2014年7月31日木曜日

人生の帳尻

新聞をにぎわす佐世保の女子高生殺害事件。新聞には書いてなくてもネットでは詳細な書き込みがある。読んでいて驚くばかり。加害女性の一家は確かに超エリート一家だ。

何かで読んだことがある。学校教育は知識を詰め込む教育。ところがそれだけでは人は生きていかれない。生きていく上で大事な生活面の教育。これがなされず、ただただ人を押し分けていく知識偏重の教育。

今回の事件を見てそう感じた。いくら頭が良くてもエリート一家と言われても人間性が欠けている…。

ほかにも中国の国家幹部の摘発事件。一家の資産は1兆5千億円とか。

2年前、四川省の九寨溝へ出かけた。その際、日本で博士号を取得した大学教師のご夫妻と再会。短時間ながら話をする。日本に旅行して買いまくる人たちについて聞いた。その人たちは石油の利権の保持者だと。

今回の事件を見て、やっぱり!と思った。

何でも普通が一番いい!人より勝らなくても平凡が一番幸せ。そう思う。

あまりにぬきんでた才能はどこかでつまずく。いつまでもいいことは続かない。人生の帳尻は誰もみな合っている。

自分自身、小さい頃、体が弱かったらしい。だが、今、とても元気。これで帳尻が合うと実感。

いろいろ考えさせられる事件である。

今日はこれから待望のケーナの一日体験教室に出かける。フルートとケーナ。似た楽器だけど二つは同時に習えない。ケーナは一日で習得!?無理かもしれないけど習ってこよう!

2014年7月30日水曜日

2人はウサギとカメ

高速バスは北口出発。この思い込みはとんでもなく人を慌てさせる。

広島駅周辺はどこを向いても工事だらけ。高速バスは北口発車、その思いは見事に外れる。

早めに家を出る。予定のバスに乗ろうとバス停に向かうが、工事のため北口周辺は様変わりしている。尋ねようにも係りがいない。しかたなく、工事のガードマンにバス停を聞く。

なんと目的のバス乗り場は駅表口との言葉。疑念を抱きながらも南口に向かう。だが、工事の影響で簡単にはいけない。

働いてもいないのに通勤定期を購入している。それを利用して駅構内を通り抜ける。改札で再度聞くと北口からという。今、北から出てきたばかりというと観光案内所で聞くようにと告げる

いろいろ聞いてやっと目的のバス停に行く。それにしてもこの間の慌てようは半端ではない。

元はといえばバスセンター発に乗れば、問題はなかった。それを広島駅発にこだわった結果がこのありさま。

利用したバスは高速利用。だが、いわゆる高速バスでなく、路線バス扱いらしい。そのため、路線バスの停留所から発着していた。

1時間45分バスに乗ると友と待ち合わせの場所に到着。空いている車内なのに隣に人が座る。その間、座った人は何気ない話のあと、延々と降車時刻まで自分の信じる新興宗教の話をする。

降りようとする頃、案の定、連絡先を聞いてくる。紙を出してそこに連絡先を書くようにという。ここは鬼になって知らせず。

何でも人の言いなりになる顔に見えるのか、友だちとお昼を食べた後もそういう経験をする。

横に座って食事をしていた2人組の女性から声を掛けられる。友だちが適当に返事をする。だが、ついには友だちの車まで来て新興宗教のチラシを見せる。

この時も鬼になって関心のないことをはっきり告げる。

それにしても世の中、暇人がいるもの。もっと他にやることはないのだろうか。

友だちとは、合流後、車で美術館巡り。昨日の目的は友だちに会って日本画の先生から教えてもらった美術館にいくこと。田舎にある美術館とはいえ、広々とした敷地内にあるいい美術館だった。

美術館のテーマは「明日への輝き 28回平和展」。前期と後期に分かれ、後期も見に行く予定。画を見ながら話していると日本画を習い始めた時期、友だちも友禅画を習い始めたという。これも聞いてびっくり!

友だちとの付き合いは長い。だが、友だちが県北に嫁いでからは数えるくらいしかあっていない。たまにかかってくる電話は「病気のこと知ってる?」「足を骨折したの知ってる?」…。

笑ってかけてくるからいいようなものの、それを聞くものとしては驚くばかり。

一緒に遊んでいたころは本当に良くしてもらった。友だちは私よりも年齢は5歳下だが、まるでお姉さんのように思える。

友だちは2人のことを「ウサギとカメ」だという。ウサギは友だちの干支、カメはなんでもやることが遅いものをいう。これは大正解。よく言い表している。

カメはカメでも何でも自分のものにしている、と友だちはほめてくれる。ありがたい!そして何年も会っていなくても何の違和感もなく話せるところがいいとも言ってくれる。感謝、感謝!

この底辺には若い頃、自転車にも乗れず、泳ぎもせず、外国へも行かなかったことがある。それもすべては友だちのおかげでできるようになった。ほかにもあるけどここは省略。またの機会に。

秋には骨折した足のカネを取り出す手術が待っているとも話していた。お互いいつまでも元気でいたいもの。来月、また遊びに行くと約束して…。

昨日のお昼は豆腐料理の専門店でいただく。大盛況のお店だった。その後は友だちの育った街並みや学校などを車でドライブがてら案内してもらう。

2つ目の美術館でティータイム。今朝の新聞でこの美術館を冠した人が日展の新理事長に就任とある。

先日バスツアーで出かけた美術館。落ち着いたカフェレストランだった。

今日はこれから忙しく続く日々のための充電日。ゆっくりしよう!

2014年7月29日火曜日

「若者」!?

今朝の最低気温は23度。気持ちいいお目覚めとなる。最高気温が高くても、最低気温が25度を下回ると暑さのための寝苦しさも薄らぐ。

昨日は日中の気温もこれまでと比べて幾分低く、少しは楽な一日だった。

その昨日、朝から合唱の練習に出かける。休憩時間後の1時間は人前で歌う曲の練習となる。合唱を始めてから歌うことはエネルギーのいることと気づく。かなりの体力消耗!?

終わってから食べるお昼の美味しいこと。昨日は5人でいただく。

このごろは気分は若いつもりでも自分自身を若い、と思ったことはない。ところが合唱団に入って以降、ここでは若者に相当するのか“若い”と言われる。

こう聞いて少々違和感がある。昨日の食事のメンバーを見てもやはり年長者ではない。「若い」と言われればそうかもしれない。

ところが、そう言ってくださる人たちの行動力はもっと若い!80歳前後と思われる人たち3人は車も運転される。それも半端でなくイケイケモードでの運転とか。それは生き方にもあるらしい。

その人たちに交じって青森へ行く。

食事後、3人のうちの1人に最寄り駅まで車で送ってもらう。ほかの人も車で送ってあげるという。どの人からも良くしていただく。ありがたい!送ってくれた人曰く。「もうひとりの人から、えらく気に入られたねえ」。

今日はこれから県北へ。今日も一日頑張ろう!

ブログ投稿後に気付く。昨日はハープ奏者からB5サイズのルームコンサートの写真が送付される。写真といえば、先日のロビーコンサートの写真もいただく。送られた写真には「みなさん美しい」との文面が添えられている。

ところが一番美しく写っているのはハープ奏者のお母様。90歳は超えられているはずなのに美人。はがきの返事にはお母様が一番美しいと正直に書いて出す。

いい歳をとられているのだろう。この人こそもしかしていつまでも「若者」!?

2014年7月28日月曜日

♪ホフマンの舟歌♪

FMラジオから♪ホフマンの舟歌♪が流れる。この曲は今秋、合唱団で歌う予定。曲の後半に♯アアー、アアー、アアー♭と歌う箇所がある。ハモッって歌うといい調子にならず大変。

所属する合唱団の代表をこれまで会長、とブログに投稿していた。これは誤りで代表が正しい。

昨日はクロアチアの旅のブログに20数枚画像を追加してバージョンアップ。新たなパソコンならば画像の挿入も簡単、そう思った。ところがそれほどでもない。文章も追加しようとするがそれはあきらめる。ということで、画像のアップの追加だけとなった。

今日から来月中旬まで超ハードスケジュール。遊びで忙しい!今月末は習い事の予定がなかった。それをよいことにして予定を入れる。かなりハードな毎日となりそう。ダウンしないようにしてこの暑さを乗り越えよう。今日も元気で!

2014年7月27日日曜日

『老後はひとり暮らしが幸せ』

毎日見ている人の一昨日のブログ。「五十日、金曜日、給料日」とタイトルがついている。

何事も知らないということは悲しいもの。この「五十日」の意味がブログからつかめない。何度ブログを読み返してもこのキーワードはでてこない。

はじめは辞書をひく。それにも出てこない。ついにはタブレットで「ゴジュウニチ」と入力する。「ごとおび」との表示がある。

長く会社に勤めていた。また銀行へも仕事でよく出かけた。その際、「五」の付く日は混んでいると聞いていた。それが「五十日」とは…。

以下は最近読んだ辻川覚志著『老後はひとり暮らしが幸せ』(水曜社 2013年)、サブタイトルとして「自由に気ままに、最後まで。」。

本の裏表紙には「ひとりになったら、一人暮らしがもっとも現実的で、理想の姿であり、もっとも幸せに近いことがわかりました。」とある。

そうだろうか。そう思いながらこの本を読む。

筆者の辻川は大阪門真市で耳鼻咽喉科医院を開業。筆者の独自のアンケート調査と大阪門真市医師会の活動を通じて得られた結果を紹介しながら、老後の過ごし方を考える。(はじめに)

その結果、独居を支えるものとして3点あげている。

①自由で好き勝手に振る舞える生活は、ストレスや悩みがたまりにくい。
②信頼のおける友は、悩みを聞いてくれて、適切なアドバイスから悩みを減らしてくれます。
③慣れ親しんだ土地は、自らがゆったりと過ごせる空間を提供してくれます。

この3つの要素は、いずれも、その人の悩みを少なくさせる方向に作用するものが選ばれている。40p

そして、独居であっても、同居であっても、悩まないことが一番であること…満足感を得るひとつの有効な方法として、悩まないようにするという気持ちの持ち方があるという。44p

「ひとり暮らしを長く楽しめる7つの秘訣」として以下の7点を挙げる。

①生活環境をできるだけ変化させない
②友達を維持する、信頼のおける人を持つ
③毎日何かやることを作る
④できるだけ自分で何でもする
⑤ひとり暮らしの寂しさを少しでも減らす
⑥緊急時の対応策を決めておく
⑦自分の希望を周囲に伝えておく

文の最後には「公的支援を要請する」としたうえで以下のように書いている。

「自宅や病院で、身寄りもなく、最期を迎えたときは…、まず、病院や自宅から、直接、火葬場へ移送され、荼毘にふされます。その後、共同墓地ですが、しっかりと祀ってもらえます。そして、もし残された不動産があれば、市が処分し、市が負担した経費分を差し引いた残りは、国庫に返還されることになります。このような対応は、全国どこでも受けることができると聞きます。このように、まったく無一文になっていても、最後はちゃんと最低限のことは、行政がやってくれるような仕組みになっているのです。」197-198p

筆者はこの本の結論として「ひとりを最高にするものは、心であり、気持ちの持ち様であることがわかります。心の問題は、その人自身の問題であり、ひとに頼らず、その人自身が自らの力で切り開いていくしかありません。またひとり暮らしは、ほかの人のことを考えずに済みます。寂しいわけですが、それが逆にひとり暮らしの強みになります。気を遣う家族がいない分だけ、今の世の中では、有利になってしまったかのように見えます。みんな忙しくなってきて、人と人との繋がりが薄れてきて、それぞれが何かに追われて生活している時代では、いろいろな困難と闘いながらでも、ひとりで老後を過ごすことの方が、幸せになる確率が高いということがわかりました。」「幸せはあなたの手のひらの中にあるのです。」と言って文を締めくくる。197-199p

これを読んでひとり暮らしが最高とは決して思わない。ただ、人は誰もみな「ひとりで生まれひとりで死んでいく」との思いはある。

そして、たまに「最後はどうするのか」「最後は誰に見てもらうのか」と問い詰める人がいる。そう問われて心で思う。「じゃあ、そう問い詰めるあなたは自分の親を最後まで見ましたか?」。

今朝は朝から一雨降る。いくらか涼しい朝。だが、一雨降るまで一晩中エアコンの中。今日も暑さに負けず元気を出そう!

2014年7月26日土曜日

チャンスの「母数」を増やす

毎日読む人のブログやツイッター。有名無名にかかわらず、いつまでも読み続ける人と飽きてくる人。この違いはどこにある?

ある人のツイッターを通してそこにツイートする人びと。この人たちのうちから最近、関心を抱いた人がいる。その人は仲野徹氏。

ツイッターとともにつぶやきとしてエッセイをWEBに書いている。これがまた興味深い。今のところ全部で30回の掲載。この頃はそれにプラス・アルファで掲載がある。これからもずっと続くようで楽しみ。

読む側としては著者の本音も知りたい。きれいごとでなく、そう、つぶやきも必要。

Science is luck 

書いた人は外国での研究先で「研究とはいったいどういうものなんだろう?」と楽しそうに振る舞う研究者に尋ねる。

「成功した研究者は、すべからく幸運だったと自らを語る。」。一般的に「幸運の女神は準備された心に微笑む」と言われる。だが、筆者は「それ以上にチャンスというものが重要であるということを言明しているのである。」という。

じゃどうすれば幸運の女神にありつけるか。筆者自身を振り返って、ときには「ホーム」を離れて「アウエイ」に赴いてみるべきとか。

残念ながら、これまでその経験がない。常に「ホーム」で暮らしている。「アウエイ」とあえて言うならば家から一歩出た旅行先や習い物などの場所がそれになる!?

筆者は複雑誌上で、例えば仕事を探す。その時も親しい身近な人に頼るのでなく、距離、物理的、内容的にも離れている人に頼むほうが有効的に証明されているという。

これと同じようなことは、「新しい視野が開けたり、会うはずがなかった人と知り合えたりして、大きなチャンスにつながることがありえるはずだ。面倒だと思わずに、少しでも、チャンスの『母数』を増やしてみる心がけが大事なのだ。チャンスなど、どこにころがっているか誰にもわかりはしないのだから。と言い訳しながらふらふらするようになった私である。ただし、それがよかったのかどうかいまだにわからない。」と述べている。

チャンスの「母数」、若いころ欠けていたのはこのキーワード。今になってはもう遅い?

昨日もチャンスの「母数」を増やしに(?)西条へ行く。美術の講座は先生が哲学美学の専門家。講義を聞いていても哲学的なことが多い。

昨日は「花と美術」番外編として大学の「平和と人間学」から「現代哲学と平和」の講義のおこぼれにあずかる。最後は、「花」で講義も終わる。ここにうまく表現できないけど楽しい講座だった。

終了後、5人でランチ。場所は西条にある「レストラン ラグー」。おしゃれなレストラン。

そこで来週の美術館見学などの話題になる。美味しいものを食べながら平日のお昼をゆっくり過ごす。楽しいひと時だ。

今朝感銘を受けた「チャンスの母数」。今のところまだまだ元気。この「母数」を増やして今日もさまよう!?頑張ろう!

2014年7月25日金曜日

旅客機はどこへ

今朝のメディア第一報でアルジェリアの旅客機行方不明事件を聞く。最近では台湾の飛行機、その前はウクライナ上空でのマレーシア機の撃墜事件、さらにもっと前は同じくマレーシア機の行方不明事件。

これほど立て続けに航空機の事件が起きると、事故と事件の区別を知りたくなる。

今朝は珍しくBSを聞きながらブログ投稿。外国メディアの報道もいい話、楽しい話題は全くない。これからさき、世の中、どうなっていくのだろう。

朝からぼやいてしまう!

今朝はこれから美術の講座で西条へ。買い換えたパソコンでさっそくレジュメをプリントアウトする。起き掛けに先生から夜半に送信されたメールのレジュメの印刷。

これまでのプリンタは故障中でいつも人に印刷してもらっていた。自分で印刷して、あらためてお手数をかけたと思う。

それにしてもいいニュースが聞かれない。なるべく見ざる、言わざる、聞かざる…。だが、そうも言っておれないこともある。

中国の期限切れ肉事件。ウナギの輸入も怪しいもの。

自分だけは大丈夫、と思っていても、いつわが身に降りかかるかわからない。怖い世の中になった。せめて何が正しいことなのかしっかり見極めたい。

朝からぶつぶつ言っていたら泳ぎに行ったことを書き忘れる。

昨日も暑い中、自転車に乗って泳ぎに行った。夏休みのプールは子供たちでいっぱい。無事1キロ泳ぐ。

今日も元気を出そう!これから西条へ、頑張って!