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2025年6月30日月曜日

鳥の歌

 最初のブログを開設して今月で丸16年が過ぎ、17年目に突入した。何の取柄もないブログだが自分の生きたメモとして自己満足の世界に浸っている。暑くなり、毎日のように近所のスーパーに出かけていたがこう暑くなるとそれも(?)と思ってしまう。それでもやはり外に出て体を動かさないといけないと思い、家の前にあるドラッグストアに出かけて牛乳など買ったりする。これくらいではまだまだ動きが足りない。

 自分で決めたこの1曲を吹いていると時に飽きてくる。何かほかの曲をと楽譜を探すと笛吹たちの曲集に「鳥の歌」があった。曲は吹いて気分がいい曲と聞いていい曲がある。「鳥の歌」は哀しいだけと思える曲だが吹いていて気分がいい。しばらくはこの曲と鈴懸の径、そしてショパンのノクターン遺作21番を吹こう。

 「鳥の歌」の楽譜と神田勇哉が吹く動画を見ると同じ楽譜ではない。聞きながら調べると途中を飛ばしている。昨日、コンビニに出かけて神田勇哉が吹いている楽譜に修正した。ついでに室生寺の写真もプリントアウトした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


2021年8月1日日曜日

鬼灯(ほおずき)

スーパーで買った鬼灯(ほおずき)
 スーパーの花売り場で鬼灯を見つけた。袋に入った鬼灯は朝、切り取られたばかりのようで生き生きとしている。袋には2本入っていた。多分、1本の鬼灯が長いため半分に切って2本にしたのだろう。買ったのはいいのだがスーパーで知り合いに声を掛けられて長く立ち話をした。(せっかく珍しいものを手に入れたのに……)と思いながら家路につく。

 葉っぱはしおれていた。葉っぱの付いた方の鬼灯を花瓶に活けるとすぐに元気になった。もう一方は花瓶に入れられないので横にしておく。鬼灯が入れてあった袋を見ると「鬼灯は、お盆に先立って咲く旬の花。お盆にご先祖様が帰られる時の導きの赤い提灯とされ、お供え物として用いられます」とある。

 毎年のようにこの時季になるとスーパーの店頭に並ぶ鬼灯。なぜこの時季に並ぶのかが分かった。今朝、花瓶に活けた鬼灯を見るとまだ葉っぱは生き生きとしている。赤く染まっていない青いままの鬼灯が4つある。うち1つは赤くなりつつある。赤い提灯、とはうまい表現だ。

 実は13個ついている。2本の鬼灯を1本にすると7,80㎝の長さはあるだろう。鬼灯と言って思い出す。まだ小学生だった頃、隣町にあるJR駅の裏側は辺り一面ブドウ畑だった。そのそばに生えていたのが鬼灯。スーパーで買ったような長さはなく、背丈は短かった。鬼灯が実っているのを見つけると勝手に畑に入って鬼灯を失敬した。が、誰も怒る人はいなかった。ただブドウをとった覚えはない。というのもブドウは産地なので実るころはいつでも食べていた。

 とってきた鬼灯の赤い実の中身を待ち針で出していく。これもまた楽しみで袋がはじけないように丁寧に中身を出す。空になった鬼灯の実を口に入れて膨らませて音を出す。これが楽しみだった。道を歩くときは鬼灯を探し、見つけてはこうして遊んでいた。子どもの頃の楽しい思い出だ。

 ブドウ畑は鬼灯を探すために通るのではない。近くの筏の浮いた川に泳ぎに行った際の道中で見つけた。当時は泳ぐことができず筏に乗って遊んだりしていた。夏休みとなると近所の人たちに連れられてほぼ毎日のように川へ行った。川の沖は海。海へも歩いて行けた。貝堀や青のりなどとっていた。今は海辺りは埋め立てられて市場となっている。

 運動嫌いだったはずなのになぜか小さいころは近くの山や川、そして海にもよく行って遊んだ。当時は家の前の小川はふたもされておらず、蛍も飛びかっていた。家の前は今は家が建っているが当時は畑でどこでも遊べた。思い出しても楽しい日々だった。

 ところが今や山の方に行っても畑はどこにもない。池もあったはずなのに池も全くない。ブドウ畑の辺りは駅裏とあって今や一等地の場所になっている。ただ変わりなくあるのは2級河川の川だ。ここだけはどんな時も水をたたえて流れている。

 今朝は久々に昔を思い出して懐かしむ。楽しかった日々はあっという間に過ぎていつの間にか老人になってしまった。歳をとるのも悪くない。元気であればいつの時代もいい時代だったと思えてくる。さてさて買った鬼灯。これからどうしよう!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2013年11月3日日曜日

反省!

今朝は雨。最高気温と最低気温の差は2度。日中の気温もこのままだろう。

 昨日はいろいろと反省することが多い日だった。 昨日午後からは日本画を習いに出かける。習って4度目。少しはその場の雰囲気にも慣れてくる。3つの西条柿を先生に配置してもらって鉛筆で書き始める。書き方も大分慣れてくる。

先生から柿のヘタの部分に手を加えてもらう。ちょっと手を入れてもらうだけで美味しそうな柿になる。 その後は絵の具をつける。昨日は自分ですべて色をつける。かなり満足する。

隣の人は前回まで風景を描いていた。だが昨日は自宅で実ったみかんなどの柑橘類や柿を持参して、それを描いている。終わり頃には柿を描き出す。

 先生から当分は野菜や果物を描くようすすめられる。絵を描くことは夢だった。昨日も絵画教室にいるだけで嬉しいし、ましてや絵を描けただけで嬉しい。そう皆の前で話す。そしてそれ以上のことは夢の夢、と話すと先生から夢は夢で終わらせてはいけない、と・・・。確かに。

 昨夜はスペイン語の講座がなかった。先日台湾旅行でご一緒した教室近くに住む人から、これまでの旅行記のサンプルを見せてあげるといわれる。昨夜、教室は休みとその人に連絡しなかった。

ところが、その人はわざわざ会場までそれを持参してくださった。いくら隣のマンションに住んでいるとはいえ、電話で休みと知らせず、悪いことをしてしまった。

夕方その人から電話がかかる。電話で申し訳ないと謝ると、旅行記をお願いするのだからと、逆に親切に言われる。これを聞いてまたも悪いことをした、と気付く。 

今回旅行に行った人は本当に優しい。昨夜電話を下さった人もどこかの銀行員だったとか。どんなきっかけでこの学会に入られたのか全員には聞いていない。 その人はまた、学会に入る手続きのことも話される。それについては次のスペイン語の講座前にお会いして入ることになる。どういってもあり難い話。 

友人によると、旅行参加者には文を生業としていた人もおられるとか。それなのに、図々しくも旅行記を書くと名乗りを上げてしまった。もうこうなったら論文を書くような気持ちで取り組まねばならない。これも文を書く訓練と思って取り組もう。 

夜になってお昼に届いた新年早々のコンサートのチケットの返事をする。送ってくれたのは陶芸家。この人の話も旅行中話題になる。 

故宮博物館で友人と団長は2人で陶芸の方を見ていた。その時陶芸の話から、陶芸家の話が出たらしい。何と、陶芸家と団長は知り合い。そして、陶芸家がデパートで個展を開く手助けも団長のお世話があったとか。

他にも私が陶芸家と友だちと友人は団長に話したらしい。 世の中狭い! 。

それを終えると岩国の友だちからメールがある。すぐに電話をすると某美術館に行く話になる。だが、昨夜の話では日程が会わない。日程を調整してくださるらしい。

今日は午後から修了した大学へ友人と出かける。先日福山で聞いた人たちのコンサートが大学内のホールである。 人に失礼にならぬよう今日も元気を出して楽しく過ごそう!