ヒグマと老漁師のテレビを見て博士と老漁師の会話を思う。老漁師のヒグマとの関係だ。博士のどんな理論よりも長年、漁師がヒグマに接した経験の方が勝るということ。これに似たことをネットで調べるといろいろあった。
・学問なき経験は、経験なき学問に勝る
・書物で学ぶより行いで知れ
・事実は理論に勝る
いずれも納得することばかり。理論より行動を、ということだろう。机上の空論がある。自分で実際にやってみる、これが大事と改めて知る。
ところが今はコロナで行動が制限されている。今朝の地元紙を読むと「コロナ危機と『ステイホーム』」と題した記事がある。「……なお一層、冷静に事態を見詰め、今やるべきこと、やらねばならないことに『粛々と』しかも『楽しく』取り組んでいこう。……」。
これを見て当たり前のことなのに妙に感動する。長く生きてきてコロナウイルス危機で先は予定通りにならないと思い知らされる日々。今もどれくらい先までこの状態が続くのか誰もわからない。GW明けまでの緊急事態宣言も公の機関の夏の催しは軒並み中止が報告される。コロナが長引くのを覚悟して過ごすしかない。
そんな中でのささやかな楽しみがラジオで流れてきたアメリカのオールドミュージック。プレスリーの歌う♪Love Me Tender♪”。英語であってもゆっくりした曲なので歌詞がわかりやすい。家にいて人と話す機会が少なくなった。これも困ったことなので英語の歌を歌って声を出そう。歌謡曲と違ってすぐには覚えられそうにない。これもコロナのおかげと思って気長に覚えよう。これ、ささやかな行動&楽しみ!?ゆっくりした曲を聴くとなぜか妙に落ち着く。いいことだ!
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2020年4月21日火曜日
2020年4月20日月曜日
「ヒグマと老漁師~世界遺産・知床を生きる~」を見る
NHKスペシャル「ヒグマと老漁師~世界遺産・知床を生きる~」を見た。番組HPによると以下のようにある。
★世界自然遺産・知床の海で、サケやマスをとってきた漁師の大瀬初三郎(おおせ・はつさぶろう)さん84歳。ヒグマが近づいてくると「こら!来るな!」と大声で叱りつける。すると、ヒグマは静かに去って行く。この半世紀、襲われてケガをしたことは一度もない。去年、ユネスコの委託を受けた調査団が知床を訪問。漁で使ってきた道路や橋を撤去するよう求めてきた。途方に暮れた大瀬さん。そのとき、不思議なことが起きた…。世界自然遺産・知床にあるヒグマの密集地帯。ここに野生のヒグマを叱って追い払う84歳の老漁師がいる。この現場に密着して3年。ヒグマとの共存の秘密に迫った。
★世界自然遺産・知床の海で、サケやマスをとってきた漁師の大瀬初三郎(おおせ・はつさぶろう)さん84歳。ヒグマが近づいてくると「こら!来るな!」と大声で叱りつける。すると、ヒグマは静かに去って行く。この半世紀、襲われてケガをしたことは一度もない。去年、ユネスコの委託を受けた調査団が知床を訪問。漁で使ってきた道路や橋を撤去するよう求めてきた。途方に暮れた大瀬さん。そのとき、不思議なことが起きた…。世界自然遺産・知床にあるヒグマの密集地帯。ここに野生のヒグマを叱って追い払う84歳の老漁師がいる。この現場に密着して3年。ヒグマとの共存の秘密に迫った。
番組欄の知床に目が行く。昨年7月、初めて知床に出かけた。旅のうたい文句のホエールウオッチングは夏というのに知床の海は真冬並みの寒さだった。テレビを見るとたくさんのイルカが飛び交っている。また鳥も実際に見たよりも数が半端なく多い。ヒグマも移動バスから見た。
昨夜の放送の主人公はヒグマと老漁師。この漁師さんは親父さんの愛称で呼ばれる。元は青森県の人だが、青森では食べていけないとして北海道に渡る。だが、いい漁場はすでに先住民がいる。残っていた場所がアイヌの人たちが住んでいたルシャだった。ルシャはヒグマの生息地で簡単には人が住めない。だが親父さんはヒグマと共生して生きている。ルシャにある番屋。4月から11月までをここで暮らす。番屋の周りにはヒグマが取り巻く。
4月、久々に番屋に戻りドアを開ける。この際、ヒグマが中にいるかもしれない。親父さんは腰に短刀を着けて中を確認してはいる。こうして11月まで番屋暮らしが始まる。漁を終えると番屋に集まった仲間で酒を酌み交わす。
親父さんとヒグマ。親父さんは目の前にヒグマが来ても慌てない。親父さんのヒグマに接する3条件がある。①「こらっ!」と腹の底から声を出す。②絶対、ヒグマにエサをやらない。③ヒグマに目を合わせても睨みつけない。こうすると自然にヒグマは親父さんから遠ざかる。親ヒグマにこれを学習させ、子ヒグマは親ヒグマを見て学習する。だが、決してこの真似をしてはいけないとのこと。
ユネスコの委託を受けた調査団が知床を訪問した。その時、親父さんが代表して彼らと会った。調査団の代表はアメリカの国際自然保護連合のピート・ランド博士。話している親父さんの目の前にヒグマが来る。だが、ヒグマが襲ってくるどころかヒグマは親父さんを見ると逃げていく。以下は番屋で胡坐をくんで座って話をする親父さんと博士のやりとり。
博士 「これまでクマに襲われたことは?」
親父さん 「今までにこのルシャでは(人がクマに襲われる)事件は一度もない」
親 父さんの話を聞いて博士は怪訝な顔をする。
博士 「アメリカの国立公園では人とクマが安全な距離を保てるようになっている」
どんな立派な理論より、現場で長年実践している親父さんの方が確かなようだ。
博士 「これまでクマに襲われたことは?」
親父さん 「今までにこのルシャでは(人がクマに襲われる)事件は一度もない」
親 父さんの話を聞いて博士は怪訝な顔をする。
博士 「アメリカの国立公園では人とクマが安全な距離を保てるようになっている」
どんな立派な理論より、現場で長年実践している親父さんの方が確かなようだ。
大漁であっても親父さんはヒグマにエサをやらない。ヒグマは親子で連れ歩く。親ヒグマは鮭を捕まえても飢え寸前の子ヒグマには少量しか餌を与えない。目の前で子ヒグマが死んでいく。海岸にイルカが死んでいる。親父さんはこのイルカが海に流れないように縄で岩にくくる。これをヒグマが食べるのをじっと見ている親父さん。漁獲物はヒグマにエサとしてやらない。しかし、息絶えたイルカはヒグマに食べさせようとした親父さんだった。
ヒグマは自然の中で暮らしている。人間も自然の中に暮らす動物。親父さんはそう話す。知床に来た当初は猟師に頼んでヒグマを殺していた。ところがこれはよくない、と気づき、ヒグマとともに生きるようになる。
コロナ感染で意識してこの話題から遠ざかる日々。いい番組だった。ヒグマも強いものが生き残る社会。大きなヒグマは300㎏もあるという。人間の何倍もの大きさだ。頼りになる親父さんを見ているとこちらまで元気になる。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2020年4月19日日曜日
マニ石の文字は「オンマニペメフム」
住んでいる市の図書館はついに5月17日まで全館休館になった。予約確保の知らせがないと思って図書館のHPを見ると画面がピンクからグレイに変化している。自分の頁を見ると予約かごが消えている。変だと思ってよく見ると4月17日からすべての業務停止とある。幸い、今読んでいる『項羽と劉邦』全3巻は我が家にある。しばらくはこの本を読もう。では区民文化センターは?と思って調べるとここも図書館と同じく一斉休館となっている。これで日本画も当分習えそうにない。
姪は昨日のブログを見てくれ、マニ石に書いてある文字はサンスクリット語のチベット文字であり、「オンマニペメフム」というマントラだと教えてくれた。早速ネットでこれを検索するとマニ石に書いてある文字と同じだ。以下がチベット文字のマントラ(真言)とマニ石に刻まれた文字の写真。
ༀ༌མ༌ཎི༌པང༌མེ༌ཧཱུཾ། (オンマニペメフム)
電子辞書によると「極楽往生を祈るときに称える名号で『ああ蓮華上のマニ宝珠よ』の意味」とあり、一切の智慧、解脱、救済、福徳の本源となっている。日本で唱える「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」などと似たようなものかもしれない。
フルートのYOU TUBE先生のブログを見ると「……現在はテレビだけでなくパソコンとスマホがあってよかった。 無限に時間が潰せます。電波を安定して世の中に配信してくれてる人々に感謝。……」とつづられている。スマホは持っていないが、パソコンさえあればコロナで不自由な生活も楽しく生活できる。YOU TUBE先生はうどんを小麦粉から作った画像をアップしている。いくら暇があっても自分で粉を練って作るとは恐れ入る。それにしてもなんとこまめな人だろう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
姪は昨日のブログを見てくれ、マニ石に書いてある文字はサンスクリット語のチベット文字であり、「オンマニペメフム」というマントラだと教えてくれた。早速ネットでこれを検索するとマニ石に書いてある文字と同じだ。以下がチベット文字のマントラ(真言)とマニ石に刻まれた文字の写真。
ༀ༌མ༌ཎི༌པང༌མེ༌ཧཱུཾ། (オンマニペメフム)
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| お土産に買ったマニ石(大きさは片手よりも大きい) |
電子辞書によると「極楽往生を祈るときに称える名号で『ああ蓮華上のマニ宝珠よ』の意味」とあり、一切の智慧、解脱、救済、福徳の本源となっている。日本で唱える「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」などと似たようなものかもしれない。
フルートのYOU TUBE先生のブログを見ると「……現在はテレビだけでなくパソコンとスマホがあってよかった。 無限に時間が潰せます。電波を安定して世の中に配信してくれてる人々に感謝。……」とつづられている。スマホは持っていないが、パソコンさえあればコロナで不自由な生活も楽しく生活できる。YOU TUBE先生はうどんを小麦粉から作った画像をアップしている。いくら暇があっても自分で粉を練って作るとは恐れ入る。それにしてもなんとこまめな人だろう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2020年4月18日土曜日
旅の思い出(チベット)
今回の旅の思い出はチベットの旅。1992年8月4日から13日までの10日間、チベットへ出かけた。これまでの海外の旅で5,6回くらい高山病でダウンしている。このうち、チベットの高山病が一番きつかった。というか、高山病になったのはチベットの旅が初めてだった。10日間のうち、1日半はベッドで寝た。宿の部屋は2階だった。チベットのラサの空港に飛行機が着陸するとコスモスが満開だった。このコスモスを写真に撮って、はしゃいでいると高山病特有の症状が出る。個人的には頭が痛いとかはなく、ただ気分が悪くなる。そしてチベットの場合は思うように動けなくなった。2階の部屋へ入るにも歩けず這うようにして行った。
ガイドに連れられて近くの医院へ行った。当時は酸素ボンベが枕のような形で、ホースを口にくわえて酸素を吸う。ただ、注射だけは針が怖くて絶対打たない覚悟でいた。注射針で病気になる恐れがあった。医院と言っても狭い部屋で想像する医院ではない。保健室といった感じで机と椅子があった。高山病になると酸素吸入よりも体が高地になれるしかない。一晩寝て起きれば「何だったのか」という感じでケロッ、としている。寝ると同時に食べ物を口にするのもよくない。
この経験があるのに性懲りもなく、それ以降も辺境の高地で高山病になる。コロナで今は旅もできない。もしかしてこれからずーっと旅行ができなくなるかもしれない。10年のパスポートも今月に入って残が1年をきった。すぐに更新しようとしたがこの状況ではパスポートを取得するどころではなさそうだ。
手元にあるチベットの旅の参加者を見ると8人で全員1人参加だ。うち男性は2名。当時は中国など共産圏の国に出かける時は空港の特別室に集合して注意事項を聞いた。チベットは高地なので絶対にアルコール飲酒はダメ、と聞かされていた。それなのに、男性1名は旅慣れた様子で機内でアルコールを飲んでいた。案の定、10日の旅の間、ずっと病院に入院で観光はしていない。チベットで一番有名なポタラ宮でさえ、帰りの飛行機に乗る前の移動バス車内からの観光だった。他の人は旅行中、すでに観光していた。
2番目にダウンしたのが私。ツェダンの観光をせずにホテルで寝ていた。しかし、他は皆と同じように観光した。この時、知り合った人とは28年経った今でも年賀状で連絡を取りあっている。今年の年賀状にはペトラ遺跡を観光した、と書いてあった。
チベットの旅の思い出はお土産に買ったマニ石にもある。マニ車とかいうあのマニ石。チベットの僧侶が寺院の隅でチベット文字をマニ石に彫っていた。それを購入したのだが、何が書いてあるかわからない。このお坊さんと撮った写真はもちろん捨てられない。
旅の写真を整理したら、次は旅のお土産品リストをつくろう。これが旅の思い出の課題になった。
マニ石と書いていて思い出した。2011年6月のブログに書いている。某大学のエクステンション講座を受講した際、「チベット語が廃れてはいけないと思い先生は辞書編纂プロジェクトに参加して学んでいる」と。この先生に聞けばマニ石の文字がわかるかもしれない。2011年と言えば親が亡くなった年で、市内のあちこちの大学の講座を受けていた。その時、チベット辞書編纂の先生がいらっしゃった。だが時が経過してしまい連絡も無理だろう。
今はチベットの旅も青蔵鉄道が通って、わりと楽に行けるようだ。28年前の日程表を見ると行きに3日、帰りに3日もかかっている。それにしても夏休暇、よくも長くとっていると今さらながらあきれてしまう。と言いながら新幹線に乗ったら仕事はいつもケ・セラ・セラ、と思って出かけた。働いているときは旅が一番のストレス発散だった。図々しくも長く休みを取って旅をしてよかった、と今さらながら思ってしまう。以下は日程表から。
第1日目 広島🚄福岡✈上海(泊)
第2日目 上海✈成都(泊)
第3日目 成都✈ラサ🚌ツエダン(2泊)
第4日目 ツエダン近郊観光
第5日目 ツエダン🚌ラサ(3泊)
第6日目 ラサ観光
第7日目 ラサ観光
第8日目 ラサ✈成都(泊)
第9日目 成都✈上海(泊)
第10日目 上海✈福岡🚄広島
なお青蔵(青海チベット)鉄道とは、ネットによると中国青海省の省都・西寧とチベット自治区の区都・ラサ間の全長約2,000kmを結び、貴重な動植物の宝庫「ココシリ自然保護区」、崑崙山脈、タングラ山脈、ニェンチェンタンラ山脈という3大山脈、平均標高4,000m以上の青蔵高原を駆け抜ける、世界でも最も高い地点を走る高原鉄道とある。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
ガイドに連れられて近くの医院へ行った。当時は酸素ボンベが枕のような形で、ホースを口にくわえて酸素を吸う。ただ、注射だけは針が怖くて絶対打たない覚悟でいた。注射針で病気になる恐れがあった。医院と言っても狭い部屋で想像する医院ではない。保健室といった感じで机と椅子があった。高山病になると酸素吸入よりも体が高地になれるしかない。一晩寝て起きれば「何だったのか」という感じでケロッ、としている。寝ると同時に食べ物を口にするのもよくない。
この経験があるのに性懲りもなく、それ以降も辺境の高地で高山病になる。コロナで今は旅もできない。もしかしてこれからずーっと旅行ができなくなるかもしれない。10年のパスポートも今月に入って残が1年をきった。すぐに更新しようとしたがこの状況ではパスポートを取得するどころではなさそうだ。
手元にあるチベットの旅の参加者を見ると8人で全員1人参加だ。うち男性は2名。当時は中国など共産圏の国に出かける時は空港の特別室に集合して注意事項を聞いた。チベットは高地なので絶対にアルコール飲酒はダメ、と聞かされていた。それなのに、男性1名は旅慣れた様子で機内でアルコールを飲んでいた。案の定、10日の旅の間、ずっと病院に入院で観光はしていない。チベットで一番有名なポタラ宮でさえ、帰りの飛行機に乗る前の移動バス車内からの観光だった。他の人は旅行中、すでに観光していた。
2番目にダウンしたのが私。ツェダンの観光をせずにホテルで寝ていた。しかし、他は皆と同じように観光した。この時、知り合った人とは28年経った今でも年賀状で連絡を取りあっている。今年の年賀状にはペトラ遺跡を観光した、と書いてあった。
チベットの旅の思い出はお土産に買ったマニ石にもある。マニ車とかいうあのマニ石。チベットの僧侶が寺院の隅でチベット文字をマニ石に彫っていた。それを購入したのだが、何が書いてあるかわからない。このお坊さんと撮った写真はもちろん捨てられない。
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| お土産に買ったマニ石(大きさは片手よりも大きい) |
旅の写真を整理したら、次は旅のお土産品リストをつくろう。これが旅の思い出の課題になった。
マニ石と書いていて思い出した。2011年6月のブログに書いている。某大学のエクステンション講座を受講した際、「チベット語が廃れてはいけないと思い先生は辞書編纂プロジェクトに参加して学んでいる」と。この先生に聞けばマニ石の文字がわかるかもしれない。2011年と言えば親が亡くなった年で、市内のあちこちの大学の講座を受けていた。その時、チベット辞書編纂の先生がいらっしゃった。だが時が経過してしまい連絡も無理だろう。
今はチベットの旅も青蔵鉄道が通って、わりと楽に行けるようだ。28年前の日程表を見ると行きに3日、帰りに3日もかかっている。それにしても夏休暇、よくも長くとっていると今さらながらあきれてしまう。と言いながら新幹線に乗ったら仕事はいつもケ・セラ・セラ、と思って出かけた。働いているときは旅が一番のストレス発散だった。図々しくも長く休みを取って旅をしてよかった、と今さらながら思ってしまう。以下は日程表から。
第1日目 広島🚄福岡✈上海(泊)
第2日目 上海✈成都(泊)
第3日目 成都✈ラサ🚌ツエダン(2泊)
第4日目 ツエダン近郊観光
第5日目 ツエダン🚌ラサ(3泊)
第6日目 ラサ観光
第7日目 ラサ観光
第8日目 ラサ✈成都(泊)
第9日目 成都✈上海(泊)
第10日目 上海✈福岡🚄広島
なお青蔵(青海チベット)鉄道とは、ネットによると中国青海省の省都・西寧とチベット自治区の区都・ラサ間の全長約2,000kmを結び、貴重な動植物の宝庫「ココシリ自然保護区」、崑崙山脈、タングラ山脈、ニェンチェンタンラ山脈という3大山脈、平均標高4,000m以上の青蔵高原を駆け抜ける、世界でも最も高い地点を走る高原鉄道とある。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2020年4月17日金曜日
近場を歩く
| 白いカラー |
| リキュウバイ(利休梅) |
| モクレン |
| 鳥居から神社を眺める |
| 射干(しゃが)の花 |
母の月命日にお墓参りをしている。今月は急遽2日早めて参る。今年の桜の見納めとしてお墓参りの後、地元の神社に向かう。桜の開花は終わってもピンクの八重桜は今が開花の最盛期だった。神社の鳥居のそばは竹藪がある。その日陰の斜面に4,5か所ほど射干(しゃが)の花の群生地がある。この花の名がわからず、ネットで検索すると射干(しゃが)の花とある。花の特徴などが合っているから多分この花で間違いないだろう。初めて知った花の名だった。
我が家から墓地までは10分もかからない。途中、毎年立ち寄る場所がある。カラーの自生地だ。今年もすでに白い花をつけている。我が家にも鉢植えから土地に戻したカラーを植えている。白ではなく赤紫色だが、まだ芽も出ていない。たとえ芽が出ても肥料が足りないのか花が咲かない。ただ、土に戻した翌年は咲いていた。白いカラーの花言葉は「清純さと勇敢さ」、赤紫のカラーは「夢見る美しさ」だそうだ。
白いカラーを写真に撮った後、山道に咲くモクレンも写真に撮る。そばにはリキュウバイ(利休梅)の白い花が咲き、これも写す。この花の名称もネットで調べるが合っているかどうか、怪しい。花言葉は「控えめな美しさ」、清楚な花の「気品」らしい。
墓地に到着すると重機が止まっている。急な墓までの狭い道半分に発電機を伴った手押し車を下ろしている。石材屋がお墓の仕事をするのだろう。1人で狭い急な道を車を押して登っていく。人が墓地まで行くにも急な坂道だ。都会の庭園墓地と違って山の段々畑を墓地にしている。そこに何百件とお墓がある。我が家は父が亡くなってお墓を建てた。だが、当時は母に任せきりで何もしていない。お墓をつくるのも大変な作業だとあらためて知る。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2020年4月16日木曜日
ザ・ヒューマン「誇り高き悪魔 ジーン・シモンズ」を見る
マスクをしないでいたが、定期的に出かける眼科へマスクをして出かける。いつもなら午前中に出かける眼科。急に思いついて午後に行くと待っている人が誰もいない。受付で聞くとコロナの影響で来院する人が少ないという。眼圧をはかるだけであとは何もしない。14と16で問題なし。眼科の前は川が流れ、護岸には見事な桜の木がある。桜の開花のピークは過ぎた。なじみの看護師は桜を見て国道を通って帰るといいと教えてくれる。川土手まで行って桜を眺める。携帯で写真に撮り、初めての道を通る。国道に出た。さすがに国道。車が猛スピードで通り過ぎる。歩道は広くても怖すぎる。途中、いつも通る県道に出るとパチンコ店がある。まるで高速道路にあるパーキングエリアのように広い。ここを勝手に抜けて県道に出る。外出自粛どころかパチンコ店は賑わいをみせているのだろう。人が入って行った。
テレビが面白くないと思っていた。昨夜、NHKのBS1でザ・ヒューマン「誇り高き悪魔 ジーン・シモンズ」の放送を見て惹きつけられてしまった。番組HPを見ると以下のようにある。
★スーパーロックバンドKISSの創設者、ジーン・シモンズ(70)。46年間、悪魔を演じてきたが、ついに引退を決意。独占密着取材で知られざる“素顔”を明らかに!
ラストツアーの舞台裏!火を噴く秘密、悪魔メイクはなんと自分で▽70歳の今も20キロ近い衣装で、2時間休みなく演奏。過酷なステージを支えるものとは▽原点は最愛の母の生い立ち。ナチスの強制収容所に送られ、両親が殺害されるのを目の当たりに。過酷な人生を乗り越えた母の教えとは▽ビジネスも大成功!関連グッズの売上は1000億円以上。「いつも金がもっと欲しい」▽スーパースターの心の内。「我々は頂点のまま去る」
テレビが面白くないと思っていた。昨夜、NHKのBS1でザ・ヒューマン「誇り高き悪魔 ジーン・シモンズ」の放送を見て惹きつけられてしまった。番組HPを見ると以下のようにある。
★スーパーロックバンドKISSの創設者、ジーン・シモンズ(70)。46年間、悪魔を演じてきたが、ついに引退を決意。独占密着取材で知られざる“素顔”を明らかに!
ラストツアーの舞台裏!火を噴く秘密、悪魔メイクはなんと自分で▽70歳の今も20キロ近い衣装で、2時間休みなく演奏。過酷なステージを支えるものとは▽原点は最愛の母の生い立ち。ナチスの強制収容所に送られ、両親が殺害されるのを目の当たりに。過酷な人生を乗り越えた母の教えとは▽ビジネスも大成功!関連グッズの売上は1000億円以上。「いつも金がもっと欲しい」▽スーパースターの心の内。「我々は頂点のまま去る」
音楽と言えば若いころはニューミュージックを聞き、歌謡曲も聞いた。大人になるにつれてクラシックに興味を示す。ところが昨夜見たロックミュージック。やかましいだけのロック、と思っていた。ところが昨夜のヒューマンをみてミュージシャンの心の奥を覗いた感じがして、興味津々で最後まで見る。久々に眠っていた何かが目覚めたような感覚で面白くテレビを見た。
ヒューマンにシモンズを取り上げる意味がわかる番組だった。この番組の主役はジーン・シモンズでユダヤ人のためアメリカ人らしい名前に改名している。底辺にあるのは「人生は一度きり」。これは誰もそうだ。その気持ちが彼の生きざまになって歌になる。25年来の彼のマネジャーはシモンズが「メールの返信7秒、電話の返事7秒」と即返答と話す。日本公演には全国からのファンが駆けつける。なんと彼らと一緒に写真を写る参加費は15万円。それでもファンは彼らと同じ格好をまねて写真におさまる。すべてはお金、とシモンズは話す。お金が嫌いな人はいないだろう、と。世界中のお金持ちにユダヤ人が多いのもこれを見てうなずける。
来年7月にシモンズの母が眠るニューヨークで最後のコンサートをするそうだ。シモンズたちはコンサートのメイクはすべて自分でやり、身に着ける衣装や靴は20㎏。18㎝と高いブーツを履いて休む暇なく演奏し続ける。休みはドラムソロの2分間だけ!?
シモンズは話す。
・「生かされている限りは上を目指す責任がある」。母の教えがジーンの原動力となった。
・厳しい生活の中、「アメリカ文化の洗礼」を受ける。
・何もかもわからず、体が自然に踊り始めた。
・ユダヤ教の名前にアメリカは受け入れづらい響きだった。ある日、ジーン・シモンズになった。
・我々のようなバンドは他にない。
・母に大金の小切手を見せたら、「さあ、次はどうするの?」と私に聞いた。
・人生どん欲に愛せれば、色気を持ち、力を持ち、突き抜けられる。
・全ての力は内なる自信から湧き出る。
・夜が明けたら明日の自分の記録を塗り替える。そうすればチャンピオンだ。
・2021年7月、母フローラが眠る土地ニューヨークで最後のコンサートが行われる。
本当に元気をもらった番組だった。今さらロック、という感じだが、若者や人々を魅き付ける音楽の意味がわかる。本場のジャズを聴くのが夢だが、ロックも聞いてみたい!
そうそう、忘れていた。一番びっくりしたのは灯油を口に含んで松明に吹っ掛けるパフォーマンス。それと、常に悪魔のごとく舌を出している。まあ、悪魔を気取っているから当然かもしれないが……。
ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!
2020年4月15日水曜日
オペラ「魔笛」からアダージョ「フルート四重奏」より
新国立劇場「巣ごもりシアター」のオペラが期間限定で公開されている。これを知ったのはフルーティストのツイッター。公開中の「魔笛」を動画で見ると2時間40分と長い。第2幕が始まるとタミーノがパミーナの横で吹くフルートの曲に目が留まる。これは練習済みの曲と思って曲名を調べる。ネットで調べるがなかなか曲名がわからない。仕方なく、タミーノの吹く曲をICに録音して動画を探す。さらには自分がこれまで練習した曲名のリストからモーツアルトの曲を探すと♪アダージョ「フルート四重奏」より♪がある。もしかしてこの曲、と思ってYOU TUBEで聞くとタミーノの吹く曲と同じだった。
ワードにこれまで練習した曲名を書いている。どの曲集かもわかるようにしている。すぐに楽譜を取り出して吹いてみる。以前に練習した曲でもすぐに吹けた。これからは再度吹いてみたくなる曲をまとめて、いつでも吹けるようにしよう。
モーツアルトの曲は「魔笛」のなかにも聞いたことがある曲が多い。探した曲もそうだがアリアも有名な曲。広島でも何年か前に「魔笛」が上演されて聞いたことがある。だが、今一歩詳しく知らずにいた。今回の「巣ごもりシアター」を見て、登場人物や音楽などよくわかった。特に後半の第2幕から面白くなる。この企画は17日から第2弾としてまたほかの演目が上演される。これも楽しみだ。
今朝もこの企画を教えてくれたYOU TUBE先生のブログを見る。コロナで演奏機会がなくなり、1人で4つのパートを吹いてそれを編集し、YOU TUBEにアップしている。ほかにも毎日のように動画のアップがある。石丸謙二郎のブログを見ると、何かをやっている合間に♪月の光♪をピアノで練習するとある。皆さん、家の中で自分なりの楽しみを見つけているようだ。さらにはお笑いの人も漢字を勉強中、とある。
長時間同じことばかりはできない。そこでパソコンで遊ぶ、本を読む、フルートを吹くを定番として気づけばどれかに夢中になっている。その合間に洗濯、買い物、食事の用意が入る。だが、どういっても運動不足になりそうだ。自転車に乗らず歩いて買い物に行くが自転車も悪いことばかりではない。自転車は有酸素運動になる。有酸素運動の水泳ができない今、自転車に乗って出かけてもいいかもしれない。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!、
ここで余談。「魔笛」の中のフルート演奏はYOU TUBE先生だ。
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