお昼になる。今日は天気もよさそう。これから自転車に乗ってさあ出かけよう!今日も元気で!
2012年11月6日火曜日
シリア情勢はブログから!?
雨の朝だった昨日と違って今朝は日差しもまばゆい。先ほど洗濯物を干しにベランダに行くと少し風もあるが気持いい。だが、今朝も遅い起床となる。
遅い朝食を食べながら地元紙を読んでいると「オピニオン」欄に長年シリアで研究者として暮らし、現地の人と結婚した山崎やよいという人の記事がある。現在はその人は日本で生活している。
毎日のようにメディアを賑わすシリア。全くその国についてわかっていない。そのためもあってか、その記事に魅せられる。文の最後に、今年2月からブログをはじめたと書いている。
先ほど、そのブログを見る。ゆっくり読みたいけど、今日は火曜日。忙しい一日が待っている。明日からシリア情勢をこの人のブログを読んで理解しよう。
今朝の記事で「非日常が日常となった今にありながら、絶望感を伝える言葉の端々には、苦しみに静かに耐えつつも、変化を期待する思いがにじむ」とある。
「非日常が日常となった・・・」は穏やかな日々が一瞬にして崩れ去った状況を感じる。
毎日穏やかに何の揉め事もなく暮らしている。それがかえって自分の暮らしにマンネリをもたらす。それゆえ日常打破を非日常に求めて、時に、旅をしたり、食べたり、飲んだり、遊んだりして過ごしている。そして何も変化のない普通の日々が一番の幸せだとも気づかずにいる。
こういう記事を読むと、日本人として日本に生きるモノとして幸せを感じるとともに、これでいいのかと逆に言われているように思える。
この人がブログを始めた2月、シリア人の夫を亡くしている。亡くなった直接のきっかけはシリア暴動と関係ないらしい。ともあれ、この人がブログを始めた1年前の2月、母を亡くして今のブログを開設した。
もしかしたら、この人も夫を亡くしたことがきっかけとなりブログを開設したかもしれない。それはともかく、20年間も日本人としてシリアで暮らした人からのブログはシリア情勢についてもわかりやすく書いてあると思われる。新しいシリアの情報をその人のブログで吸収しよう!
今日は昼前から講義を受けに大学へ行き、いつものように市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。2日間、よく眠った。元気も出てきた。さあ今日も頑張ろう!
遅い朝食を食べながら地元紙を読んでいると「オピニオン」欄に長年シリアで研究者として暮らし、現地の人と結婚した山崎やよいという人の記事がある。現在はその人は日本で生活している。
毎日のようにメディアを賑わすシリア。全くその国についてわかっていない。そのためもあってか、その記事に魅せられる。文の最後に、今年2月からブログをはじめたと書いている。
先ほど、そのブログを見る。ゆっくり読みたいけど、今日は火曜日。忙しい一日が待っている。明日からシリア情勢をこの人のブログを読んで理解しよう。
今朝の記事で「非日常が日常となった今にありながら、絶望感を伝える言葉の端々には、苦しみに静かに耐えつつも、変化を期待する思いがにじむ」とある。
「非日常が日常となった・・・」は穏やかな日々が一瞬にして崩れ去った状況を感じる。
毎日穏やかに何の揉め事もなく暮らしている。それがかえって自分の暮らしにマンネリをもたらす。それゆえ日常打破を非日常に求めて、時に、旅をしたり、食べたり、飲んだり、遊んだりして過ごしている。そして何も変化のない普通の日々が一番の幸せだとも気づかずにいる。
こういう記事を読むと、日本人として日本に生きるモノとして幸せを感じるとともに、これでいいのかと逆に言われているように思える。
この人がブログを始めた2月、シリア人の夫を亡くしている。亡くなった直接のきっかけはシリア暴動と関係ないらしい。ともあれ、この人がブログを始めた1年前の2月、母を亡くして今のブログを開設した。
もしかしたら、この人も夫を亡くしたことがきっかけとなりブログを開設したかもしれない。それはともかく、20年間も日本人としてシリアで暮らした人からのブログはシリア情勢についてもわかりやすく書いてあると思われる。新しいシリアの情報をその人のブログで吸収しよう!
今日は昼前から講義を受けに大学へ行き、いつものように市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。2日間、よく眠った。元気も出てきた。さあ今日も頑張ろう!
2012年11月5日月曜日
『観光旅行の心理学』から
昨日は神戸まで日帰りのバスツアーに行ってきた。ほぼ初めてといえるバスツアーを1ヶ月の間に2度出かける。ところがバスツアーといっても、ツアーを企画する会社によってかなりその趣の違いを知った。
前回は小さな旅行社で今回は大手旅行社の主催だった。一番は乗車する運転手の人数とバス会社の大小の違いである。
運転手の人数は1人と2人の差。この差は大きい。またバス会社も個人の経営(?)する観光バスとJRバスの違い。この2つの違いは乗っていて安心・安全度がかなり違う。
しかし、参加者ではなんともいえない。前回、隣席だった人とは意気投合し、先日も会って食事をした。今回は隣に座って話をする度、草臥れる人だった。その違いは何なのだろう。
あまり同性に対して好き嫌いを抱かない方だ。だが今回は話し方が粘っこい人で、こういう人とは話の内容も合わないということがよくわかった。
今朝は昨晩遅く眠ったこともあって遅い起床となる。それ以外にもバスの疲れが出たのだろう。
今週半ば、お寺の世話をする女性と山に行く予定をしていた。だが、疲れもピークに達しているので山行きは中止した。
今日は朝から雨。その雨もあがって自転車で歯科へ行く。それが終わると、スーパーへ出かける。
午後になると元気を取り戻す。
それにしても、チョロチョロと動きまわっている。先日図書館で借りてきた『観光旅行の心理学』(佐々木土師ニ 北大路書房、2011年)によると、第2章のむすびに「自己発展のための観光旅行」が書いてある。
それによると、「なぜ観光旅行をするのか」という理由を観光旅行者の心理の中に求めて、観光旅行のモチベーションを次の3つの側面で捉えている。
①人間の基本的欲求とそれが現代的な生活に表われるライフスタイルの特徴から。
②日常生活を離れて観光旅行に向かうための基礎的動機から。
③観光旅行の具体的な動機の体系的把握とそのその測定方法から。
それによると、その欲求や動機を自発的で積極的な機能を重視し、それにより「観光旅行が、人間の生き方の前向きで自己発展的な側面を表していると考えている」と筆者は述べている。(77-78p)
それを筆者は「かりに『面白くない日常生活』や『耐え難くて暗い気分』があるときにも、人々は観光旅行をして、そこから抜け出し、逃避できる一時的な場をつくろうとする。もとより、このような『現実逃避』や『自己耽溺』に終わってしまうのは健全ではない」としながら、「そのような状況を自己発展的な生き方に変える機会にすることも,観光旅行に期待される効用のひとつである」としている(78p)。
そして筆者は、これが結果的に人々の生活の精神的な「ゆとり」や「豊かさ」をもたらすために、「旅行者自身も、その場限りの消費経験をくり返すだけでなく、『旅行キャリア』を充実させ、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の向上につながるように努めることが重要である」と述べている(78p)。
これを読んで、マンネリになりがちな生活の潤滑油が私にとっての観光旅行と思える。
それゆえバス旅や海外に出かけて、それに不満を抱えて帰ることは本末転倒である。
昨夜、広島駅に着く前、添乗員に以前出かけた同じ会社の海外旅行での行き先の不満を話している人がいた。こういう話を耳にする度、気の毒な人に思える。こういう人は何をしても不満を抱える人かも知れない。
同じ旅行をするならば、この本に書いてあるようにQOL向上を目指して、人生を楽しめばいい・・・。
話は変わって、毎日見ている人のツイッターを読むと、今日から当分ツイートしないと述べている。どうも田中真紀子大臣に対する不満のようだ。政治に口を挟みたくないけれど、何がどうなっているんだろう。しっかりして欲しい!大臣は・・・。
それはともかくとして、せいぜいこれからも観光旅行を楽しもう!
前回は小さな旅行社で今回は大手旅行社の主催だった。一番は乗車する運転手の人数とバス会社の大小の違いである。
運転手の人数は1人と2人の差。この差は大きい。またバス会社も個人の経営(?)する観光バスとJRバスの違い。この2つの違いは乗っていて安心・安全度がかなり違う。
しかし、参加者ではなんともいえない。前回、隣席だった人とは意気投合し、先日も会って食事をした。今回は隣に座って話をする度、草臥れる人だった。その違いは何なのだろう。
あまり同性に対して好き嫌いを抱かない方だ。だが今回は話し方が粘っこい人で、こういう人とは話の内容も合わないということがよくわかった。
今朝は昨晩遅く眠ったこともあって遅い起床となる。それ以外にもバスの疲れが出たのだろう。
今週半ば、お寺の世話をする女性と山に行く予定をしていた。だが、疲れもピークに達しているので山行きは中止した。
今日は朝から雨。その雨もあがって自転車で歯科へ行く。それが終わると、スーパーへ出かける。
午後になると元気を取り戻す。
それにしても、チョロチョロと動きまわっている。先日図書館で借りてきた『観光旅行の心理学』(佐々木土師ニ 北大路書房、2011年)によると、第2章のむすびに「自己発展のための観光旅行」が書いてある。
それによると、「なぜ観光旅行をするのか」という理由を観光旅行者の心理の中に求めて、観光旅行のモチベーションを次の3つの側面で捉えている。
①人間の基本的欲求とそれが現代的な生活に表われるライフスタイルの特徴から。
②日常生活を離れて観光旅行に向かうための基礎的動機から。
③観光旅行の具体的な動機の体系的把握とそのその測定方法から。
それによると、その欲求や動機を自発的で積極的な機能を重視し、それにより「観光旅行が、人間の生き方の前向きで自己発展的な側面を表していると考えている」と筆者は述べている。(77-78p)
それを筆者は「かりに『面白くない日常生活』や『耐え難くて暗い気分』があるときにも、人々は観光旅行をして、そこから抜け出し、逃避できる一時的な場をつくろうとする。もとより、このような『現実逃避』や『自己耽溺』に終わってしまうのは健全ではない」としながら、「そのような状況を自己発展的な生き方に変える機会にすることも,観光旅行に期待される効用のひとつである」としている(78p)。
そして筆者は、これが結果的に人々の生活の精神的な「ゆとり」や「豊かさ」をもたらすために、「旅行者自身も、その場限りの消費経験をくり返すだけでなく、『旅行キャリア』を充実させ、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の向上につながるように努めることが重要である」と述べている(78p)。
これを読んで、マンネリになりがちな生活の潤滑油が私にとっての観光旅行と思える。
それゆえバス旅や海外に出かけて、それに不満を抱えて帰ることは本末転倒である。
昨夜、広島駅に着く前、添乗員に以前出かけた同じ会社の海外旅行での行き先の不満を話している人がいた。こういう話を耳にする度、気の毒な人に思える。こういう人は何をしても不満を抱える人かも知れない。
同じ旅行をするならば、この本に書いてあるようにQOL向上を目指して、人生を楽しめばいい・・・。
話は変わって、毎日見ている人のツイッターを読むと、今日から当分ツイートしないと述べている。どうも田中真紀子大臣に対する不満のようだ。政治に口を挟みたくないけれど、何がどうなっているんだろう。しっかりして欲しい!大臣は・・・。
それはともかくとして、せいぜいこれからも観光旅行を楽しもう!
2012年11月4日日曜日
トローニー
先ほど、神戸市立博物館で開催中の「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」を見て帰宅。
朝早い集合のバスツアーに間に合って神戸まで出かける。広島駅新幹線口の集合場所は、日曜日とあって各社のバスが勢ぞろい。どのバスかわからず、添乗員の携帯に電話する。しかし、応対中で電話は通じない。ぶらっとそこら辺りを通っていると名前を呼ばれる。添乗員だった。
今回も前回のバスの旅同様、一番前の席。ほとんどバスツアー経験のないモノにとって何とラッキーなことか。隣席は音戸の人。朝3時におきてタクシーで呉まで出たという。5時起きでも大変なのに3時とはご苦労なこと。
今回の隣席の人は、しゃべり方がなんといえばよいのか、全く自分と比べて対照的な人。あまりこういう人と接触がない。話をするだけで草臥れそう。だが、昼食時、ホテルのレストランを貸しきってのコースランチで1人参加3名が相席となる。その人以外の人と気が合って一緒に絵画を見て廻る。
展覧会参加の目的はフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ること。ところがフェルメールは今回1点の出品と思っていたら、ほかに「ディアナとニンフたち」も展示されている。
会場に着く前、添乗員は博物館へ何度も込み具合を問い合わせる。最終的には10分ほどの待ち時間ですぐに会場に入ることが出来た。
博物館はJR三ノ宮駅から近くメイン道路に面している。しかし、大きな建物ではなく、かなり小さい。
いきなり3階に上がり、そこから展示を見て廻る。3階に上がるとすぐに目的の「真珠の耳飾の少女」を見るために2階へ降りる。会場は展覧者が多いため、遠くから見る人と近くから見る人を区別して列を並ばせる。だがいずれにせよ狭い会場。そこまでする必要もないと思いながらも近くから見る列に並ぶ。
「真珠の耳飾の少女」はまるで展覧者の顔を見ているような仕草で横向きで顔を向けている。
見ていると横に書いてある説明書きに「トローニー」の文字が何箇所か絵の説明で書いてある。
最初から展示品を見ていないのでその意味がつかめない。警備の女性に声をかけて聞くと絵に描いてある人物が特定の人ではないという意味と教えてもらう。
先ほど、ネットで検索する。
「少女は誰なのか。謎解き小説や映画が思い出されるが、マウリッツハイス美術館の学芸員、レア・ファン・デァ・フィンデさんは『誰がモデルかは問題ではない』と話す。」、「17世紀オランダにターバンを巻いた少女はいない。つまりこれは肖像画ではなく、トローニーなのです」、「『トローニー』とはオランダ語で頭部の習作の意。『特定の人物の似姿ではなく、匿名あるいは架空の人物の表情、性格のタイプを表すことを意図した絵画作品』という。フェルメール没後の財産目録に『トルコ風の服装をしたトローニー2点』とあり、うち1点がこの作品である可能性が高いとされる。」
「『ターバンなどオリエンタルな服装や古典的衣装を着たトローニーが多いのは、需要があったため』とレア・ファン・デァ・フィンデさん。『真珠の耳飾りの少女』はいわば、人々が求めた理想の少女像だった。魅力的な少年のトローニーもある。フランス・ハルス(1582ごろ~1666年)の『笑う少年』。薄汚れた歯をむき出しにした、無邪気な笑い顔を見てほしい。この絵の目的も、架空の『楽しげな少年』を表すことにあった。こうしたトローニーの名手がレンブラント(1606~69年)だ。『笑う男』など典型的なトローニーもあるが、彼が生涯を通じて描いた自画像にも、その要素が色濃く表れている。」(http://sankei.jp.msn.com/life/news/120715/art12071507400001-n1.htmより引用)と書いてある。
会場へはカメラを持ち運べず「トローニー」というキーワードをもらったパンフにメモする。
フェルメール以外にもレンブラントの絵画などを見て廻る。狭い会場はどこも人、人、人。
昼食はホテルのレストランでの食事。かなり手の込んだ料理で、上品な味で美味。ビールやワインを、と思ったが眠くなりそうなので飲まずに食事。ホテル側の気の使い方は相当なもの。これから続く大手旅行社のツアーのためもあるのか、全員外にまで出て見送ってもらう。
フェルメールを見た後は、ゆっくり会場を見学する。いつも絵を見るときはパンフに描かれている絵を中心に見て廻る。2時間半あるフリータイム。かなりゆっくり見学する。
見学後、食事で一緒だった人とバスの集合時刻まで短時間ながら市内を散策。いつもカタログの通販で購入する大丸デパートに出かけると、広島とは比べられないほどのお客がいる。その大半は観光客かもしれない。だが、それにしても多い。
集合時刻になり、博物館に戻ると道に人が溢れている。どの人もお目当ての観光バスを待っている。名古屋、四国、広島と観光バスを待つ人の波。道路はかなり渋滞し、広島までの観光バスも15分遅れで到着。
帰りのバスの中で、横に並んだ両脇の人と話していると先ほどのキーワード「トローニー」の話が出る。どの人も言いたいことが言えそうにない。多分メモした言葉だと思い、それを教えてあげる。やはり「トローニー」だった。
こういうとき、ブログに投稿しているとメモする癖が出て役にたつ。
美術に関してはかなり疎い。しかし、今日覚えた「トローニー」は忘れないだろう。願っていたフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ることが出来た。これでフェルメールを3点見たことになる。
家に帰ると郵便物が届いている。うち一通は旅行社の旅カードの通販会社からだった。楽しんで帰った後の、旅行社以外に利用される通販カタログ。これはどうなんだろう。あまりいい気はしない。
気を取り直して、明日は次に行く予定の申込書をそろそろ郵送しようかな・・・。
朝早い集合のバスツアーに間に合って神戸まで出かける。広島駅新幹線口の集合場所は、日曜日とあって各社のバスが勢ぞろい。どのバスかわからず、添乗員の携帯に電話する。しかし、応対中で電話は通じない。ぶらっとそこら辺りを通っていると名前を呼ばれる。添乗員だった。
今回も前回のバスの旅同様、一番前の席。ほとんどバスツアー経験のないモノにとって何とラッキーなことか。隣席は音戸の人。朝3時におきてタクシーで呉まで出たという。5時起きでも大変なのに3時とはご苦労なこと。
今回の隣席の人は、しゃべり方がなんといえばよいのか、全く自分と比べて対照的な人。あまりこういう人と接触がない。話をするだけで草臥れそう。だが、昼食時、ホテルのレストランを貸しきってのコースランチで1人参加3名が相席となる。その人以外の人と気が合って一緒に絵画を見て廻る。
展覧会参加の目的はフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ること。ところがフェルメールは今回1点の出品と思っていたら、ほかに「ディアナとニンフたち」も展示されている。
会場に着く前、添乗員は博物館へ何度も込み具合を問い合わせる。最終的には10分ほどの待ち時間ですぐに会場に入ることが出来た。
博物館はJR三ノ宮駅から近くメイン道路に面している。しかし、大きな建物ではなく、かなり小さい。
いきなり3階に上がり、そこから展示を見て廻る。3階に上がるとすぐに目的の「真珠の耳飾の少女」を見るために2階へ降りる。会場は展覧者が多いため、遠くから見る人と近くから見る人を区別して列を並ばせる。だがいずれにせよ狭い会場。そこまでする必要もないと思いながらも近くから見る列に並ぶ。
「真珠の耳飾の少女」はまるで展覧者の顔を見ているような仕草で横向きで顔を向けている。
見ていると横に書いてある説明書きに「トローニー」の文字が何箇所か絵の説明で書いてある。
最初から展示品を見ていないのでその意味がつかめない。警備の女性に声をかけて聞くと絵に描いてある人物が特定の人ではないという意味と教えてもらう。
先ほど、ネットで検索する。
「少女は誰なのか。謎解き小説や映画が思い出されるが、マウリッツハイス美術館の学芸員、レア・ファン・デァ・フィンデさんは『誰がモデルかは問題ではない』と話す。」、「17世紀オランダにターバンを巻いた少女はいない。つまりこれは肖像画ではなく、トローニーなのです」、「『トローニー』とはオランダ語で頭部の習作の意。『特定の人物の似姿ではなく、匿名あるいは架空の人物の表情、性格のタイプを表すことを意図した絵画作品』という。フェルメール没後の財産目録に『トルコ風の服装をしたトローニー2点』とあり、うち1点がこの作品である可能性が高いとされる。」
「『ターバンなどオリエンタルな服装や古典的衣装を着たトローニーが多いのは、需要があったため』とレア・ファン・デァ・フィンデさん。『真珠の耳飾りの少女』はいわば、人々が求めた理想の少女像だった。魅力的な少年のトローニーもある。フランス・ハルス(1582ごろ~1666年)の『笑う少年』。薄汚れた歯をむき出しにした、無邪気な笑い顔を見てほしい。この絵の目的も、架空の『楽しげな少年』を表すことにあった。こうしたトローニーの名手がレンブラント(1606~69年)だ。『笑う男』など典型的なトローニーもあるが、彼が生涯を通じて描いた自画像にも、その要素が色濃く表れている。」(http://sankei.jp.msn.com/life/news/120715/art12071507400001-n1.htmより引用)と書いてある。
会場へはカメラを持ち運べず「トローニー」というキーワードをもらったパンフにメモする。
フェルメール以外にもレンブラントの絵画などを見て廻る。狭い会場はどこも人、人、人。
昼食はホテルのレストランでの食事。かなり手の込んだ料理で、上品な味で美味。ビールやワインを、と思ったが眠くなりそうなので飲まずに食事。ホテル側の気の使い方は相当なもの。これから続く大手旅行社のツアーのためもあるのか、全員外にまで出て見送ってもらう。
フェルメールを見た後は、ゆっくり会場を見学する。いつも絵を見るときはパンフに描かれている絵を中心に見て廻る。2時間半あるフリータイム。かなりゆっくり見学する。
見学後、食事で一緒だった人とバスの集合時刻まで短時間ながら市内を散策。いつもカタログの通販で購入する大丸デパートに出かけると、広島とは比べられないほどのお客がいる。その大半は観光客かもしれない。だが、それにしても多い。
集合時刻になり、博物館に戻ると道に人が溢れている。どの人もお目当ての観光バスを待っている。名古屋、四国、広島と観光バスを待つ人の波。道路はかなり渋滞し、広島までの観光バスも15分遅れで到着。
帰りのバスの中で、横に並んだ両脇の人と話していると先ほどのキーワード「トローニー」の話が出る。どの人も言いたいことが言えそうにない。多分メモした言葉だと思い、それを教えてあげる。やはり「トローニー」だった。
こういうとき、ブログに投稿しているとメモする癖が出て役にたつ。
美術に関してはかなり疎い。しかし、今日覚えた「トローニー」は忘れないだろう。願っていたフェルメールの「真珠の耳飾の少女」を見ることが出来た。これでフェルメールを3点見たことになる。
家に帰ると郵便物が届いている。うち一通は旅行社の旅カードの通販会社からだった。楽しんで帰った後の、旅行社以外に利用される通販カタログ。これはどうなんだろう。あまりいい気はしない。
気を取り直して、明日は次に行く予定の申込書をそろそろ郵送しようかな・・・。
2012年11月3日土曜日
土曜日はゆっくりと・・・
今朝の地元紙をみると、通っている大学のホームカミングデーと大学祭の記事がある。昨日講義を受けに大学へ行くと、色鮮やかな手作りの門が作られ、あちこちにテントを張ってその用意をしている。
そこへ6年間通っていた。しかし一度もそういう行事に参加しなかった。10年近く、母の介護と、家と大学を往復するだけの日々で忙しく時を過ごした。今となってはそれも懐かしく、よくやっていた自分が愛おしい。
今、その反動のように毎日動き回っている。
昨夜は、バス旅で知り合った人と街中で食事をする。その人はお昼も人と会っていたらしく、豪華なランチを食べたという。夕食場所は予約を入れてもらっていた。はじめて行くお店で、狭い狭い個室がいくつもある。
それを見てもうビックリ!誰がそんな個室を考えたのだろう?だが、若者は絶え間なくやってくる。
その人は会うなり、バス旅で持参したカメラと同じカメラを買って持って来た。
合流前、久しぶりに八丁堀界隈のデパートに入る。三越に入っても客は少ない。待ち合わせの時間まで少しある。隣のデパート閉店後に入店したヤマダ、ユニクロ、丸善が入るビルに行く。
何年もそのビルに行ったこともなく、今のようになってからもはじめて入る。人について6階に行くとユニクロだった。ユニクロは知っているが初めて行った。その無機質な空間にこれまたビックリ。
すぐに階を降りるとヤマダ電機だった。ここはさらに無機質。この中で仕事をしたならば精神をわずらいそう。すべてが整っていてきれいだ。しかし、異常に無機質。多分、こういう環境は女性は好まない?
すぐに出て待ち合わせ場所の三越に戻る。なんとここは温かみのある空間と改めて気づく。時間まで三越の地下に降りて全国の銘菓売場で初めて目にする菓子3品を購入する。
その人と合流後、先日金沢へ出かけた際の「兼六園純金飴」をお土産にもらう。そのお返しではないけれど先ほど買ったうちの一袋を渡す。
狭い個室でモニター画面を見ながらそれにタッチして美味しそうなものを注文する。出てくる一品一品はきれいに盛り付けられ、女性が好みそう。飲み物もいろいろとある。先ずはビールで乾杯!
画面を見ながらオードブルからデザートまで次々注文する。食べてはしゃべり、しゃべっては飲む。どの料理も美味しく、楽しい夜を過ごす。
そのお店を出るとカフェに入る。そこで旅の話をさらに続ける。その人はイタリア、フランスへ行きたいらしい。次回の海外の行き先を決めているので、とりあえず年末、年始に会おうと決めた。
旅行社から毎月送られてくる情報誌が届いたならば知らせることにして昨夜は解散。
〇〇さん、昨日は楽しかったですね。またいつか是非会いましょう!
明日は朝早くからバスで神戸にフェルメールを見に行く。念願の「真珠の耳飾りの少女」。
今日はこれから自転車でスーパーへ出かけ、その後は家でゆっくりしよう!さあ今日も元気を出して・・・。
そこへ6年間通っていた。しかし一度もそういう行事に参加しなかった。10年近く、母の介護と、家と大学を往復するだけの日々で忙しく時を過ごした。今となってはそれも懐かしく、よくやっていた自分が愛おしい。
今、その反動のように毎日動き回っている。
昨夜は、バス旅で知り合った人と街中で食事をする。その人はお昼も人と会っていたらしく、豪華なランチを食べたという。夕食場所は予約を入れてもらっていた。はじめて行くお店で、狭い狭い個室がいくつもある。
それを見てもうビックリ!誰がそんな個室を考えたのだろう?だが、若者は絶え間なくやってくる。
その人は会うなり、バス旅で持参したカメラと同じカメラを買って持って来た。
合流前、久しぶりに八丁堀界隈のデパートに入る。三越に入っても客は少ない。待ち合わせの時間まで少しある。隣のデパート閉店後に入店したヤマダ、ユニクロ、丸善が入るビルに行く。
何年もそのビルに行ったこともなく、今のようになってからもはじめて入る。人について6階に行くとユニクロだった。ユニクロは知っているが初めて行った。その無機質な空間にこれまたビックリ。
すぐに階を降りるとヤマダ電機だった。ここはさらに無機質。この中で仕事をしたならば精神をわずらいそう。すべてが整っていてきれいだ。しかし、異常に無機質。多分、こういう環境は女性は好まない?
すぐに出て待ち合わせ場所の三越に戻る。なんとここは温かみのある空間と改めて気づく。時間まで三越の地下に降りて全国の銘菓売場で初めて目にする菓子3品を購入する。
その人と合流後、先日金沢へ出かけた際の「兼六園純金飴」をお土産にもらう。そのお返しではないけれど先ほど買ったうちの一袋を渡す。
狭い個室でモニター画面を見ながらそれにタッチして美味しそうなものを注文する。出てくる一品一品はきれいに盛り付けられ、女性が好みそう。飲み物もいろいろとある。先ずはビールで乾杯!
画面を見ながらオードブルからデザートまで次々注文する。食べてはしゃべり、しゃべっては飲む。どの料理も美味しく、楽しい夜を過ごす。
そのお店を出るとカフェに入る。そこで旅の話をさらに続ける。その人はイタリア、フランスへ行きたいらしい。次回の海外の行き先を決めているので、とりあえず年末、年始に会おうと決めた。
旅行社から毎月送られてくる情報誌が届いたならば知らせることにして昨夜は解散。
〇〇さん、昨日は楽しかったですね。またいつか是非会いましょう!
明日は朝早くからバスで神戸にフェルメールを見に行く。念願の「真珠の耳飾りの少女」。
今日はこれから自転車でスーパーへ出かけ、その後は家でゆっくりしよう!さあ今日も元気を出して・・・。
2012年11月2日金曜日
学んで遊んで
日に日に冷たい朝になっていく。寒くなると起きる時刻が気になってくる。今朝もアラームで目を覚ます。金曜日は午前中の講義なので9時過ぎに家を出る。幼馴染にその時刻を話すと何が早い?という顔をする。いわれてみればその時刻は学校も仕事も始まっている頃だ。
7時起床がやっとなので次に行く予定の神戸のフェルメールは「5時に起きて見に行くので億劫」と幼馴染に話すと笑われてしまった。彼女は毎朝5時起床だという。
5時といえば毎日見ている人のツイッターでも「起床5時」となっている。5時に起床ならば、その人たちは一体何時に寝るのだろう。
今日もスペイン語を習ってきた。一箇所どうしてもわからず、帰りの列車の中で考える。先ほどやっとその疑問も解ける。
今日も先生は講義の最後で「日本語で考えると難しいのでスペイン語はこういう構文だ」として覚えるようにと話される。思わず、その言葉をノートに書いてしまった。
外国語を習うとは単語を覚えるくらいに気安く考えていた。だが、それは大間違い。その国独特の文法が待っている。
文法のみならず、今日は発音も同じスペイン語圏でもかなり違うらしい。今日はその点も習う。
スペイン語圏はスペインのみならず、全世界で使用されている。特にアメリカ大陸の国での使用が多い。
アメリカ大陸は南米ペルーに行った際、ロスへ2泊しただけで他は全く知らない。そう思えば行ける楽しみもあるけれど・・・。
ロスといえばロス・アンジェルス(Los Angeles)。これはスペイン語だと習い始めて知った。他にもラス・ベガス(Las Vegas)もそう。Los、Lasは冠詞から着いている。これもコロンブスがアメリカ大陸を発見したからその名が付いたのだろうか。いつか調べてみよう。
ともあれ、講義を受けた日はスペイン語を頑張ろうと思う。
ところが今日は「頑張ろう」が遊びで頑張ろうになりそう。先日九州のフェルメールに行った際、バスが隣席で知り合った女性と夕方市内で会うことにしている。
きっとまた楽しい旅の話題で盛り上がりそう。互いに独身同士。これも独身ゆえの特権?美味しいものを食べよう!!
7時起床がやっとなので次に行く予定の神戸のフェルメールは「5時に起きて見に行くので億劫」と幼馴染に話すと笑われてしまった。彼女は毎朝5時起床だという。
5時といえば毎日見ている人のツイッターでも「起床5時」となっている。5時に起床ならば、その人たちは一体何時に寝るのだろう。
今日もスペイン語を習ってきた。一箇所どうしてもわからず、帰りの列車の中で考える。先ほどやっとその疑問も解ける。
今日も先生は講義の最後で「日本語で考えると難しいのでスペイン語はこういう構文だ」として覚えるようにと話される。思わず、その言葉をノートに書いてしまった。
外国語を習うとは単語を覚えるくらいに気安く考えていた。だが、それは大間違い。その国独特の文法が待っている。
文法のみならず、今日は発音も同じスペイン語圏でもかなり違うらしい。今日はその点も習う。
スペイン語圏はスペインのみならず、全世界で使用されている。特にアメリカ大陸の国での使用が多い。
アメリカ大陸は南米ペルーに行った際、ロスへ2泊しただけで他は全く知らない。そう思えば行ける楽しみもあるけれど・・・。
ロスといえばロス・アンジェルス(Los Angeles)。これはスペイン語だと習い始めて知った。他にもラス・ベガス(Las Vegas)もそう。Los、Lasは冠詞から着いている。これもコロンブスがアメリカ大陸を発見したからその名が付いたのだろうか。いつか調べてみよう。
ともあれ、講義を受けた日はスペイン語を頑張ろうと思う。
ところが今日は「頑張ろう」が遊びで頑張ろうになりそう。先日九州のフェルメールに行った際、バスが隣席で知り合った女性と夕方市内で会うことにしている。
きっとまた楽しい旅の話題で盛り上がりそう。互いに独身同士。これも独身ゆえの特権?美味しいものを食べよう!!
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