2012年10月7日日曜日

コスモスを見に行く

昨日から世間一般には3連休とか。毎日が日曜日なので余り休みは関係がない。そうはいっても新聞などの報道を見ると、あちらこちらの行楽記事の掲載がある。

昨日の朝刊にもあった。

今週は週の中ごろにフェルメールの「真珠の首飾りの少女」の絵画展を九州国立博物館へ見に行く。それもあって少しは家でじっとしていようと思った。ところが、昨日の朝刊の「コスモス街道」の記事はどうしても行きたい気持にそそられる。

幼馴染に電話すると行くという。

やっぱり秋はコスモス。最近花屋さんで買った鉢植えもいいけど、道沿いに咲くコスモスはその比ではない。

少しは落ち着いて家の中ですることがあるはず。それなのに、家に居たくない。

昨日は、他にも心配していたスペイン語の教室変更の連絡メールが入る。メールが届いたということは履修登録もされたということ。これで大学関係は一安心!後は勉強を頑張るのみ。

頑張るといえば本も読みたい!大学から早速借りて帰った3冊と、市の図書館で借りた加藤徹の『西太后』がある。早く読みたいと思うけど、気候がいいときは気持が外へ向く。これも元気な証拠?

今日はこれからコスモスを見に出かける。ネットで検索したけど、はっきりとした所在地はわからない。最寄のJR駅に着いたなら、駅員に聞こう。最高の行楽日和!楽しみだ!

2012年10月6日土曜日

「人生生きている限り何が起きるか未定です」

予報に反して今日は一日曇り空。今にも雨が降りそうな天気である。

午前中、自転車に乗ってスーパーへ買い物に行く。その帰り、食欲がないといっていた同級生の家に寄り、しばし話をする。

今も食欲がないらしく、買ってきたアナゴの握り1パックをあげようとしたが食べられないと言う。彼女は暇つぶしに親の代からのクリーニングの取次店をしている。

ただ楽しみは夕食時と就寝時にアルコールを嗜むことだと笑っていう。

一人家にいるときはアルコール類を口にしない。そのため、その気持はよくわからない。その人は体の不調をアルコールに任せているのだろうか。

周りにいる身近な友達は同級生で環境がよく似ている。その人も独身。そして一人暮らし。

若いときは99.99・・・%の確率で同級生は結婚したと思っていた。ところがどっこい、見渡すと結構独身がいる。どの人も私の知る限り幸せそう。昨日のブログではないが、それはそれで人それぞれ。いい人生かもしれない。

人生といえば先日のNHK午後5時からの全国放送に出ていた106歳の元気老人の言葉を思い出す。「人生 長生きすれば良いことがある」。昇地三郎氏の言葉でサインにそう書いている。

途中から見たので106歳まで順風満帆の人生だと思っていた。ところが、ウイキペディアで検索すると何と大変な人生を送っておられる。それによると、以下のように書いてある。

「歳月が過ぎ、70歳のとき、やけどのため寝たきりだった長男が、39歳で死去。1996年(平成8年)には20年間看病をしていたパーキンソン病の妻が86歳で死去。麻痺が進んで45歳から寝たきりだったに次男が2002年(平成14年)に55歳で死去、2003年(平成15年)春には長女も58歳で他界。長女は広島大学教育学部を出て、しいのみ学園で言語治療に従事していた。

妻と3人の子ども全てを見送り、95歳で初めて自分の自由な時間を得た。三郎の人生は、正に95歳からが青春とばかりに、2004年(平成16年)から中国の障害児教育支援と新しい幼児教育法の普及に乗り出した。」
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BB%E5%9C%B0%E4%B8%89%E9%83%8Eより引用)

95歳からが青春だったとは・・・。

父が亡くなった時、母は75歳だった。そのため母は75歳からが青春だった。その母も95歳で亡くなる。

ところが昇地氏はなんと95歳から青春が始まり、それから10年以上も青春を謳歌していらっしゃる。

その人のブログを見ると「ギネス世界記録TM・公式認定証受賞『公共交通機関を利用して世界一周をした最高齢者』106歳誕生祝(8月16日)」とある。

今でも現役で海外旅行に出かけている。本当に素晴らしい。その人から見ればまだまだひよこ。元気が沸いてくる。

元気といえば「さっちゃん」がいる。昨日の「さっちゃん」のブログを見ると、ブログ投稿が本になっている。そしてその広告が新聞に出る。昨日のブログの一部には以下のように書いてある。

「一年前にはこんなことがあるとは
考えてみたこともありません
夢みたいなことがおきるんですね
人生生きている限り何が起きるか未定です
だから楽しいんです
なんでもかわりばんこです
いつかは良いことがあると思って
がんばりましょう」

これは昇地氏の言葉に通じる。この2人にあやかって長生きしよう!

「人生生きている限り何が起きるか未定です」、このさっちゃんの言葉は最高にいい!私も頑張ろう!

2012年10月5日金曜日

人それぞれ

気候がいいからだろうか毎日よく眠る。昨夜午後9時から今朝午前7時まで寝ていた。久々に午前の講義を受けに行く。すぐに身支度を整え、出かける前までゆっくりする。

今日から本格的な授業に入ると思っていた。ところが前期の授業の総まとめだった。

来週から日本語として初めて聞くキーワードの「点過去」の講義が始まる。外国語を学ぶ際、その国の言い回しというか日本語にない文法用語が頻繁に出てくる。まずは日本語の理解が大事となりそう。

外国語をいろいろと習った。だが、入門をスペイン語ほどしっかりと習ったことはない。前期の期末テスト後、昨年バルセロナでガイドをしてもらった人とキャンパスで遭遇する。そのことを日本人の先生にメールで報告すると来年はそのスペイン人の先生にスペイン語コミュニケーションを習うようにとの返信メールをいただく。ありがたい。そのためにもスペイン語、頑張らねば・・・。

講義後、JRに乗っていると以前、属していたスイミング・クラブの若い女性が前に座る。話をすると相変わらず何もしていない。若いといっても40歳過ぎの独身女性。親から小遣いをもらって過ごしているとか。

若さも体力もあるはず。アルバイトでも・・・と話すと経験がないという。これを聞いて、それ以上話すのを止めた。泳ぎもしていないといっていた。

人それぞれである。その人のことをとやかく言える立場にない。とはいっても何もしていないことが不思議でならない。それで人生、何が楽しいんだろう。

人それぞれといえば今朝も「浮浪者風」の人と出会う。会う度、柿が色づいたらあげるという。その人はしょっちゅう酒を飲んでいる。だが誰から言われるわけでもなく、道をきれいにしている。

♪運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど~♪の詩ではないけれど、人それぞれ「運」もあるだろう。しかし、何はどうであれ、元気なうちは何か打ち込めるモノ・コトをするほうがきっと楽しいはず・・・。

まだまだやりたいモノ・コトがいっぱい残っている。ヒトのことは気にせず、元気で楽しく過ごそう!   

2012年10月4日木曜日

「西太后“国も美貌もアンチエイジング”」を見て

今日も清清しい朝である。特別に出かける予定のない日は朝食を終えると、しばしパソコンで遊ぶ。

今朝から新たな人のブログを見る。その人の名は加藤徹氏。以前社会人大学生の頃、この先生のファンだった。だが、6年前、先生は東京の大学へ転任される。

昨夜、偶然にも久しぶりTV画面でご対面。NHK・BS「追跡者プロファイラー」にコメンテータとして出演されている。岡田准一の司会で10月から毎週放映されるとか。この番組のファンになりそう。

昨夜の番組タイトルは「西太后“国も美貌もアンチエイジング”」。

加藤先生の専門は中国の京劇研究。というよりも中国文学・文化にかけては第一人者。10年前『京劇』でサントリー学芸賞を受賞されている。その翌年から大学の講義を受ける。

大学入学前、新聞でその人を知る。その頃、受賞作の本を購入していたので、講義後、すぐに駆けつけてサインをしてもらった。

なんといっても講義の仕方は半端でなく面白い!受講希望者が多く、大講義室での数百人の講義は抽選で選考されるほど。試験も型破り。この件に関してはここには書くまい。今、明治大学の教授をされている。私が思うに、多分今の大学でも人気者と想像する。

広島を去られてもNHK・Eテレなどに頻繁に出演されている。

先ほど、先生のHPをみるとブログを開始されていた。そして相変わらずアコーディオン(コンサーティーナ)を弾かれ、ご自身で弾かれたものをYOU TUBEに投稿されている。

型破りな授業は、いきなりアコーディオンを持って大講義室の教壇で弾かれていたことにもある。

先生の担当される教養、専門科目は全部受講した。教養科目の「中国文学」では漢詩を習った。それも身振り手振りの講義で始まる。講義の最中の歩き方は京劇風の歩き。昨夜のテレビではそれは見られなかった。しゃきっとした姿勢で大物で写っておられる。

最近の先生のブログを見ると下記のように書いてある。 

 「さる9月19日の毎日新聞の第一面「余録」欄でも、中国の反日デモで見られた暴力行為と、それを対日圧力に利用する中国政府の姿勢を批判する文章の中で、拙著『西太后』の義和団の説明が引用されていた。
 著者としてはうれしいが、拙著『西太后』の中で指摘した中国社会の暗黒面が、今日でもそのまま通用してしまう点については、複雑な気持ちを抱かざるを得ない。」
(http://blogs.yahoo.co.jp/yonakanoaccordion/MYBLOG/yblog.htmlより引用)

早速『西太后』を読もう!

昨夜は、加藤先生以外でも素晴らしい人をTVで見た。その人についてはまた後日ブログに投稿しよう!さあ今日も頑張って!!

2012年10月3日水曜日

てんやわんやでホッとして

今朝も空が高く晴れ渡り清清しい!ところが今朝の地元紙を見てびっくり仰天する。

昨日は2ヶ月ぶり大学へ出かけた。キャンバスで先ず目にしたのはパトカー2台。それも気に留めず、後期から始まる教室へ直行する。部屋に入るとどこか空気が違う。変とは思ったが先にトイレを済ませる。


戻った後、どうも前期までの雰囲気と違うので近くにいる学生に「スペイン語の教室?」と聞くと「フランス語」だった。


家を出るときから教室が気になっていた。ところが科目等履修生は自分で履修登録ができない。すべては事務方がする。家を出る際、パソコンで調べると登録されていない。されないと当然どの教室かも表示されない。


そんな不安を抱えての登校だった。すぐに事務方に行って教室を教えてもらう。全く違った講義棟であった。急いで教室に着くと目にする姿があった。ホッとする。仲良くしている若い彼女の横に座る。座っても教室自体が狭すぎる。窮屈この上ない。

しばらくすると先生が来られた。先生の開口一番、「教室が狭い!」。事務と相談して変更する旨、話される。

昨日は後期最初の授業。前期の期末テストの問題用紙と答案用紙を返してもらう。2ヶ月のブランクがあるのでその解答をしながら頭をスペイン語モードにしようというのだろう。返却された答案用紙を見ると何と82点。ちょっと嬉しかった。

そして点数が書いてある横には「¡ Bien!」(よくできた!) とある。授業が終わって家では閲覧できない成績表を見に情報メディアセンターへ行く。ところが3年半ぶりに出かけてみると様子が全く違う。

点数を見ているから成績表を知らなくてもいい。そこはやっぱり何歳になっても子ども。見て見たい。

隣に座っている女子学生に教えてもらいながらパソコンを立ち上げる。一番違っていたことは以前は自分の学生番号とパスワードの入力ですぐに立ち上げることができた。それが、今は学生証をリーダーにかざし、そのうえ先ほどのことをする。それが終わってもなかなか成績表までたどり着かない。

教えてくれた人はこれ以上わからないらしくメディアセンターの事務に行くようにと言う。以前は同じところに事務方もいた。ところが今は1階下にいる。そこで事情を説明するとパソコンで見てくれるがわからない。仕方なく、学生支援センターに出向く。

支援センターは好く知った人がいる。その人に話しても埒が明かない。若い人がやってきて、パソコン上でなく紙で印刷された大学側の単位取得証明書をくれる。単位をもらいたくて大学に通っているわけではない。すぐに見ると「優」とある。事務方もそれを見て褒めてくれる。

とはいっても後期の授業登録もされていない。それも気になり尋ねるとかなり時間が経って教えてくれる。これから登録してくれるらしい。

少しホッとして大学を後にする。
愛車(?)に止まった赤トンボ
暗いけど時刻は午前10時過ぎで空は快晴だった
それにしても初日早々あちこちへ行き、てんやわんやの一日だった。とはいってもあの張り詰めた教室の空気は自分でも信じられないくらいに没頭する。それがまた気持いい。

家に一人いても、これほど「無心」になれることはない。それだけでも大学に通ってよかった!

さて今朝の新聞。なんとあの2台のパトカーの意味がわかる。昨日、キャンパスに入る2時間前に「自殺」か「他殺」かわからないけど、研究棟の8階から50代の教員が飛び降りたとの記事が掲載されている。その所属先は何と今学んでいる科だ。

昨日は大学側も私的にもてんやわんやの日となった。ただ大学に出かける前、自転車に止まっている赤トンボは、その慌しさを予想さえもせず・・・。

最寄駅に到着すると駅前の花屋に並べてあるコスモスの鉢植えが目に付く。それを買って気分よくして家路に帰った。

2012年10月2日火曜日

若者と一緒に

今朝は秋らしくすがすがすがしい。とはいっても昨夜は午後からプールに出かけたので、鼻水と格闘しながら眠る。それでもどうにか熟睡していた。

昨日のプール、急遽泳ぎに行こうと決めたのでプール到着時刻は午後3時頃。この時間帯に出かけることは余りない。更衣室からプールに入る途中にあるシャワーのところでサーッと通り過ぎると名前を呼ばれる。以前所属していたスイミングクラブの人だった。

しばし、そこで立ち話。その女性とは昨年暮れ、先生宅で鍋を囲んで以来。この時間に泳ぎに行っていると思われなかったようで驚かれる。

先生からは夜、泳ぎに来るように誘われることがある。そうはいってもJRで行くのでなかなか夜は行く気にならない。その人にその話をすると、納得してもらえたようだった。先生や皆に話しておく、といってもらったけど・・・。クラブの人たちは先生はじめ皆感じがいい。そのため夜、泳ぎに行きたい気持はあるけどなかなか・・・。

昨日プールに入るとどのコースも先客がいる。手前のコースで泳ごうとすると若者が泳ごうとせず隅に立っている。その人の前に行き、「泳いでください」と言うと、先に泳ぐようにと言われる。「泳ぐのは遅いけど・・・」とビート板を使わず、いきなりクロールで泳ぎ始める。

2往復した辺りで若者が声をかけてくる。水飛沫を上げずに泳ぐといって褒めてくれる。そのまま立っているので「若者は早く泳いで・・・」とせかせると、「若くないですよ」という。「半分くらいの年齢?」というと「もう42歳ですよ」という。「まだまだ若い!」とけしかけてまた泳がせる。

コースを独り占めには出来ない。その人が泳いでくれないと自由に泳げない。そのため、25メートル毎、若者に「早く泳いで!」とせかせては泳ぐ。こうなるとなかなか思うように泳ぎきれない。

若者は「もう1時間いるんですよ」「隣の町の子どもに空手を教えている」「本職は建築士」「家は〇〇町」と自分のことを話す。究極は「3キロ泳ぐことは10キロ走るよりきついんですよ」といい、「6、70歳の女性の人よりも泳ぎでは負けます。息が苦しんですよ」と言う。

見ていても25メートル泳ぐのに息が苦しそう。どうも泳ぎ方が変則的に見えるので「さっきの泳ぎはバタフライ?」と聞くと平泳ぎだとか。

若者はいつもしているという空手とランニングの筋肉の使い方と水泳は違うという。話をしていると泳ぎに対する一生懸命さが伝わるので所属していたクラブの練習日を教えてあげる。

しばらくすると近くの大学のクラブが泳ぎ始める。「僕はその人たちの泳ぎを見ます」と言って若者は引き上げた。

昨日も1キロをクロールと背泳ぎで泳ぐ。しかし、若者がなかなか泳がないので長くプールに入っていた。鼻水はそのせい?

今日は11時過ぎから後期はじめてのスペイン語を受けに大学へ行く。今朝はそのためもあって早くからブログに投稿。これからまた半年間、昨日の若者よりもっと若い18、9歳と一緒にスペイン語を学ぶ。

さあ今日も一日頑張って!!

2012年10月1日月曜日

2012年『図書』10月号から

今朝も郵便物が届く。郵便といえば新「日本郵政グループ」が本日付けで誕生した。各戸には「サービス向上のためのアンケート」も配られ、新たな意気込みが感じられる。

今朝届いた郵便物には旅行社のトラベルポイントを知らせる葉書と岩波から毎月届く『図書』がある。『図書』10月号を見るとアフガニスタンに井戸を掘っている日本人医師の中村哲氏の記事が掲載されている。

「温故知新ーアフガニスタンで考える」(2p)と題され、自然と人間の関係を述べている。この人の話は随分前、広島で行われた講演会で聞いたことがある。ゆっくりながらもしっかりとアフガンニスタンでの活動について話されていた。

『図書』に書いてあるアフガニスタン。その山肌が保水力に乏しいため、かつての肥沃な穀倉地帯は洪水のたびに河の数位が下がり荒れ果てる。こうして故郷を捨てた農民は「アフガン難民」と呼ばれる。だがその難民の大半は「環境難民」だとか。

だから中村は適切な取水さえ確保すれば膨大な荒廃した農地も回復しうるという。それには取水方法が問題となるらしい。

その解決のためには自然の地形に巧みに合わせ、人力だけで作られた筑後川の山田堰に驚くべき知恵があるという。

この九州の知恵を中村はアフガンに結びつけ、井戸を掘っているのかもしれない。

近代的なコンクリートの技術のほころびが世界のいたるところで現れ始めている。その問題の解決として「自然と人間の共存」が課題となる。それについて中村は「自然とは、恵みと同時に、人の生殺与奪をも握る摂理であり、人の意識が定義できない一線を画して厳存する」という。

そして「自然を無限大に搾取できる対象とし、謙虚さを失っていなかっただろうか。自然はそれ自身の理によって動き、人間同士の合意と無関係である。」と。だから「われわれが葬り去った『自然と向き合う知恵』もまた見直されるだろう。」という。

さらに「変わらずに輝き続けるのは、命への愛惜と自然に対する謙虚さである。その思いを留める限り、怖れるものは何もないと考えている。」と締めくくっている。

『図書』には他にも「自然」について今枝由郎氏が「『仏性』と『成仏』」と題して書いている(20p)。今枝は梅原猛の言葉を引用して「日本には縄文時代以来、自然を神と見る思想があります。それが仏教のなかに入り、日本独自の仏教を作ったのです。」と述べている。

この本を読んでいて母がよく使っていた言葉を思い出す。「自然に、自然に」。母はこれを「しぜんに、しぜんに」でなく「じねんに、じねんに」と濁って発音していた。今、辞書を引くと「おのずからそうであること、本来そうであること」とある。これは多分に仏教と関わることばだろう。

また今枝は「近代文明は、驚異的に進歩した科学技術を駆使して自然を制御・支配することにより、人間の快適さ・利便さを築きあげてきた。」としながらも、「その人間中心的な文明のあり方にはマイナス面も多く、ありとあらゆる形の公害、人口爆発、地球温暖化、環境破壊、絶滅危惧種といった、数多くの深刻な問題を生み出している。」と述べる。

これは先に書いたように中村も問題としてあげている。

中村は仏教徒でなくキリスト教信者。しかし、「自然」を畏怖する気持は今枝も中村も同じである。

今思うと、母は何かコトが起きると「じねんに、じねんに」と言っていた。それは「成り行きにまかせよ」と3人の娘たちに教えていた言葉かもしれない。

昨日の発表会では舞い上がってしまった。それこそ「じねんに、じねんに」と自らに言い聞かせればよかった。今気づいてももう遅い!?

「遅い」といえば、遅いついでに今から泳ぎに行こう!