2025年5月13日(火)と14日(水)の2日間、佐賀に出かけた。広島駅を9時半発のさくら545号に乗車し新鳥栖駅に10時50分に到着。ここから在来線のJR長崎本線10時57分発に乗り換えて11時8分、吉野ケ里歴史公園駅で下車する。
1日目 2025年5月13日(火)吉野ケ里遺跡歴史公園
吉野ケ里歴史公園駅はしゃれた駅で車両もしゃれていた。広島では見られない円形の手すりがついていた。
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しゃれた吉野ケ里歴史公園駅 |
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初めて見た円形の手すり |
吉野ケ里歴史公園駅から徒歩で15分くらい行くと吉野ケ里遺跡歴史公園に着く。道中、辺りを見渡すと一面麦畑が広がる。麦の種類によって麦畑の色も違うとか。また公園までの道に見える家はどの家も立派だ。これらの大きな家は吉野ケ里御殿というそうだ。遺跡発掘で元の住民は土地を離れる。その際の莫大な収入が御殿を生んだのかもしれない。これは公園内の係から聞いて知った。
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吉野ケ里歴史公園駅から吉野ヶ里公園に続く道 |
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途中、辺り一面麦畑が広がる |
吉野ケ里遺跡公園東口ゲートに着いた。が、道中、観光客らしき人は2,3人くらいしか出会わなかった。まずはリュックをロッカーに入れて歩き出す。入場券はシニア200円でその確認はない。決して若くは見えない顔を見て判断された!?
広い公園に入るとどこをどう歩けばよいかさっぱりわからない。東京ドーム25個分の広さがあるらしく園内のマップを手にして歩を進める。園内は無料バスが通っている。係からそのバスで3番地点まで行き、そこから観光しながら歩いて下るとよいと教えてもらう。
3番地点で下車するも北墳丘墓はさてどこ?と迷う。ふと見ると標識板がある。これを頼りに歩くと建物が見えた。この中に北墳丘墓がある。中に入ると西安で見た兵馬俑に似た作りになっている。といっても兵馬俑はこの何倍も大きい。北墳丘墓の展示物はすべて実物と館内の映像で知った。
北墳丘墓には約2100年前の歴代の王などが埋葬された特別な墓のようだ。墳丘の中からは14基の甕棺が出土し青銅の剣などが副葬されていた。
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北墳丘墓入り口 |
宿のグランデ葉隠の由来は佐嘉の鍋島藩と関係があるようだ。今回のホテルも感じがよかった。夕飯はホテルでいただく。いつものごとく生ビールで一人乾杯!今回もコース料理でどれも美味しくいただく。この日の万歩計は11769歩。
この続きはまた後日!
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道中の道案内 |
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
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