2025年5月31日土曜日
歯科通い
2025年5月30日金曜日
『俄ー浪華遊侠伝ー』(上)
2018年12月、大連に出かけ、そのときの参加者の話で目覚めた司馬遼太郎の本。あれから早いもので丸6年半が過ぎ去ろうとしている。『坂の上の雲』を読み始めてから自分のライフワークとして司馬遼太郎の全作品を読もうと思った。そう決心して以来、ほぼ毎日のように司馬作品を読んでいる。それまではエッセイ本を読んでいた。が、司馬遼太郎の作品を読み始めるとエッセイ本を図書館で借りて読むも以前ほどの感動がない。小説とエッセイを比べるのは野暮かもしれない。が、それにしても……と思えてくる。
司馬作品をすべて読み終えるまで自分の命が続きますようにと願って(?)、というかその思いが強いのでまだまだ元気でいなくてはいけない。いくら年齢を重ねても新たなことにハマるもの、との思いを巡らす。
以下は『俄ー浪華遊侠伝ー』(上)(司馬遼太郎 講談社、2007年第1刷)から気になる箇所を記した。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
★年の瀬や 水の流れと人の身は という江戸の俳人其角の句が、そのころ大阪で大いにもてはやされ、「俄(にわか)」などの芸人がよくサワリについた。左様、この俄。ニワカとよむ。二輪加(にわか)と書いたりする。路上などでやる即興喜劇のことだ。この小説にそういう奇妙な題名をつけたのは、この小説の主人公が晩年、小林佐左兵衛と名乗って日本一の侠客、といわれるようになったころ、自分の一生をふりかえって、「わが一生は、一場の俄のようなものだ」といった言葉からとっている。読者はこの男のやることなすことに、一場一席の「俄」を感じてもらえれば。筆者の主題は大いにつらぬき通せることになる。(9p-10p)
★庵寺とは尼の寺である。比丘尼(びくに)(尼)というものはふつう、比丘(男僧)とちがって寺領や檀家のある寺に住みにくい。たいていは庵を建てて信徒で食ってゆく。この家はそういう町尼が、建てたのであろう。(118p)
★万吉はいう。「知己の恩というものがある」むずかしい漢語をつかった。なにしろ遊侠の徒ながらへたな漢語もつくれるという能力はある。一柳藩も、万吉の市井の勢力にあわせてそういう教養を勘考したければこそ、こうして頼みにきたのであろう。「士はおのれを知る者のために死す、ということがごわります。この言葉一つでわたいは生きてきたし、この先も生きてゆく。お請けしたい」「ご承知くださるか」「四日、待ってくだはりまするか。四日目にお蔵屋敷に出むいて確(しか)としたご返事をつかまつります。お受けする以上、明石屋万吉の命は一柳様の御自由におなしくだはれ」そう返事して、その日の夕方の船で。天満八軒家の川港から、京へのぼった。新選組を訪ねるためである。(331p)
2025年5月29日木曜日
記憶媒体(?)は紙のノート1冊
ノート一冊をメモ帳というか雑記帳として記している。それにはパソコンやタブレット、そしてスマホなどのIDやパスワードなどがある。また余計なことも記す。それは固定電話にかかる迷惑電話番号などがある。迷惑に登録できる件数は無限ではない。しかし、かかってくる電話は増えるばかりだ。そのためノートに迷惑電話対策にした番号を記し、登録がいっぱいになれば古い番号を削除している。このほかにも歌詞をおぼえるために記したりと我がアナログ的記憶媒体(?)としてこのノートをつかっている。
ところが紙のノートであるため、いつか、ちゃんと大事な事だけをまとめたいと思っていた。昨日、新たなノートにこれまでのノートから大事な箇所だけを記す。そしてついでというわけではないがいつ何が起こっても慌てないように記しておきたいことも書いた。それは特に自分がいなくなった後の引き落としやスマホなどの解約などである。ちょっとしたことだが気になっていたことを書き終えて気分がすっきりする。
それが終わって近いうち出かける予定の奈良の旅を改めて確認する。初日に般若寺を観光してそこから歩いて10分先の五劫院(ごこういん)へ行こうと思った。が、ガイド本を見ると予約がいるとか。般若寺は宿から近いのでもう1カ所、と思って本を見ていると元興寺にハルシャギク、桔梗など初夏の花が咲いている、とある。ハルシャギクは初めて聞く花だ。ましてや桔梗は好きな花なのでこのお寺へ行こうとなった。2年前、人と連れ立って出かけた際、ならまちを歩いたが元興寺へは入らなかったのでちょうどいい。
話は変わって明日から1週間、地元の図書館が整理月間に入り休館となる。歩いて3,4分先にある図書館は便利なので何かと利用している。それが1週間、休みになるだけでなんだか淋しい。今日はこれから本を借りに行く!?
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2025年5月28日水曜日
蹴伸び
ここ2,3日、清々しい日が続く。昨日午後は予定通りプールで泳ぐ。今年3月,プールのリニューアルが終わって気持ち良くなった。が、1点、不満がある。それは新たに塗られたプール内のペンキのため、中に入るとやたらと滑りやすくなった。最初のころ、「滑る!」と係に聞こえるように言った。その次に行くと中に入るスロープに何やら滑り止めが敷かれている。
昨日、浅い方で泳いでいると親子連れが泳ぎだす。コースを変わって泳ぎだすと蹴伸びで泳げない。その時、係が目の前に来た。壁に滑って蹴伸びができない旨、話すと「ペンキを塗って……」、と滑りやすくなったという。そして「壁に近づいて蹴伸びすれば」、と言われる。そう聞いても壁に近づくが滑りそうでうまくできない。リニューアル前までは蹴伸びでスタートすれば6,7m先まで一気に進めた。が、蹴伸びができないとリカバリーが増えるばかりだ。ぶつぶつ言っても仕方がないのですべるのを覚悟で蹴伸びする。このあたりが元来の運動神経の鈍さを物語る。
しかし、背泳ぎだと体が上に向いているためか蹴伸びができる。クロールでの蹴伸びも考えよう。ということで昨日も500mをほぼ背泳ぎで泳いだ。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう
2025年5月27日火曜日
ネットでの旅行予約から
先日、「鈴懸の径」のメロディーをネットで調べて五線譜に手書きした。フルートで吹くと初見で吹ける。しかし、この楽譜にはイントロ(前奏)がない。YOU TUBEで聞くとイントロの音が拾えそうだ。ネットで他の楽譜を探すと著作権の関係なのか全体の表示がなく一部を隠している。曲を聞いて、また、全体表示のない画面をみながら音を拾うと前奏の楽譜が書けた。これをフルートで吹くと少しは曲らしくなる。
とはいってもあまりにも簡単すぎてChopinのノクターンほどの吹き甲斐がない。ということでショパンの曲の合間に鈴懸の径などを吹こう。
一昨日夜、日帰りツアーから帰宅後にツアー中に配られたパンフを眺める。一か所、泊りのツアーだが参加する気になる。ネットで予約するもクレジット決済でミスり、途中からやり直しとなった。これだけのことでケチがついたとの思いから参加はやめよう、となる。しかし予約確保のメールが入る。これをキャンセルしたいがその画面からできない。何でもすぐにやらないと気が済まない性格だ。が、この日は日曜日とあって旅行社は休みだ。予約確保のメールを見るとその翌日からキャンセル料が発生する。いろいろ考えて旅行予約のキャンセルをメールで送信する。昨日、そのメールが届いたらしく予約キャンセルはOKだった。
自分の気持ちに正直に行動しようと思えば大変なこともある。が、ひらめくことに忠実であれば人生の後悔はない!?その思いがある。
すがすがしい一日になりそうだ。午後から泳ぎに行こう!
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2025年5月26日月曜日
福山のバラ鑑賞と平櫛田中美術館の日帰りバスツアー
「世界のバラ会議開催地 福山でバラを鑑賞&鏡獅子20年ぶりの里帰り平櫛田中美術館特別展」と銘打った日帰りバスツアーに参加した。ツアーへの参加は出かける何日か前と遅かったため、バスの席は後部席を覚悟した。出かけた日が日曜日のためか集合場所である広島駅新幹線口のペデストリアンデッキは沢山のツアーや人でごった返している。添乗員を見つけると席は前から6番目という。満席を予想して出かけたが参加人員は半数にも満たない20名だった。旅の参加人員が少ないのもいい旅らしくバスも後部座席ではなかった。
バラ会議の会場は緑町公園、花園公園、ばら公園の3か所があり、ここをガイドの説明を聞きながら2時間かけて歩く。出かける前は1か所を想像していた。が、3か所とはいってもそれらは隣接しており1か所のようなものだ。
美しいバラであってもただそれだけを見て歩くのは物足りない。隣の場所では樹木の中にバラが植えてある。これだと自然に生えているバラに思えて見るものを飽きさせない。3か所目はイングリッシュガーデンを思わせてくれる。
広島⇔福山までの高速バスは上りの福山SAと下りの福山SA のそれぞれをバラ園にしている。世界バラ会議の会場は公の施設が管理しているがSAはすべて公とは言えないらしい。それでも福山をバラで盛り上げようとの意識は強かった。
出かける前日まで、世界バラ会議が開催された。その余韻なのか一夜明けた昨日のバラ公園のいたるところでバラの美しさを大事にする気持ちが感じられる。
2025年5月24日土曜日
鈴懸の径
数か月前から「山の煙」と「あざみの歌」の歌詞をおぼえて3番まで歌えるようになった。この頃ひらめくメロディーは「鈴懸の径」。先の2曲もこの曲もメロディは浮かぶが歌詞があいまいだった。鈴懸の径は1番しか歌詞がないのですぐに覚える。この頃のはやり歌はテレビの歌番組を見なくなって、また、たとえテレビを見ても覚える気がなくなった。それよりも自分が生まれる前か、その前後ころのゆったりしたメロディに惹かれる。昨日はこれが昂じて「鈴懸の径」の楽譜をネットで探した。
戦前戦後の昭和歌謡はクラシックの作曲家とは違って著作切れではない。以前、ショパンの曲をネットで探すと著作切れの無料楽譜があった。昨日、著作切れではないが無料で掲載の楽譜を見つける。しかしこれは印刷不可能なので五線譜に手書きした。久々にフルートで使っていた音楽ノートを取り出して手書きする。ただ、この手書きはメロディだけなので前奏も転調もなく少し味気ない気がする。が、この曲のメロディだけを吹くにはこれで間に合う!?
五線譜に書き写した後、フルートで吹いてみる。なかなか哀愁というか味わいのあるいい曲だ。しばらくはこの曲を暗譜で吹けるように練習しよう。とはいってもクラシックの曲と違って初見で吹けるので暗譜も簡単だ。それよりもどれくらい気持ちよく吹けるかが大事かもしれない。
どんな曲もそうだが「鈴懸の径 フルート演奏」で検索すると動画のアップがあった。これを聞くとやはりフルートの音色は落ち着く。さすがにフルート曲をYOU TUBEにアップしている神田勇哉の動画は見当たらない。が、この人はクラシックの教則本の曲をアップしているので昭和歌謡のアップはしないだろう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!









