2026年2月28日土曜日

ラッパ水仙

   雨も上がって今日と明日は晴れのようだ。それもつかの間なのか、その後は雨になる。どこかへ出かける日は雨よりも晴れがいい。特に遊びに行く日は晴れがいい。そしてこれから先は一雨ごとに暖かくなる。

 我が家の狭い庭にラッパ水仙が蕾を付けている。今のところ10個ほどの蕾だ。花が咲けばまもなく春本番!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月27日金曜日

プールで泳ぐ

 昨日午後はプールで泳ぐ。1往復目は背泳ぎで泳いだ。しかし、2往復目からはクロールと背泳ぎの交互で泳ぐ。全部で500m泳いだが、1往復目を背泳ぎで泳いだのでクロールは225m、背泳ぎは275mの計500mになる。徐々にクロールを増やすようにしよう。水中歩行は100mでやめる。

 プールに行くとだれか顔見知りがいる。が、昨日は1人もいなかった。春のような陽気に誘われて皆、どこかへ遊びに行ったのだろうか。

 プールから帰ると旅行社から分厚い旅のカタログが届いている。いつも出掛ける地元の旅行社だ。年齢制限撤廃と先のツアーで添乗員は話した。しかし、カタログには制限が書いてある。以前に印刷したものかもしれない。試しに1件、ネットでの申し込みを試みると年齢制限にひっかからない。ネット上では改善しているようだ。

 一人旅に慣れると皆について観光するのもどうかと思えてくる。見たいところは時間制限なく自由にみられる。一人旅は本当にいい。

 カタログを見ていると時間があっという間に過ぎてゆく。そして頭を使うのかくたびれる。これも頭の運動!?

 今日はこれからお天気は下り坂。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月26日木曜日

『箱根の坂』(上)

白池地獄内にたたずむ一遍上人像

  『箱根の坂』(上)(司馬遼太郎 講談社、昭和59年第2刷)を読んだ。一遍上人についての記述がある。別府地獄めぐりの白池地獄内に一遍上人像が建立されている。一遍は荒ぶる温泉の地を鎮め、温泉郷の基礎を築いたともいわれている。以下は気になる箇所をメモしたもの。

 今日も春のようなお天気だ。午後はプールに出かけよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★伊予の豪傑、河野氏の子として生まれた一遍は、法然の死後の人である。一遍が完成した浄土信仰は、哲学的内容において法然・親鸞に匹敵し、その狂えるような行動力においてははるかにまさっている。すべての私量(はからい)を捨てよ、捨てて、それを捨てるおのれの意識さえ捨てよ、と言いつづけたために、捨聖ととよばれた。寺をもたず、財をたくわえず、組織をつくらず、生涯諸国を遊行し、奥州から九州にいたるまで歩きつづけ、二五〇万余のひとびとに結縁した。結縁されたひとびとは、俗体のまま頭をまるめ、阿弥陀仏を称する。上に一字、好みの文字を置く。願阿弥陀仏・願阿弥といったふうにである。(52p)

★「若厄介、人の言葉を逆手にとるか」 逆手というのは、巫女がやる柏手の仕方の一種である。手を柏(う)つのに掌を裏返して拍(う)つ。人を呪詛するときや凶事(まがごと)のときにそのよういする。(196p)

★伊勢新九郎長氏は、のちに北条早雲として知られる人物になる。早雲とは頭を剃ってからの名で、正しくは早雲庵宗瑞(そうずい)と称した。「北条」という姓も、晩年に称したらしい。らしいというのは、称した形跡が、資料の面ではうかがいにくいことにある。ともあれ、筆者は、早雲以前の伊勢新九郎時代に関心がつよく、さらには新九郎の思想の形式に大きく影響した――というよりも早雲を生みあげたというべき――室町期の世情と応仁・文明ノ乱につよく心をひかれた。伊勢新九郎が、将軍の養子である足利義視の申次衆になったとき、――この人が将軍になれば、世が変わるのではないか。と期待した。が、ほどなく義視の人物に失望した。が、それ以上に、義視一個が理想をつよく持っていようとも、歴史はそれだけでは動かないとみた。(266p)

2026年2月25日水曜日

莢えんどうとグリーンピース

グリーンピース

 スーパーでさや(莢)のついたグリーンピースを見つける。その前にむき出しのグリーンピースが1パック398円で売られていた。さやがついたグリーンピースは1袋198円。これを購入する。家でさやをむいて実を出すと100gあった。莢をむくとき、この何とも言えないにおいが子供のころに戻してくれる。昔はさやえんどうの豆ごはんをよく食べた。その頃がよみがえる。何とも懐かしいにおいだ。

 家に戻ってグリーンピースと表示があるが、子供のころはさやえんんどうと言っていた。何がどう違うのかをみるとさやえんどうは莢がついているものでグリーンピースは莢がついていない実だけのようだ。何であれ、カタカナ表記が多すぎる昨今、これも仕方がないのかもしれない。

 莢えんどうの莢の字を知らずにいた。中国語読みでは、と思って調べると”jia”の3声だ。似たような文字に夾竹桃や鋏などがある。いずれも音読みは「キョウ」で中国語読みは”jia”の3声。莢も夾竹桃も鋏も夾(はさむ)がついており読みも同じになるのだろう。

 スマホで豆ごはんのレシピを見るとコメ2合でグリーンピースは70gとある。100gもあれば十分だ。今夜の晩御飯はさやえんどうの豆ごはん!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月24日火曜日

旅の行程

  4月に一人旅を予定している。宿は予約済みだ。が、旅先の行程は行き先だけ決めているだけだ。昨日、行先の詳細を決めようとして躓く。予定ではおふさ観音、藤原京跡、久米寺そして翌日は円成寺に行こうとした。おふさ観音はJR沿線ではなく近鉄線だ。また藤原京跡へ行くにも思ったほど簡単ではない。宿をJR奈良駅近くに決めたので桜井駅近くに泊まるときに出かけよう。ということで秋篠寺と平城京跡、そして翌日は円成寺に行こうと決める。

 昨年は奈良へ5回出かけた。何度出かけても奈良は魅力がある。出かけたい気持ちがあるうちはまだまだ元気。これは自分自身の元気のバロメータ!?それが失せないうちにどんどん行きたいところへ行こう。

 そして早くも来年の自分の記念日は何処へ行こう、とも思ったりする。今年のその日は別府で迎えた。夕食後、部屋にはいるとともだちからSMSが届いている。お祝いのSMSだった。旅先で見るSMS。本当にうれしかった。記念日のお祝いといえば姪からもメールで届く。ありがたい!

 昨日、旅の行程を考えていると100円で回れる奈良ぐるっとパスが昨年4月から廃止され、100円→250円になっている。前に平城京跡に出かけた際、ぐるっとパスに乗車した。100円は安すぎると思った。こういう情報もスマホで簡単にわかる。この点ではいい時代になった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月23日月曜日

春になった!

 春、を感じる朝を迎える。これまでは夜、エアコンの予約をして寝ていた。朝早くに室内温度を見ると15度だ。すぐに予約を取り消す。これから先も連日、最低気温が10度前後の日が続く。春も本番となる!?そして桜の時期を迎える。

 桜といえば4月。桜の日帰りツアーの催行有無を調べるとまだわからない。しかし、個人的には4月の桜を愛でるツアーを楽しみにしている。催行中止となれば一人で長府の功山寺の桜を見に行こうと思ったり。

 色々調べるうち、6月の日帰りツアーを申し込む。申し込むと即、クレジット決済になる。旅が催行されるかどうかもわからないのに決済は変だ。が、これも旅行社の規定だから仕方ない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月22日日曜日

日本画教室へ

 日本画教室に出かけて相変わらず樹木を描く。写真をもとにして絵にしている。が、大木に彩色しようとすると木の形が気になりだす。写真を拡大してカラーコピーしたのを見ると転写をうまくせずにいたようだ。途中で彩色をやめて再度、転写を試みる。が、葉っぱなどいろいろと塗りまくっているので転写にてこずる。何度か試みるうちよくなってゆく。その上を白の鉛筆でなぞる。

 日本画、油絵、水彩画といろいろと名がついているが写真をもとにして転写する絵はこのどれにも入らない気がする。というかこれは塗り絵だ。自分でデッサンして描く絵が本当の絵に思える。まあ、絵にコンプレックスがあるものにとってはどんな手段でも描くだけで由!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月21日土曜日

旅の予定

  昨日の朝刊で見た岡山と京都の旅。岡山は半田山植物園で京都は三室戸寺。どちらもすぐに一人旅の計画を立てる。岡山は5月に日帰り旅を予定する。京都の三室戸寺を調べると行きたくなる。若一調査隊のYOU TUBEを探すとそのアップがある。これを見ると是非ともいかねば、となってすぐに京都の宿を予約した。12月に出かけた際の同じ宿を予約したが、夜になってほかの宿?と気が変わる。寝る前にスマホを触るのはよくないと思いつつも他のホテルを予約する。お昼にこの宿も見ていたが事前決済に迷って予約せずにいた。夜、再度、予約を試みると事前決済でなくても宿泊日当日決済での予約がOKだ。先に予約した宿よりも2000円近く高い。しかし、朝食もよくて大浴場もある。このホテルの予約もOKだ。寝る前になって先に予約済みのホテルのキャンセルをする。これもOKだった。

 そしてホテルが決まれば次は新幹線の予約だ。これは旅が近づかないと無理なのでスマホのスケジュールに予約する旨のメモをする。

 とりあえず6月までの旅の予定を立てた。しかし、これから気候も良くなればさらにどこかへ行きたくなるかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月20日金曜日

一人の楽しみ

 昨日午後はプールで泳ぐ。プールに出かけるときは隣町の循環バスを利用している。昨日、お昼前、一人暮らしの高齢者にちらし寿司を届けるとのこと。しかし、正午すぎても何の連絡もない。循環バスに乗り遅れると泳ぎに行けない。12時をだいぶ過ぎたころにやっと届く。届けるほうはボランティアかもしれないが受け取るほうは正直、有難迷惑。断るのも大人げないと思って仕方なく受け取っている。ボランティアは決して受ける側のことを思いやっていない!?すべては自己満足の世界だ!

 気を取り直そう。そんなこんなで気合十分で泳ぎに行く。550mのうち水中歩行50m。クロール200m、背泳ぎ300m泳いだ。クロールも以前と同じように楽に泳げるようになった。更衣室で顔なじみの人が休みなしでよく泳ぐ、とほめてくれる。泳ぐのは500mと短いがターンはしなくても向きを変えて休まずに泳いでいる。人から褒められることがないので些細なことでも褒められると嬉しい。

 最近、図書館で見つけた新刊の『ゆっくり長く泳ぎたい!』を借りた。泳げるようになった40年余リ前、NHK出版の水泳教室の本を買って読んだ。長く愛用していたが家のリフォームで捨ててしまった。改めて水泳の本を読むと知らないことが書いてある。例えば泳ぎ初めの蹴伸びは壁から少し離れて泳ぐといいとか。のんびりと天井を眺めながら背泳ぎで泳いでいると幸せを感じる。ターンができないので一度足を底につくがすぐに泳ぎ始める。背泳ぎばかりではいけないと思ってクロールで泳ぐ。だいぶ元通りのように楽に泳げた。なじみの人もいて水泳は本当に楽しい!

 楽しみといえば旅。今朝の地元紙催し欄に旅の情報がある。日帰り旅だ。QRコードで詳細を読み取る。ツアーでなくても行けそうだ。ツアーはバス旅。一人旅だと新幹線を利用する。それも「おとなび」を利用すればツアー料金の半額で行かれる。

 岡山と京都の旅だ。これは大いに参考にさせてもらおう。5,6,7月の旅を予定していない。この2つを予定に入れよう。

 年は取ってもいろんな知恵が湧いてくる。これも一人旅のおかげかもしれない。楽しみだ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月19日木曜日

母の祥月命日

ツバキ
蝋梅
 昨日は母の祥月命日。午前中にお墓に参る。お墓までの山道にツバキや蝋梅が咲いていた。あれから早いもので15年が過ぎる。涙に明け暮れた当時を思いだす。幸い今はその頃がなかったかのように元気で楽しく過ごしている。これも親のおかげ!?ありがたい!これから先もあっという間に月日は流れるだろう。なおさら元気で楽しく毎日を暮らすしかない!

 一昨日、3月の旅の日程表がメールで届く。これは日帰り旅だ。自分一人では行かれそうにないところをツアーで行こう、との思いがある。ツアーで出かけて、その場所が一人旅可能かどうかの確認もある。出かけた場所がよければそこへも一人旅する!?

 3月、4月と旅の予定を入れている。5月の旅もそろそろ考えないといけない。さて何処へ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月18日水曜日

グルコセンサー検査

  1か月ぶりに歯科へ行く。このごろは歯石除去が終わって歯のクリーニングなどになる。そして行くたびに新たなことをされる。昨日は終盤でグミを噛んで咀嚼能力の判定をするという。グミを口に入れられて20秒間、噛む。その噛んだグミの咀嚼具合から咀嚼能力を判定する。これはグルコセンサー検査というようだ。20秒間、グミを噛んだ後、10mlの水を口に含んで噛んだグミと一緒に吐き出す。そして吐き出した水分中に溶けたグルコースの濃度をグルコセンサーで測定する。

 初めての検査だったが、数値は210㎎/dlだった。測定値が100㎎/dl未満であれば咀嚼能力低下と判定される。が、210㎎/dlと数値が高くて幸いだった。

 気をよくして歯科を後にして目の前にある生協と図書館へ行く。図書館では今月号の「文芸春秋」に司馬遼太郎の没後30年の特集がある。それを読む。このなかに『この国のかたち』に触れている。まだこれを読んでいないので早速、図書館のマイラブリーの予約かごにこの6巻を入れた。多くの本を予約しているのですぐに予約できない。家にも図書館で借りた本が4冊ある。遊んでばかりいると何かがおろそかになる!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月17日火曜日

旅の道連れは?

 自宅近くにあるドラッグストアに出かけると同級生に遭遇する。何やら手に取ってしきりに眺めている。買うものの成分を見ているという。牛乳や豆乳など成分無調整などと書いてある。牛乳は無調整を買っている。が、豆乳は飲まないのでわからない。同級生は無調整の豆乳を買っていた。

 買い物かごを見ると重そうにしている。店内のカートを使えば、と思うが人それぞれ思いがあって使わないようだ。同級生は病気の弟さんと住んでいる。体が少しは良くなり、旅行に行けそうだとか。先日の別府の話をするといろいろと聞かれる。この頃は何をするにしてもスマホなくしては行動ができない、との思いがある。しかし、スマホを持っていても十分に使っていない人もいる。自分自身、教えてもらう人がいないので手探りでスマホを駆使している。そのおかげか、だいぶ使えるようになった。

 というかどこに行くにもスマホなくしては出かけられない。スマホがもしかして旅の道づれ!?切符も宿もそして美術館、コンサートチケット入手とすべてスマホ頼みだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月16日月曜日

菜の花

 菜の花(料理用)がスーパーの野菜売り場に並ぶようになった。これまでは高知産の菜の花が多かった。しかし昨日は大分産のもある。先日、大分へ出かけたので愛着もあって高知産ではなく大分産の菜の花を購入。

 スマホで菜の花のレシピを見ると卵との炒め物がある。卵はふわっとするためにマヨネーズを少し混ぜて焼くといいとか。菜の花と卵を炒めるとグリーンと黄色の色合いになる。この彩を見るだけでも美味しそうに見える。

 今日はプールへ、と思った。しかし、あの大雪でのどを痛めた!?しばし泳ぐのはやめよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月15日日曜日

3週間ぶりに日本画教室へ

 3週間ぶりに日本画教室に出かける。奈良の不退寺で写した紅葉の大木を描いている。この絵は水干絵の具でなく岩絵の具で描いている。長年、水干絵の具で描いていたので岩絵の具にすぐにはなじめない。ましてや岩絵の具は教室を辞めていった人が残していたもので自分のものではない。水干絵の具は60色がセットになっている。しかし岩絵の具のそのあたりのことは自分で買ったことがないのでわからない。が、ない色は自分で混色して作るようだ。

 教室が終わって最寄りJR駅ホームのベンチで列車を待つ。近づく人がいる。持っていた筆巻きが目に入ったらしく、「書道を習われていますか?」と声をかけられる。書道ではなく日本画を習っている旨話すと、「どこで?」と聞かれる。「〇区文化センター」で、と告げると自身のことを話し始める。「昔でいう定年の3年前です」と。面白い言い方と思って聞いていると60歳の3年前で57歳だそうだ。昨日は最寄りJR駅の病院に通院と話していた。

 この人を見て自分自身、旅先などですぐに人に声をかける。こんな風にかけているのだろうと自分を顧みる。「習っている教室へはどうして?」とも聞かれる。「友達の紹介で」、と告げる。その人もこうして知り合えた人と習いたいような言い方だったが、さてさて。
 
 今日は最高気温17度、最低気温10度の予想だ。朝は雨だったらしくパッとしないお天気だ。しかし、これから徐々に天気も回復して暖かくなる!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月14日土曜日

「見上げてごらん夜の星を」フルート演奏

 「見上げてごらん夜の星を」のフルート演奏を探すとアップがある。ついでにこの楽譜を探すと無料楽譜があった。久しぶりに音楽のノートにこの曲を写譜する。フルートで吹くと難しい曲ではないのですぐに吹ける。

 はるか昔、中学の修学旅行で出かけた別府。この時、知った「別府湯の町~」をYOU TUBEで探すと別府音頭とある。この曲を聴くと当時のバスガイドに教えてもらったのかよく覚えていた。しかし、今回は一人旅。また観光旅館でなくビジネスホテルに泊まったのでこの曲を聞かなかった。が、中学の頃に覚えた歌は忘れていない。

 あの大雪は何処へ行った?を思わせる陽気が続く。明日はなんと最高気温が17度と暖かくなりそうだ。今日は午後から3週間ぶりの日本画教室。頑張って描こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月13日金曜日

別府の旅その2

 別府の旅その1から続く。

 広島から別府までの新幹線は新下関駅近くまで大雪のため徐行運転のところがあった。しかし、別府に着くと大雪はどこへ?別府の観光はあまり寒さを気にせずに済んだ。ホテルには4時くらいに入る。部屋は11階で別府市内を見渡せた。ところが山を見ると根雪がある。前日、大分も雪に見舞われたようだ。

 夕食はカニ食べ放題と熊八会席だ。熊八会席とは大分名産「かぼすブリ」のしゃぶしゃぶ鍋と豊後牛ロースの肉巻きを堪能する贅沢な和会席とある。亀の井ホテルはHPによると1911年に亀の井旅館を創設した別府観光の父と言われる油屋熊八に由来している。そのためか亀の井バスなども亀の井がついている。なおこの日の宿泊代は1泊2食付きで17000円。

 夕飯は5時半を予約した。が、30分くらい待つ。その間、ロビーは今夜の客がチェックインするのにあふれかえる。レストラン外の椅子に座って夕飯を待っていると台湾人の父、娘がいた。(中国語)、と思って声をかけると台湾からの親子3人の旅行者だった。台湾に3度行ったことがある、というと好意を示してくれる。久しぶりに中国語で話した。

 夕飯になった。カニの足などが置いてある。まずはビールの生で一人乾杯!カニを食べ始めると次々と食事が運ばれてくる。が、カニを食べるのに忙しい。カニ食べ放題、と係は言うが置いてあるので十分だ。隣の人も何か飲んでいる。声をかけると話が弾む。おかげで楽しい宴となった。
カニ足

 大浴場に行くと人であふれている。体を洗う洗面器もないほどの人出だ。これではゆっくりお湯に浸かれそうにない。早めに部屋に戻る。

2日目 2026年2月10日(火)

 朝食を食べに行くとバイキングではないのにレストランには人が並んでいる。その間、隣のご夫妻と話すと東京からのツアー客だった。2泊3日で羽田から長崎、そして別府に来たという。2月8日の大雪の日、羽田発の飛行機がなんと7時間、遅れだったそうだ。その間、空港での待機で食事もお水も各自調達だったとか。そのため長崎には3時に着いたという。今回の雪は前日からの人も大変のようだ。

ホテル11階からの眺め 山には残雪がある
 朝食は籠に入っている。このほかにもご飯、味噌汁、サラダに飲み物がつく。先日の広島でのバイキングで人の多さに参ったのでここではそれはやめた。これは大正解でゆっくり朝の食事を楽しむ。

 このホテルはチェックアウトが11時だ。ホテルでゆっくりして10時ごろチェックアウト。この日もバスに乗って血の池地獄などを見に行く。

籠入りの朝食 このほかにご飯、味噌汁、サラダ、飲み物がつく
 
 血の池地獄には手湯や足湯があった。手湯に手を浸すとかなり熱い。足湯はずっと浸かっていたいほど気持ちがいい。
血の池地獄 手湯

血の池地獄

血の池地獄 足湯に浸かった
 次は少し歩いて間欠泉の龍巻地獄。入場券を買おうとすると何か言われる。一瞬、意味が分からず再度聞くと間欠泉のため龍巻が上がるまでに50分待機とのこと。屋内は土産物屋にもなっている。が、何も買わないので退屈になる。外に出ると階段状になった屋外の岩場や屋根があるところには椅子が並んでいる。寒いが屋根のある椅子に座ってしばし待つ。

 そのうち次第に人が増えてくる。ツアー客が大半だろう。外国人もかなりいる。インバウンドがどうじゃこうじゃと言っても外国人観光客は多い。

 徐々に湯けむりが上がってくる。そのうちゴーっと大きな音でまるで竜巻地獄のごとく竜巻のように湯が上がる。これは見ごたえ十分だ。待った甲斐がある。
龍巻地獄 間欠泉からまるで竜巻のように湯が上がる
 2か所の観光を終えてバス停に向かう。この日は曇り空でバスを待っていると冷たい。周りの人を見ると若い女性たちだ。声をかけるとインドネシアの女性3人だ。21歳と20歳で日本語は気にせずに話せるようだ。インドネシアに2回出かけた旨話すと関心を示してくれる。バスを待つ間、話した。彼女たちはこれから由布院へ移動するという。インドネシアから技能実習生で小倉に来ていた。

 インドネシアへの連絡は?と問うと、日本とインドネシアではアプリが違ってLINEはないという。5年間、日本に滞在するらしい。

 別府駅に着いた。初日にお昼を食べたイタリアンカフェはスパゲティのセットで850円。しかし、別府で夜も朝もよく食べたのでお昼はケーキとコーヒーのセットにする。1000円くらいだった。

 大雪に見舞われた今回の別府への旅も広島に帰るころには何事もなかったかのようだ。別府から特急ソニックの車窓からの眺めは広々として快適。しかし小倉から広島までの新幹線さくら564号は満席だった。
 
 楽しい旅は終わった。さて次は何処へ!?
特急ソニックの車窓から 何もない光景がいい!
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月12日木曜日

「見上げてごらん夜の星を」

 地元の文化センターで開催された海上自衛隊呉音楽隊のハートフルコンサートに出かけた。入場は無料だが事前に往復はがきでの申し込みが必要だ。自衛隊音楽とあるように元気いっぱいの音楽が流れる。ディズニーやアニメといった暮らしとかけ離れた生活だがなぜかその関連の曲は聞いたことがある。呉音楽隊のためか宇宙戦艦ヤマトやてつのくじらに続いてサンフレッチェやカープの曲もある。どの曲も勇壮に演奏され、時に演奏者が一人ずつ前に出ての演奏もある。最後の演奏が終わるとアンコール曲だ。

 アンコール曲は2曲あった。「見上げてごらん夜の星を」の演奏では2人が前に出て歌う。聞き終わるとなぜか涙が出た。それくらい感動する。最後はまたも勇壮な「軍艦マーチ」の演奏で終わる。この曲が終わる寸前に指揮者から順に会場に降りてくる。終わった後のロビーを見ると演奏者全員が2列に並んで見送ってくれた。これを見てまたも感動する。

 毎日、楽しく遊んで暮らしている。こんな日々がいつまでも過ぎていけば何も言うことはない。しかし、ふと、「軍艦マーチ」を聞くと、平穏な日々がかき乱されそうに思えてもくる。これはなぜ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


2026年2月11日水曜日

別府の旅その1

  2026年2月9日(月)と10日(火)の2日間、別府へ行った。別府へは何度か出かけている。が、今回は一人旅である。前日から今季一番の大雪とのこと。朝起きるとあたり一面、かなりの積雪がある。昨夜、帰宅後、新聞を見ると広島市中区で14cmの積雪があったとか。道理で自宅最寄り駅に到着後の道にはまだ根雪が残っていた。

1日目 2026年2月9日(月)

 起床後、新聞を取りに出ると大雪だ。この雪では最寄り駅まで行くにも歩けそうにないと思い、急遽、トレッキングシューズを履いていく。自宅から最寄り駅までは5分の道だが滑らないように歩くとかなりかかる。駅に着くと数分おきにやってくる在来線の動きがない。駅員のアナウンスでホームを行ったり来たりしてやっと呉線に乗る。しかし、動きそうにない。広島駅での線路点検作業で信号待ちという。

 待つのはいいが新幹線は9時5分発だ。通常だと数分で広島駅に着く。が、1時間も前に家を出ても信号待ちだ。やっと動き出した。しかし、広島駅到着は9時を過ぎている。新幹線乗り換え口で駅員に乗車券を見せるとひかり531号は25分遅れとのこと。なんとか乗車できた。小倉駅まで着けば小倉→別府間は指定席特急券ではないので遅れが出ても大丈夫だ。

 別府駅に着いた。今回の別府行はほとんど予定を立てずに来た。観光案内所で別府地獄めぐりの案内などを聞くとそのコースは2か所ある。この日は海地獄からの5個所を回る予定を1か所はパスした。翌日は血の池地獄など2か所を回った。案内所の係は何人かいる。見たところインド系の外国人の係だった。が、赤と青の色鉛筆で印を付けてわかりやすく教えてくれた。そして宿の地図も受け取る。

 バスに乗って海地獄まで行く。20数分乗車後、降車すると乗客は日本人とばかり思った。が、聞こえてくるのはハングル語だ。これにはちょっとびっくり。小さい子供を連れた家族連れが多い。一人旅をするようになっていく先々ではどこも一人旅のジジババが多かった。しかし、今回は別府が温泉地のためか一人旅は少ない。

 1年前から寒い2月のこの日を自分自身の記念日として一人祝杯をあげようと決めた。昨年は日帰りでJRのパンフに掲載のフグを食べつくしに門司の三井倶楽部に日帰り旅をした。今年は日帰りでなく1泊2日の別府への旅だ。宿はネットで予約した亀の井ホテル別府。2食付きだが夕食も朝食もこれまで泊まったどのビジネスホテルよりも豪華だった。 

海地獄
 海地獄を出ると途中で「郭沫若先生の詩碑について」の看板を目にする。(郭沫若⁉)の言葉に気を取られて歩を休める。郭沫若自筆の史跡が建っている。ネットで意味を調べると以下のようだ。ここに勝手に引用させていただこう。

郭沫若非自筆詩碑
 眼前に、かのダンテが徘徊し来たるかのごとし。
 地に池はたぎりたち、地獄という奇なる名に驚きはすれど、こここそまさに仙境、蓬莱(日本)唯一の景観なり。
 一たび湯浴みせば、宵は暖かさを増し、三たび巡れば春はふところにて満てり。
 白雲は、いにしえより変わらず悠々とたなびき、黄鶴は心地よさに飛び立ちかねて低きを回れり。
かまど地獄

鬼山地獄は別名をワニ地獄ともいうそうだ

白池地獄
 この続きはまた後日に!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月8日日曜日

冷たい朝に

 最低気温-2度の朝を迎える。昨夜から予測された交通機関の乱れは新幹線で遅れが出ている。最高気温は2度の予想で、明日の朝も-1度と低い気温になるようだ。こんな冷たい日に選挙がある。投票所は幸い近い。が、それにしても選挙が多すぎる!?ましてやこんな冷たい日によりによって選挙とは……。

 昨日、短大時代のともだちに電話をする。要件は別のともだちの住所を聞くことにある。年賀状が出そろったころ、来年の年賀状に思いを寄せていた。どう数えても1件、はがきの住所が足りない。お供えを送った後、送られてきたはがきをなくしたようだ。まだ今年の年賀状が手元にあるうちに住所を教えてもらおうと電話した。

 久しぶりにともだちと電話で話す。皆、年を重ねたせいか、体の不調を訴える。これだけならばまだいい。年々、年賀状の廃止をしなくても届く枚数が少なくなる。それには入院したり、あるいは亡くなった人がいるかもしれない。この年になれば自分のことで精いっぱいだ。他の人の様子をこちらからわざわざ聞くこともない。そう思うようになった。岸元首相は年寄りが元気で長生きするために「転ぶな、風邪ひくな、義理をかけ」の3つを唱えた。これは「義理をかけ」にあたるかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月7日土曜日

新鮮な生姜の効能

 最近のネット記事に新鮮な生姜の効能がある。生姜は以前からずっと料理の際、刻んだりして使っている。生姜効果のはっきりしたことは知らずにいたが何となくよさそうなイメージはあった。以下にその効能をメモしよう。

★抗酸化物質が豊富に含まれているので生姜がコレステロール値を抑える

★天然の抗炎症作用

★悪玉コレステロールを減らすのに役立つ

★善玉コレステロールの増加に貢献する

★血栓の形成を防ぐ

★血糖値管理をサポートする

★消化機能を改善する

 以上を見ると生姜はいいことづくめのようだ。これからも生姜をせっせと食べよう。

 明日は気温が低くなりそうだ。日が照っているうちに買い物に行こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月6日金曜日

『義経(下)』

 『義経(下)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2005年第11刷)を読んだ。図書館で借りた本だが、貸出期限が明日までだ。それも1度延長しているので何が何でも読み終えなくてはいけない。源頼朝と義経は兄弟だ。義経は父の仇を討つために平家を滅ぼす。そして兄を信頼するも最期は兄に騙されて自害する。本の末尾に書いてある「悪とは、なんだろう。」について考えさせられる。司馬遼太郎は少年のような心を持った人が好みだ。まさに義経はそれにふさわしい人だった。しかし、兄、頼朝は鎌倉幕府の運営に苦慮して政治的感覚のない義経が毒物以外の何者でもなかった。

 本を読みながら源氏の子孫はどうなった?と思った。平家の子孫は「平(たいら)」や「平(ひら)」などといった姓で今でもある。その両方の姓の人を知っている。が、「源」は聞いたことがない。本を読みながらつい思ってしまった。そして面白くこの本を読んだ。

 以下はこの本から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★この時代、義経のみならず、ひとびとの心は怨念ぶかくできている。怨念ぶかいことが、むしろ美しいとされていた。法師たちがひきあげたあと、梅のにおいがいきいきと闇のなかでいきづきはじめた。(これが、鞍馬のむかしのにおいというのか)義経は蔀戸(しどみど)をあげて縁に出た。庭燎(にわび)の火が、闇いっぱいの梅花を夢幻の精のように浮きあがらせている。炎が燃えさかるたびに花影がうごき、義経を恍惚へさそった。おもわず涙があふれた。(かならず怨念を)――晴らし遂げたい、と思った。怨念のうつくしさはそれを晴らすことによって完結する。晴らすとは平家を討つことであった。平家を討滅させることによって自分の生涯も、この闇のなかの梅花のごとくにあでやかに荘厳されるであろう。この若者は、中世に生きている。自分の生涯を美化したいという、ただそれだけの美的衝動だけで十分に死ぬことができる時代に生きていた。(83p-84p)

★義経が着想し、指揮し、実施したすべての戦術が平家を潰走せしめた。「あの若者が、な」と、後白河法皇には、ちょっと信じられなかった。色白で小柄な、どこからみても見映えがせぬあの若者のどこにそのような天才性が宿っているのだろう。その翌日、すべてがあきらかになった。そのうわさの義経が、平家方の首桶を先頭に京へ凱旋してきた。……義経といえば数年前までは流浪の子であり、きのうまでは無名の若者であったのが、きょうは神であった。戦争が、その変化を遂げさせた。戦争というぼう大な生命の賭け以外に、これほどの奇跡を現じさせるものはない。(122p)

★「月代御前だ」「匂うような名だ」月代というのは月が昇る前、山の端(は)がほのかに黄金色に色づく、その現象をいう。(174p)

★鯱(しゃち)は海にいる。犬は陸にいる。犬がいかに吠えようとも海の鯱にとびかかるわけにはいかない。陸軍しかもたぬ源氏は犬であり、強大な水軍をもつ平家は鯱であった。平家は瀬戸内海という広大な水域に大小数百の軍船をうかべ、中国、四国、九州の海岸地方を完全におさえている。犬である源氏は山陽道を駆けくだって本州の西端まですでに行っているが、いくさにはならない。(水軍をもたぬ以上、平家をどうすることもできぬ)と義経は思う一方、しかしながら騎兵集団を特殊使用することによって海上王国の平家を一挙に覆滅できるただひとつの方法を義経はおもいついていた。(それならば勝てる)と信じている。しかしながらすでに頼朝から司令官である資格をとりあげられている以上、どうすることもできなかった。……(たれもできぬ)という自負心が義経にあった。単にかれだけの自負心ではなく、歴史上の何者をもってきてもかれ以外にそれができないことは、後世の歴史が証拠立てている。(184p-185p)

★ほかにも捕虜になった者がいる。この一門では齢(とし)がしらである大納言平時忠でああった。平時忠といえば、むかし、平家のはなやかなころ、――平家にあらずんば人にあらず。という有名なことばを吐いてその栄華を一世に代弁した人物であった。(313p)

★義経は、この尊大な捕虜に対し、あくまでも自尊心を傷つけぬようにあつかい、しかるべき船をえらび、船室を清めてそこへ収容した。この処置に時忠は満足し、「あの小僧は分(ぶん)を心得ているらしい」と、その息子の中将時実にささやいた。(315p)

★白拍子とは、男舞(おとこまい)を専門とする妓女のことである。男舞というのは、女ながらに立烏帽子をかしらに頂き、白い水干(すいかん)、白鞘巻の太刀といった男装をし、絣のはかまをうがって舞い、かつうたう。そういう種類の歌舞は数十年前からあったらしいが、法皇などは、――白拍子の舞の創始者は磯の禅師。ということで記憶していた。……弦楽器を用いないのが特徴で、鼓、笛、銅鑼という拍子楽器を用い、それを伴奏とした。歌は流行歌謡(いまよう)である。おおぜいで舞うときには歌も合唱をする。この神泉苑での百人舞いがちょうどそれであった。(379p-380p)

★義経が都を去った四日後に、法皇はあれほどに寵愛しておきながら、義経の官位を容赦なく没収し、伊予守でも判官でもない、ただの九郎に堕としてしまった。さらに義経退去のあと九日目には、――義経こそ賊である。追討せよ。という院宜を法皇は鎌倉の頼朝に対してくだした。すべて頼朝への遠慮であり、配慮であり、朝廷という古典的権威をまもるためのやむをえざる処置であった。義経は、諸国の山河にかくれ、隠れては奔り、転々としつつ、朝廷と鎌倉から追跡され、ついに奥州の平泉まで逃げ、追いつめられ、最後に衣川の持仏堂に逃げ入り、自害した。その首が酒漬けにされて鎌倉に運ばれてきたとき、頼朝は「悪は、ほろんだ」といった。なるほど、国家の機能をあげて弾劾と追跡をうけた義経は、悪といえば類のない悪かもしれなかっ。が、「悪」ということばを頼朝の口からきいたひとびとも、それを漏れきいた世間の者も、また京の廷臣たちも、――悪とは、なんだろう。ということを一様に考えこまざるをえなかった。後世にいたるまで、この天才のみじかい生涯は、ひとびとにその課題を考えさせつづけた。(497p-498p)

2026年2月5日木曜日

ヨーグルト入りのリンゴケーキ

ホットケーキミックスで作ったリンゴのケーキ
 毎朝、ホットケーキミックスで作ったリンゴのケーキを食べている。これまでは牛乳と卵、そしてリンゴなどをホットケーキミックスに混ぜてフライパンで焼いていた。昨日は焼くのでなくレンジでチンする方を作った。材料は牛乳の代わりにプレーンヨーグルトを使う。昨日、作った方がこれまでのよりもデザート感覚でいただける。リンゴの甘酸っぱさとヨーグルトがなじむからかもしれない。レンジでチンする四角い容器がなくて丸い皿にクッキングシートを敷いてその中に材料を混ぜてチンした。スマホを見て簡単そうな料理(?)を作っている。これは楽しい!

 昨日はまた某金庫から「抜粋のつヾり その85」が送付されてきた。まだ読み終えていないが送られてくるたび、なんと奇特な企業だろうと思う。どういっても発行部数は45万部で個人を含めた全世界へ送付している。郵送料だけでも大変だ。

 今日と明日は最高気温が14度と暖かくなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月4日水曜日

穏やかな立春!

 昨年末、近くにある家の解体があった。今年になってそこに3階建ての借り上げ住宅が建つらしく、連日、土地の整備などで重機が入る。一日中けたたましい音がする。今朝はさらに大きな重機が入るのか、我が家の通りに面した道で大型トラックから重機を下ろし、工事現場まで移動している。この騒々しさは建物が完成する秋まで続くのだろう。

 気を取り直そう。昨日、図書館で借りた『シニアごはん』、サブタイトルに「クックパッド おひとりさまにちょうどいい」とついている。「月3万円の年金暮らしの献立レシピも」ともあるが月3万円では食事代が足りない。事細かに家計簿をつけたことはないが食事代は削りたくない。というか、今の時代、このような本を参考にするよりもスマホでいくらでもレシピは見られる。

 スマホといえば携帯から買い替えて一番良かったことに旅行とこのレシピにあるかもしれない。自分に合った簡単料理がすぐにできる。ということで昨日、レンジでリンゴケーキのレシピを見つけた。1年以上も前からホットケーキミックスでリンゴのケーキを作って朝食のパンの代わりにしている。1回作ると6回分の朝食になる。と言っても他にも朝食でいただだいている。昨日はそのアレンジなのかスマホで見る限り美味しそうに見える。今日はこのリンゴケーキを作ろう。

 どういっても家にいるときは一日の大半を台所で過ごしている。日当たりの良さがここにいる理由かもしれない。

 今日は気温も13度になり明日とあさっては14度になるとか。しかしその後はぐっと下がって4度!?近いうち別府に出かける。お天気のよいことを期待しよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月3日火曜日

プールへGO~

 プールに行こうとして家を出ると近所の人と出くわす。近所の人といってもどこの誰かまでは知らない。その人が持っているショッピングカーから近所の人だと思った。「寒いですね」、とすれ違いざまに言うと何か話したい素振りだ。こちらはプールに行くバスの時間が気になる。近づいてきて「お母さんは?」と聞かれる。亡くなって今月で15年になる旨、告げると信じてもらえない顔だ。

 母を介護しているとき母を車いすに乗せて毎日、外に連れ出していた。それを見ていた人から母亡き後、声をかけられることがある。昨日の人もそうだ。名前を聞くとどこどこから嫁いできたと数十年前のことから話される。今の名を知りたいので再度聞く。プールから帰って町内の地図で調べると近所の人だった。

 そして一人で住んでいると話すと、一人で?と怪訝な顔をされる。その人は地図上では2世帯の名があるので一人、に反応されたのかもしれない。

 さて、プール。見知らぬ人と話した後、急いで隣町の循環バス乗り場へ行く。間に合った。先週は泳いでいない。そのためかクロールで泳ぐときつくなる。背泳ぎで泳いでいると人がやってきた。隣のプールに移動して泳ぐ。背泳ぎでは泳ぎが遅いのでクロールで泳ぐ。しかし、まだ息がきつい。次に水中歩行に移って歩き出す。その後、つづけてクロールで2往復泳いだ。このころには息つぎも楽になる。昨日も水中歩行50mを入れて500m泳いだ。泳いだ後は何もかもがすがすがしい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2026年2月2日月曜日

「元気があれば何でも出来る」

 毎日、気に入った人たちのXやインスタ、そしてブログなどを見ている。昨日はインスタの写真に「元気があれば何でも出来る」の言葉をアップして「元気と気合と根性」の文を添えている。その人は元カープの磯村選手。今はカープの広報などの担当だとか。その言葉はご本人が書いたのか誰が書いたのかは知らないが額に収めてある。

 確かに元気があれば何でも出来る、と思う。何をおいても行動するには元気がなくては始まらない。それに気合と根性が付随する!?

 ネットか何かで見た気がするがプロ野球選手になるには東大に入るよりも大変だとか。並の人間では到底無理というのだろう。

 この人のインスタは最近、目にするようになった。スマホを触ると自分が意図する画面が出るかどうかは知らない。が、時に知らない世界に目がいくことがある。SNS関連はお笑いの人たちのを見るのが大半だ。

 今日は朝から晴れている。泳ぎに行こうかどうか迷っている。天気予報を見ると午後から雨が降るとか。「元気があれば……」ではないが少々雨は降ってもプールへ行く!?

 ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!

2026年2月1日日曜日

『義経(上)』

 『義経(上)』(司馬遼太郎 文藝春秋、2005年第5刷)を読んだ。以下はいつものごとく気になる箇所をメモする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★平家はいよいよ栄華をきわめ、平家一門の平(へい)大納言時忠などは、「平家にあらざる者は人ではない」とまで傲語(ごうご)した。この一門の栄耀驕奢(きょうしゃ)は日本人がかつてその歴史のなかで経験したことのないものであったろう。なぜならば、平家ほどの強力なかたちで日本が統一されたことはそれ以前にはなかったであろう。彼等は日本人として最初に経験した権勢の陶酔者だった。それだけにその酔いざまのみごとさはそれ以後にも例がない。平家以後、源氏、足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏といったような統一者があらわれたが、彼等はすでに平家の例をみている。勢い、自制心がはたらいた。(46p-47p)

★(おなじ腹を切って死ぬなら、このような僧の姿で死ぬのはやり切れぬ。戦場で華々しく死にたい)正近の体のなかを流れている坂東武者の血のうめきというようなものだろう。よき死場所を得るには勝敗はべつとして挙兵をせねばならぬ。挙兵をするには源氏の御曹司牛若丸にその素性を教え、自覚させ、旗を野にすすめさせねばならぬ。(百に一つ……源氏が勝ち。源氏の世がくれば、生き場所も死に場所もうしなったおれも、この世の大路小路を安堵して歩ける)正近は身をかがめて、麻畑のなかを疾(はし)った。(78p)

★「御父の仇を討ち参らせよ」正近がくりかえすこの言は、錐のごとくするどく少年の心に揉みこんでゆく。「復讐心の資質は」と正近はいうのである。―-この濁世の栄達をのぞむな。栄華にあこがれるな。正近の言葉は、少年の心につぎつぎと滲みこんでゆく。正近は唐土の臥薪嘗胆の故事をもあげた。復讐者の一生は復讐のほかの快楽を求めてはならぬ。復讐のみが、唯一最大の目標であるべきである。つねに利剣のごとく鋭い心を砥がれよ。この世における主題はそれのみであるべきであり、そのためにのみうまれてきたと思召されよ――と正近派はその洛中洛外の群衆を魅了した口説をもって説き去り説き来たり、少年の心をほとんど掌にのせ、自在にしきった。奇妙な男というほかない。(198p)

★(なんと名乗るべきか)冠者は、義朝の九男である。……名は一字は父の名からとるのが慣例になっている。義をとり、その下に何を付けるべきかに迷った。……源氏は清和天皇からはじまっている。その子が貞純親王であり、さらにその子が経基であった。この経基から臣籍に降下し、はじめて源の姓を賜った。その経をもらい、義経というのはどうであろう。(源九郎義経か)と口ずさんでみると、調べもなだらかであるし、文字面もわるくはない。(136p)

★新興の土地で、田畑は「開発」によってたえずひろがっている。それにともなって人口が増加するため、同時に細分化も進んでいた。それに土地を長男が相続するのか、父の指名する子供が相続するのか、相続の慣習が確立していないため、兄弟間で紛争がおこりやすい。「一所懸命」という、これはやがて国語になってゆく言葉が坂東にある。自分の一所をまもるために命を懸けるという意味である。(198p) 

★(まさか、その堪増の子が)と、さすが九郎も信じかねた。熊野別当職といった名門の子が、諸国のあぶれ者が身をよせる叡山の僧兵に身を落としていようとはおもわれない。しかし、その名乗りが事実であるとすれば、よほど世をすねた変わり者なのであろう。げんに法師は、「久しく山にあって、乱を恋い、都に出ては狼藉をはたらいていたが、いまついに恋を遂げ、その兆しの舞い歩くのを見た。すなわち、足下である」と言い、「御名を、きかせ候え」と声をひくめ、しかし身を揉むようにいった。日が、暮れおちている。「この黄昏の刻限を、逢魔の刻(とき)、という。法師の様子はいかにも風狂であったが、感じようによっては、この刻限の邂逅を不可思議ともとれるであろう。感じやすい若者はついそう感じ、名を名乗った。それが、この若者と法師の生涯を、伝奇的な運命に変えた。(263p-264p)