2022年10月21日金曜日

京都一人旅その1

竹林を歩く
 秋の行楽シーズン真っ盛りの中、10月19日(水)~20日(木)の2日間、京都へ出かけた。今回の旅も長州路と同じく一人旅である。「旅は道ずれ、世は情け」と諺にあるが旅の道ずれはいなくても今回の旅も現地での道ずれが現れた。

 京都へ、と思ったのは司馬遼太郎の『街道をゆく』の「大徳寺散歩」を読んだことによる。大徳寺、と目標を決めてすぐに京都の宿を予約した。今月11日から始まった全国の旅行割の前に予約したのですぐに宿は確保できた。次は新幹線の「おとなび」の予約である。これも難なく予約できた。それからというもの、京都へ、と気持ちが向いてゆく。泊をともなう旅なので大徳寺だけではもったいない。そこで宿のある嵯峨周辺の散策となった。嵯峨といえば渡月橋や天龍寺の観光が外せない。行く前に司馬遼太郎の『街道をゆく』の「嵯峨散歩」も読んだ。ということで1日目は大徳寺、2日目は天龍寺を主として歩いた。
 
 大徳寺はいわゆる金もうけとなるような観光寺ではない。司馬遼太郎は次のように書いている。

 ★大徳寺のすがすがしさは、大寺によくある賽銭あつめの廟祠がないことである。……収入の面では清貧にも耐えている。さらにいえば、建物、庭園から右の松柏にいたるまで、省庁制に徹していることでもある。現世利益では象徴にならないのである。 (『街道をゆく』(三十四)「大徳寺散歩」司馬 遼太郎 文藝春秋、一九九七年第三刷 121p) 

 そのため、観光寺にあるように人が集中することもないようだ。出かけた当日も観光客であふれかえる状況はなく、落ち着いた雰囲気で観光できる。大徳寺境内は想像さえしていないような広さだ。観光寺でないため、境内にはパンフもない。さてどこから行けば、となった。観光中の若者に聞くと境内の標識板だけが頼りのようだ。これを写真に収めるが木漏れ日の中、うまく写せない。

 そこで司馬が「大徳寺散歩」で歩いた箇所をあらかじめメモしていたのでそれに沿って歩く。30数年前に書かれた「大徳寺散歩」の特別拝観寺院は趣を変えていた。「高桐院」付近で一人旅の人が本を手にして歩いている。話を聞くと今、高桐院は公開されてないとか。出かけた日は総見院他2寺が特別拝観中という。総見院で3寺の拝観を、と言われたけど広い境内の1か所のお寺を探すのも大変なのに3か所は無理と思って総見院だけ拝観した。チケット売り場を振り向くと後ろに背広姿のサラリーマンらしき人がいる。出張中の観光だろうか。

 総見院は信長に関連するお寺で墓地もある。特別展を見た後、外に出て観光中の人に真珠庵を問うとお墓参りに来たという地元の人がそこまで案内してくれるとのこと。結果、この人が旅の道づれとなってくれてそこまで連れて行ってくれた。わかりにくい場所にあり、塔頭の中へは入れなかった。

 道づれの人は一人で観光する私を見て驚いたようだ。これくらいで驚かれるのも変、と思った。が、若い頃の自分を振り返ると何もできなかったというかしなかった自分がいた。そう思うと年老いて図々しさも加わって自分で何もかもやろうとしたことが今につながっていると思ったりした。できないよりは、というか何もしないよりは何でもやりたいことをやるほうが同じ生きるなら楽しいはず。そう思う。その思いは年々強くなる。先がない!?と言われればそうかもしれないが……。

 道づれとお昼を食べる場所まで行ってそこで別れる。お腹が空いてお昼を、と思って入ったお店は道づれによると不愛想なお店とか。入ると外で待つようにと言われる。待つふりをして出てその場を去る。他のお店を探すが適当なお店がない。仕方なく京都駅行のバスに乗って京都駅まで戻り、地下街に入って食べた。

 この日の宿は渡月橋前にある花のいえ。バス停留所は角倉町で下車すると目の前にある。運転手さんに角倉(かどくら)と告げると「すみのくら」だった。そう聞いて角倉了以のことを思いだす。司馬は「嵯峨散歩」に次のように書いている。

★角倉家と嵯峨の天竜寺との縁はふかい。天竜寺の僧たちのかかりつけ医者だったという時代もある。天竜寺はいうまでもなく臨済禅の京都五山の一つだが、寺ながらも別に対民貿易商という一面をもっていた。すでに元の時代から室町幕府によって官許されていた貿易商で、世に「天竜寺船」とよばれた。了以の父の宗桂は遣明天竜寺船に乗って入明したことがある。天竜寺船はいわば一航海きりの会社のようなものだから、角倉一族は当然、資本も出し、利潤の分配にもあずかったであろうが、宗桂自身はかの地で明の医方を学んだ。 (『街道をゆく』(二十六)「嵯峨散歩」 司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第4刷 56-57p)

 宿に着いた。さあ、ここで大変。というのもせっかく受けてきたPCR 検査のスマホのSMS画面が出ないのである。どうしよう、と慌てているとIDカードを貰ったことに気づく。しかし、IDカードのQRコードを読み取る知識がその時なかった。フロントもわからないという。別の係の人がスマホに長けていてダウンロードしてくれた。記載内容が読み取れてPCR検査の陰性を確認できた。

 この続きは又の日に。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年10月19日水曜日

『人生百年の教養』

 携帯を機種変更してそれに関連する一連の件が終了した。その最後は無線LANによるWIFIである。ネット接続を光にして数年が経つというのにWIFIに設定していなかった。昨日はその記念すべき日となる。午前中、局内での工事が終わり正午になるとすぐにドコモへ電話して設定方法を教わり無事完了した。20日間ほど、いろいろと新たなことをやって頭がパンクしそうになったが何とかそれもクリアできた。しばらくは落ち着いた日々が送れそうだ。

 『人生百年の教養』(亀井郁夫 講談社、2022年第1刷)を読んだ。ロシア研究の第一人者が著している。読む前から著者がロシアのウクライナ侵攻をどう思っているか、興味深かった。本を出版する直前のウクライナ侵攻だが、やはり危惧している。
 
 以下はこの本から気になる箇所を抜粋した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★ではなぜ今、教養が必要となるのか?端的に言って、人間の平均寿命が一世紀を超える時代が現実に訪れようとしているからです。この、気も遠くなるような時間を、人間はどのようにして生き、埋めてゆくのか?「教養」こそが、一世紀の時を創造的に生きる、唯一かつ最高の道であると私は考えています。(11p)

★ここで私の定義する人間の幸福とは、何なのかということです。ひと言でいえば、感情豊かに、エモーショナルに生きることです。……より高い次元、より普遍化され、浄化された次元で、「喜怒哀楽」をすこやかに経験できる知性を持つ、それが「エモーショナルに生きる」ということの意味です。……それは、文学や芸術との出会い、関心であり、それによって培われる土壌です。小説でも、詩でも、絵画でも、映画でもよいでしょう。老いの自覚からくる苛立ちや孤独から逃れ、自信をもって、そして創造的に晩年を生き抜くには、何かしら過去の力、ないしは普遍的な力、もっといえば人類が生み出した知恵や伝統の助けを借りる必要があると私は考えています。そしてすこやかな喜怒哀楽を介して、心から信頼できる友人たちと、果ては政治、あるいは科学の未来について幅広く語り合うことができたら、どんなに人生は充実したものとなるでしょう。(20-21p)

★私が今イメージする理想の教養人もまた、人格の理念と深く結びついています。司馬遷の『史記』(「李将軍列伝」)に引用された「桃李不言下自成蹊」がモデルとしては理想的です。桃や李(すもも)の木は、じぶんから言葉を発することはない、しかし、そのかぐわしい香りを求めて、自然と人が集まってくる。その結果、木の下には、みちができる。つまり、徳のある人は、じぶんから声を発さなくても、おのずと人が集い、いつしか道ができてしまうものだ、というのです。(56-61p)

★大学時代の私がドストエフスキーの文学に見出した最大のテーマは「使嗾(しそう)」です。「使嗾」とは、みずからは手を汚すことなく、人をそそのかして悪を実現する行為をいいます。(122p)

★事件から四十年近くがたった今でも、私は空港での出入国の際に通過しなければならない一坪ほどのガラス張りの空間に恐怖を感じます。モスグリーンの制服を身につけた国境警備隊員の疑いに満ちた目で睨まれるた瞬間、身に覚えのない罪の意識に凍りつくのです。……私が、このスパイ容疑事件のなかで経験したことのうちで、もっとも重要な主題が、独裁権力の恐怖というテーマとそこに生きる人々の「二枚舌」です。私の生涯にわたる主題といっても過言ではありません。ソ連時代、多くの人々が、国事犯罪の咎めで、KGB (国家保安院会)の獄中やラーゲリ(収容所)で無残な死を遂げていきました。生き残った芸術家は、恐怖と監視のなかで創造行為に勤しんでいました。この異常事態を念頭に置くことなく、文学や芸術の意味について考えることは意味がなく、所詮お遊びにすぎない。そんな気がしてきました。(135-136p)

★わたしたちは今、世界のすべての人々が自らアドバンテージとしてもっている母語を通して、安心して芸術や科学の進化をぎりぎりまで追求することができるのです。ということは、母語こそが、この、ポストグローバル時代、そしてポストコロナ時代における一人ひとりの可能性を押し上げる大きな力となる、ということではないでしょうか。(167p)

★検索エンジンのなかに対立する二つの概念を入れ、より高次の概念を獲得する――それは「止揚」(哲学者ヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念)の手法と表現してもいいかもしれません。めくるめく知的興奮が経験できます。(173p)

★長老学で知られる小澤利男さんが、老年医学で大事な三大要素として、健康、インディペンデンス(自立)、そしてQOLを挙げています(『「長生き時代」を生きる―ー老・病・死の不安をどう乗り越えるか』)。QOLとは、クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life)、生命の質、すなわち人間の満足度をいいます。満足をはっきりと自覚できるかどうかが問題です。……小澤さんはモットーである健康法の三原則として、動く、楽しむ、喜ばす、を挙げています。(246-247p)

★セネカは、「真の閑暇」を求めて「過去の哲人」たることを望み、過去への沈潜を説き、穏やかに生きることに真の生命の価値を発見しました。彼がみつめる先は、過去の時間であり、同時代でも将来でもありません。……あなたが学問に専心するなら、あなたは人生のあらゆる退屈から逃れることができるだろう。昼の光に飽きて、夜が来るのを待ち望むこともなくなるだろう。(中略)あなたは、たくさんの人々を引きつけて、友人にできるだろう。最良の人たちが、あなたのもとに集まってくるだろう。じっさい、徳というものは、いかに微弱であっても、見えなくなることはなく、その信号を外に発している。だから、徳の名に値する人はだれでも、徳の足跡を追って、やってくることになるのだ」(「心の安定について」)司馬遷が「桃李成蹊」で謳った哲学と同じです。引用した最後の一文に記されている「徳」を「教養」と置き換えてみるといいでしょう。老いの作法として、これほどにも慰めに満ちた定義はありません。私も大いに共感します。残りの時間が少なくなったからといって決して生き急いではならないのです。(248-249p)

★七十代、八十代を自信を持って生きるには、やはりそれなりの心構えが必要です。老いて弱者となった人間に活力を与えてくれるのが、読書であり、教養です。読書をしている人間、教養を積もうとしている人間、あるいは地道に自らの趣味の世界に生きる人間、その人たちに「老美」を感じます。単に読書するばかりではなく、衰えを知らぬ創造力が備わっていれば、むろん、何も言うことはありません。(264p)

★人間が暮らす銀河系には、ほぼ同数の恒星が散らばっています。つまり一人に一つ星が与えられているのです。そんな楽しい空想さえ許します。「人生が謎」であり、「私」こそが「教養」の泉であるなら、それを記録に残さない手はありません。自分の人生を記録し、この銀河の星の一つに託すこと。自分の記録を書き残すことは、自分が永遠につながるために、愛する人のために大切な営みです。いつか誰かが(ことによると地球の裏側から)その記録にアクセスしてくるかもしれません。それはささやかながらも人類の発展を願う遺言のようなものとなるでしょう。死という超絶の孤独から救われる道の一つもそこにあります。(273p)

★希望あるかぎり若く、失望とともに老い朽ちる (273p)

★突き詰めれば、生きてさえいれば、道は開かれるのです。(275p)

★ロシアによるウクライナ侵攻――。第三次世界大戦に入ったと指摘する識者の声もあります。かつてチェルノブイリの原発事故で核に汚され、コロナ禍で決定的に傷ついた大地に、なぜ?……国家が第一に果たすべき役割は人命の保護であり、人命の前にいかなる国家の論理も成り立たないというのが私の考えでした。しかしそうしたバランス重視の思考法は意味を失い、いっさいの曖昧さを許さない状況が現出しました。……ロシアの歴史を知る人間からすると考えがたい行動ですが、私自身、いかなる国家にも、人間の命を守る義務こそあれ、奪う権利はない、と信じていましたから、このトルストイの言葉を思い出し、一つの勇気をもらったような気がしました。むろん、「戦え」のアピールに素直に同意することは出来ませんでした。そしてついに、あってはならない「恐ろしい悲劇」が現実化したのです。(283-284p)

★一世紀もの人生が与えられているなら、「教養人」としてできることは、限りなくあるはずです。すこやかな喜怒哀楽をもって現実に接し、人類が犯した過去の過ちを次の世代に向かってしっかりと知らしめ、命の大切さを伝えていくこと。新しい世代の考えや感じ方を理解しようとする努力。文学や芸術そして歴史の学びが、そのための最良の知恵を授けてくれることでしょう。(285-286p)

2022年10月18日火曜日

旅行シーズン!

 今日の予想最高気温は21度で最低気温は17度と行楽の秋に相応しい気候だ。旅好きの友だちに電話すると旅行割適用の旅に何件か申し込み済みとか。いずれも日帰り旅のようだが旅行社のLINEなどで情報収集しているという。携帯の機種変更後、LINE云々の話が出る。しかし、今はその気にならず、話をうやむやにしている。旅行社によるとネット検索で販売するも割引が追い付かず混乱しているところもあるらしい。

 旅行割といえば11日に全国の旅行の割引が始まる前に2か所、宿を申し込んだ。先日出かけた下関の宿では割引など一切知らずに出かけたが、フロントでその話をされて何も証明がなくても割り引いてくれた。これは国の制度利用でなく市などの独自の制度のようだ。次に出かけようとする宿は同じく国の制度の前に申し込んでいたが、先方から事前にPCR検査云々の電話をかけていただく。先方の親切にこたえようと人生初のPCR検査を受けた。結果はもちろん陰性。入試を受験してその合否が届くまで心配し続けた日々を思いこさせる。そしてその瞬間を待つ。届いたときの安堵感は何を思い悩んでいた、と自分自身思い知る。

 何歳になっても「なるようになる!」と強い気持ちを持てばいいのにその気にならない。いまさら気持ちを強く、と思っても持って生まれた性格。もうこのままでいるしかなさそうだ。といいながらもしっかり突き詰めていると大概の結果はよい方に向かう。その辺は自分だけが知る自分の根拠ない自信。その思いがあるから心配症もいいじゃないとなる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年10月17日月曜日

街中へ

 街中に出て目的の用事を済ませると年に2回、某金融機関が開催の秋の日本画展を見る。今回は桝田隆一の「群青暮色」に惹かれた。ネットでこの絵を再度見ようとするが検索に引っかからない。この金融機関が絵を所有しているからかもしれない。気に入った絵を含めてどの展示作品もこの時季に相応しい絵ばかりで絵から秋を感じられる。これは展示のうたい文句である「静かなる風に吹かれて――名画で彩る秋の散歩道」と同じだ。

 絵を見た後は八丁堀福屋の画廊に行く。上の階で全国うまいもの展をやっている。こんな日は人出も多く、油絵をさっと見た後はその場を去りたくなる。エスカレータで降りていると日本画の人とバッタリ出くわす。先の金融機関の日本画展を見た後、デパートに来たそうだ。しばしエスカレータを離れて立ち話をする。連れの人は同級生とか。この人とは街中に出るとバッタリ出くわすことがよくある。出くわす場所も様々で以前は某寺の講演会で遭遇した。これも何かのご縁かもしれない。

 お昼近くになってお腹もすいてくる。バスで駅前の福屋に移動してここでお昼を食べる。駅前は八丁堀と違って人出が少ない。駅前といえば先日、日本郵便のビルがオープンした。広島駅はどこも工事真っ盛りだが、駅の南口も北口も大きく様変わりしていく。駅のコンコース内も先日、待合室やコンビニができた。これから先、まだまだ大きく変わるようだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年10月16日日曜日

露草

 先週の日本画教室に先生は露草を持参された。長さ数センチの露草が1週間後の昨日、しっかり根を生やしていた。一昨日、先生から「露草が要りますか」とSMSがある。要る旨伝えた。昨日、先生は露草を根っこから抜いて持って来てくださった。教室の人で分けて持ち帰る。

 この頃は墓参りの途中で露草を見かけなくなった。改めて辞書で露草を調べると季語は秋、となっている。露草は梅雨頃に咲くものと思っていたが秋に咲く!?近いうちお墓参りをするので道端に露草があるかどうか見ながら歩こう。もらった露草を切ってさっそくガラスコップに入れて水で育てる。

 さて昨日の日本画教室。サムホールにホテイアオイを描こうとした。デジカメで写した花の写真を数枚教室にもって行き、先生に相談する。ホテイアオイは難しそうなのでムラサキカタバミを描くことにした。小さい花、というか草花だけど写真にとって拡大すると花の存在が増してゆく。これをサムホールに転写してまずは葉っぱから彩色してゆく。

 教室が終わると4人でカフェに行く。しばし皆とカフェでの談笑はこれまた楽しい。

 暑い日々がつづいている。今日も26度の気温になる。ただ、お天気は下降気味で夕方からは雨になりそうだ。これから一雨ごとに寒くなってゆくだろう。それにしても夏服をいつまで着る!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年10月15日土曜日

気ぜわしい日々に

 電話機に登録していない番号から電話が入る。時刻は夜8時前。電話機を急遽、留守電にすると先方の声がする。近いうち出かける予定の旅の宿からの電話だった。すぐに受話器を取って応答するとPCR検査云々の話が出る。国の旅行支援で宿泊代に割引が適用されるという。仕方なくパソコンを起動して検査の予約を入れた。先日の下関の宿でもその有無を聞かれた。が、その時は国の支援でなく地元の支援が適用されたのだろう。証明書らしきものは何も持参していない旨告げると割り引いてくれた。

 久し振りに泊りで遊びに行こうとすると何やかやと制限があって思うような行動ができない。それもすべて「割引」という金銭が絡むことにある。電話で聞いたときは別に割り引いてもらえなくても泊まらせてもらえればいいとの思いだった。が、しばらくして丁寧に電話をして教えてもらっている。それなのにそれに応えないのは失礼かも、と思った。今回のPCR検査でスムーズにコトが運べばこれから先、気楽に遊びに行ける。そう思って一度受けてみよう、となった。

 落ち着かない日々を過ごしている。これは先月末からこれまでいろんなことが重なったことによるのだろう。それでも毎日少しずつ笛を吹いている。アルビノーニのアダージョ、新たな曲を重視して吹かないので、この曲を暗譜で吹ける。どういってもゴールウェイのフルートの音を聞くと気持ちまでが落ち着く。気候も良くなってあの猛暑日よりも幾分、息長く吹ける気がする。今日も27度の予想気温だ。暑くなる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


2022年10月14日金曜日

人名

 最近、落ち着いて司馬作品を読むことがなかった。図書館に予約していた本が確保でき、それを優先して読んだことにある。昨日、図書館に行って『街道をゆく』の「嵯峨散歩」など借りて帰る。しばらくは「街道をゆく」シリーズのすべてを読み終えようと思っている。

 一人旅を再開して以降、新聞などに掲載のツアー募集に興味が薄れてきた。一人旅に関心が移ったことに拠るのかもしれない。元気であればまだまだ一人での旅も大丈夫のようだ。年老いての一人旅は大変なこともあるが、先日の長州路の旅で一人旅の良さが少しわかってきた。これは本当に喜ばしい。

 今朝の地元紙に鷦鷯(しょうりょう)という名がある。新聞を見たときはこの字が読めなかった。ただ、鳥の字がついている。何かの鳥に違いない。電子辞書で調べると鷦鷯はみそさざいで雀くらいの大きさだとか。この人の姓を長く生きてはじめて知る。 

 「街道をゆく」を読んでいると姓名の由来について司馬遼太郎はよく調べている。旅の同行者や道行く先で知り合う人、さらには現地の旧所名跡にある地名や人名なども詳しく調べている。

 司馬作品を読み始めてこの年末で丸4年になる。元々、歴史は好きではなかった。それが中国近代に目覚めて歴史好きとなり、近年はもっぱら司馬遼太郎の本を読んで歴史好きが昂じてゆく。そういえば歴史と同じくらい好きでなかったモノに運動と絵がある。この2つも嫌いと思っていたがいつの間にか生きていく上での楽しみに変わっている。人はいつ何がどう変化してゆくのか。自分のことなのにこの変化が面白い。

 まだまだ生きている限り、きっと考えも変わってゆくに違いない。そう思うとこれから先のことが楽しみになってくる。いつも思うことは自分の頭をひょいとかすめるひらめきを大事にしたい。そうすればまたほかの楽しみが湧く!?

 最近、機種変更で友だちに電話していろいろと教えを請うている。昨日も友だちと話して大いに参考になった。感謝、感謝!今日も27度と暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!