ちょっといない間に梅雨に入ったのだろうか。どんよりした朝を迎える。
昨夜、姉から心配していると電話がかかる。一昨日、午後7時半ころ、姉から電話がかかった。その時、眠たくてたまらず寝ていた。電話で起こされる。早くから寝ていたのでナニゴトかと心配する電話だった。
眠たいといえば、旅行中、ずっとそうだった。相部屋のヒトは前回の旅で知り合った人。その人から誘われて出かけた北欧の旅。申し込む際、先方から3つ条件を出された。鼾をかくこと、朝が早いこと、お風呂は後から入ること。
それを了解して参加する。これまで何度も海外に出かけている。だが「朝が早い」ことは耐えられなかった。9時前後にホテル出発が多かった。だが、朝4時から起きてごそごそされる。いくらよく眠るモノでもこれには参る。ましてや北欧は白夜だ。電気をつけなくても部屋は明るい。そして耳にはイヤホンをつけて鼾対策をして寝ていた。
だが、神様か仏様か知らないけれどもその状況を見て助けてくださった。5日目の夜、ホテルの部屋のトイレの水が出にくくなる。相部屋のヒトはすぐさま添乗員を呼んで部屋の交換をお願いする。だがその部屋はダブルベッド。一般のツインの部屋でもシングルベッドがくっついている。それを離して寝ていた。だがダブルではそれも出来ない。
ここぞとばかりにダブルベッドは嫌だと意思表示をする。結果的にシングル部屋を2つ用意してもらう。だが1つはシャワーのみの部屋。「シャワーでOK」というや否やキーを貰って部屋を替わる。その時刻は夜9時半過ぎ。もう眠くてたまらなかった。
お蔭で一人部屋でぐっすり熟睡できた。
毎日、8,9時間睡眠をとっている。旅に出るとそれでなくても睡眠不足になる。今回の旅の教訓は無理して一緒に旅をする相手を求めず、一人部屋料金を払ってでも参加すること。とはいっても、生活リズムがあうヒトならば一緒に行くのもいい・・・。
10年前までは旅行の募集も相部屋可能でその日に知り合ったヒトと宿泊していた。それも皆善い人だったのだろう。今でも年賀状など交換している。それから10年も過ぎて相部屋可能の設定はなくなる。ついつい、旅費を節約するため道連れを求める。だがそれも年齢を経るにつれて困難を極める。
年齢を経れば眠られないヒトも多い。だが何歳になっても眠れるモノにとっては睡眠不足が一番の苦痛になる。
今朝も関西のJTBから旅のカタログが届く。それを見ていて旅行中は睡眠不足の毎日だったと思う。相部屋のヒトは決して悪いヒトではない。だが、生活のリズムの違いを思い知らされた旅だった。
今朝届いたカタログには一人でも参加しやすいように一人部屋料金が安く設定してある。マケドニアやアルバニアなど聞いただけではどの辺り?と思える国もある。それにしてもこれまで発展途上国によく出かけた。だが部屋を替わったことは一度もない。
今日は久々にスペイン語を習いに出かける。その前に三越に寄って壊れたメガネを直そう。もしかしてメガネを踏んだのも寝不足のせい!?
怪我をしないように気をつけよう!今日も一日元気で!
2013年6月1日土曜日
2013年5月31日金曜日
「沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています。」
ヒト・モノ・コトのすべてが異なる日常を離れて目新たらしい出会いのあった北欧の旅から帰ってきた。その詳細は後日ブログにアップしよう。
今、頭に浮かぶヒトとの出会いはまず、福岡からオランダに向かうKLMオランダ航空機内にある。通路を挟んだ横に座るハーフの男性。スウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれた22歳。しきりに日本語で話す。手にするモノは日本語の文庫本。
話をするとスキーのインストラクターらしい。福岡在住だが長野県でスポンサーがついている。スウェーデンで更なるスキーの上達を目指すという。名刺をもらい、メールを出す約束をする。後で送ろう。
またノルウェーの鉄道駅で世界一周旅の途中の日本人女性に出会う。貰った名刺から先ほどその人のHPを訪問すると、なかなかダウンロードしない。それもそのはず、画像が大きすぎる。旅に出て4年になるという。だが半年ごと位に日本に帰国するらしい。このヒトにも後でメールを出そう。
出会った時、相手の歳を尋ねると32歳だった。彼女の母より少し年上だった。その人のような生き方が出来ない。そのことへの羨ましさもあってそう話すと、母親がその生き方を理解してくれず辛いという。
行き着く3日先をネットで検索して宿を探す完全な一人旅をしている。同じ生活でもその人は家に定住せず放浪の生活をしている。だが生きている限りその違いはあっても皆一人で生きている。そう、生き続けることは一人旅なのかもしれない。とはいっても完全な一人旅をできるヒトはなかなかいない。冒険に近い生き方だ。同じ生きるなら、そういうこともやってみたい。でも出来そうにない。だから羨ましい。
彼女のHPをみると“世界へGO!”とタイトルがある。HP上にあるプロフィールを見ると素直にこれまでの生き方を書いている。「本にすれば・・・」と出遭った際の短い会話で告げる。だが出版社に知り合いがいないという。
HP更新は1年に一度と話していた。貰った名刺には「・・・楽しみつつも、小さなトラブルは多々発生し、その度に落ち込みながらも沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています。・・・」とある。
誰も皆、同じようにヒトに助けられて生きている。この言葉はいい!
そして旅先では他にも声を掛けたヒト、掛けられた人とも知り合う。行きの機内のスチュアートは食事を配りながら“Well come !”は日本語でどういうのかをジェスチャーを交えながら何度もおどけて話す。その意味がつかめたので「ようこそ!」と教えてあげる。それ以来彼は「ようこそ!」を連発する。
観光地では写真に一緒に収まったヒトが偶然にもスペインのマドリッドからの観光客だった。英語で「どこから?」と聞くとマドリッドからだった。その後はスペイン語で語りかけると通じた。嬉しかった!アドレスを書いてもらったのでこのヒトにも後で写真を送ろう。
他にもツアーのヒトたちと知り合う。小倉からの2人組みの女性と唐津の女性。どのヒトも皆優しい。前回のスリランカの旅でも言われたことと同じコトを言われる。「助けてあげよう」と思わせるらしい。
福岡空港に到着後、先ほどの4人で「うどん」を食べる。北欧では毎日塩辛いものばかりを食べた。腎臓病のヒトや血圧の高いヒトは要注意の国、そう感じた。
福岡空港で食べた「揚げたまうどん(もしかして言い回しが違っているかもしれない)」。うどんの中にまるい大きなさつま揚げが入っている。これは私の知る限り広島にはない。美味しかった。
唐津のヒトと空港で別れた後、小倉の女性2人と3人でカフェに入り、その後も旅などの話で盛り上がる。かなりの時間、話していた。
ツアーの人たちは団塊世代がほとんどを占める。この続きは再度福岡に集合する予定にして今回の旅は終わる。
新たなヒト・モノ・コトとの出会いのあった楽しい旅だった。そしてその人たちに助けられた楽しい旅だった!ありがとうございました!また会いましょう!これからも好奇心の続く限りいろんなところへ出かけます!
帰国の機内ではほとんど寝ていない。だが、時差ぼけを早く解消したい。そのため帰ってからもそのまま寝ずにいて同じ生活リズムを取り戻す。それでも眠たさは限界に達し、夕方6時半から今朝8時半まで14時間も寝ていた。途中2回くらいトイレに起きたけど・・・。
少し家を留守にすると郵便受け一杯に書類が届いている。その中には8月末の古澤巌のチケットも入っている。ちなみにチケット代金@¥5500。公共施設の催しだからか安い!今回の旅費のクレジット支払い請求書もあった。今朝は陶芸家の個展案内の葉書も届く。
これから日常に戻って忙しい日々が始まる。
その手始めにミスってしまった。ケースに入れずメガネを置いていた。踏むとわかっていたのに玄関先に置いていた。片目が破損。怪我でなくてよかった。今日はこれからカラッポになった冷蔵庫に入れる食料を買いに出かけよう。そしてメガネは明日買いに行こう!
一人旅の女性の言葉をもじって「沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています」。
今日も元気で!
今、頭に浮かぶヒトとの出会いはまず、福岡からオランダに向かうKLMオランダ航空機内にある。通路を挟んだ横に座るハーフの男性。スウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれた22歳。しきりに日本語で話す。手にするモノは日本語の文庫本。
話をするとスキーのインストラクターらしい。福岡在住だが長野県でスポンサーがついている。スウェーデンで更なるスキーの上達を目指すという。名刺をもらい、メールを出す約束をする。後で送ろう。
またノルウェーの鉄道駅で世界一周旅の途中の日本人女性に出会う。貰った名刺から先ほどその人のHPを訪問すると、なかなかダウンロードしない。それもそのはず、画像が大きすぎる。旅に出て4年になるという。だが半年ごと位に日本に帰国するらしい。このヒトにも後でメールを出そう。
出会った時、相手の歳を尋ねると32歳だった。彼女の母より少し年上だった。その人のような生き方が出来ない。そのことへの羨ましさもあってそう話すと、母親がその生き方を理解してくれず辛いという。
行き着く3日先をネットで検索して宿を探す完全な一人旅をしている。同じ生活でもその人は家に定住せず放浪の生活をしている。だが生きている限りその違いはあっても皆一人で生きている。そう、生き続けることは一人旅なのかもしれない。とはいっても完全な一人旅をできるヒトはなかなかいない。冒険に近い生き方だ。同じ生きるなら、そういうこともやってみたい。でも出来そうにない。だから羨ましい。
彼女のHPをみると“世界へGO!”とタイトルがある。HP上にあるプロフィールを見ると素直にこれまでの生き方を書いている。「本にすれば・・・」と出遭った際の短い会話で告げる。だが出版社に知り合いがいないという。
HP更新は1年に一度と話していた。貰った名刺には「・・・楽しみつつも、小さなトラブルは多々発生し、その度に落ち込みながらも沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています。・・・」とある。
誰も皆、同じようにヒトに助けられて生きている。この言葉はいい!
そして旅先では他にも声を掛けたヒト、掛けられた人とも知り合う。行きの機内のスチュアートは食事を配りながら“Well come !”は日本語でどういうのかをジェスチャーを交えながら何度もおどけて話す。その意味がつかめたので「ようこそ!」と教えてあげる。それ以来彼は「ようこそ!」を連発する。
観光地では写真に一緒に収まったヒトが偶然にもスペインのマドリッドからの観光客だった。英語で「どこから?」と聞くとマドリッドからだった。その後はスペイン語で語りかけると通じた。嬉しかった!アドレスを書いてもらったのでこのヒトにも後で写真を送ろう。
他にもツアーのヒトたちと知り合う。小倉からの2人組みの女性と唐津の女性。どのヒトも皆優しい。前回のスリランカの旅でも言われたことと同じコトを言われる。「助けてあげよう」と思わせるらしい。
福岡空港に到着後、先ほどの4人で「うどん」を食べる。北欧では毎日塩辛いものばかりを食べた。腎臓病のヒトや血圧の高いヒトは要注意の国、そう感じた。
福岡空港で食べた「揚げたまうどん(もしかして言い回しが違っているかもしれない)」。うどんの中にまるい大きなさつま揚げが入っている。これは私の知る限り広島にはない。美味しかった。
唐津のヒトと空港で別れた後、小倉の女性2人と3人でカフェに入り、その後も旅などの話で盛り上がる。かなりの時間、話していた。
ツアーの人たちは団塊世代がほとんどを占める。この続きは再度福岡に集合する予定にして今回の旅は終わる。
新たなヒト・モノ・コトとの出会いのあった楽しい旅だった。そしてその人たちに助けられた楽しい旅だった!ありがとうございました!また会いましょう!これからも好奇心の続く限りいろんなところへ出かけます!
帰国の機内ではほとんど寝ていない。だが、時差ぼけを早く解消したい。そのため帰ってからもそのまま寝ずにいて同じ生活リズムを取り戻す。それでも眠たさは限界に達し、夕方6時半から今朝8時半まで14時間も寝ていた。途中2回くらいトイレに起きたけど・・・。
少し家を留守にすると郵便受け一杯に書類が届いている。その中には8月末の古澤巌のチケットも入っている。ちなみにチケット代金@¥5500。公共施設の催しだからか安い!今回の旅費のクレジット支払い請求書もあった。今朝は陶芸家の個展案内の葉書も届く。
これから日常に戻って忙しい日々が始まる。
その手始めにミスってしまった。ケースに入れずメガネを置いていた。踏むとわかっていたのに玄関先に置いていた。片目が破損。怪我でなくてよかった。今日はこれからカラッポになった冷蔵庫に入れる食料を買いに出かけよう。そしてメガネは明日買いに行こう!
一人旅の女性の言葉をもじって「沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています」。
今日も元気で!
2013年5月22日水曜日
モーツアルトK511 etc.
今日も気持いい朝を迎える。だが日中は27度の予報で暑くなりそう。
昨日は午後からフルートのレッスンに出かける。その前に、タブレットの専用ケースを買いに電器店に行く。お店のヒトに売り場を聞いても相手にしてもらえない。そのお店でタブレット端末を買っていない。売り場のドコモの人に聞くと教えてくれた。その人についでにブログの日本語入力が出来ないと言うと、タブレットを見てくれる。だが要領を得ない。
購入したタブレット端末には一切取扱説明書が入っていない。電器店横のドコモの直轄のお店で聞くとそれはないと言う。昨日はレッスン前とレッスン後に市内中心部にあるドコモの直轄店4店に行く。どのお店もお客がいて、待つようにと言う。
やはり、購入したお店に行くしかないのだろう。来月初旬、購入後の一部の手続き廃止をするためにお店にいかねばならない。その時、疑問の箇所を聞くようにしよう。それにしても衣服などデパートで購入するときはお客を決して待たせたりはしない。どちらかといえば付き纏われる。
だが、携帯などの購入では何故、長くお客を待たせるのだろう。
お店に入っても、外で立っていても「いらっしゃいませ!」は決してない!その態度に驚くばかり。
気持ちを変えて、昨日のフルートのレッスン。さらっていた曲もどうにか終えて次からはモーツアルトシリーズのK511になる。動画では曲がピアノ曲のためかピアノで演奏している。そのためフルートのイメージとかなり違う。だが先生の吹いてくださるK511は本当に素晴らしい。こういういい曲をさらうとき、吹けるようになる、と思うと嬉しい。頑張って練習しよう!
もう少しすると旅に出る。出かける前に友だちなどから電話やメールで「楽しんで来て・・・」と言ってもらう。昨夜もそのメールを戴く。あり難い!
今日はこれから旅の無事を願って墓参りに行こう!今日も元気で!
2013年5月21日火曜日
歌&タブレットetc.
気持いい季節になってきた。昨日は友人に誘われて歌を歌いに行く。その前に、展示した絵画の搬出を済ませた友だちと美術館で落ち合う。そこからタクシーで歌の会場に向かう。
一昨年、少しだけシャンソンを習った。今回はひょんなきっかけから友人に誘われてついて行く。会場に着くとすでに合唱は始まっていた。
係りのヒトの用意する楽譜を見ながらピアノの伴奏について歌い始める。その間も、係りのヒトからいろいろとお世話になる。休憩時間になった。
友人から事前に面白いヒトが世話人だと聞いていた。その人が休憩時間に来られて「ああ若いヒトに入ってもらった」と何度も言われる。そしてトイレとお茶汲み場を教えてくださる。その間、「若くないですよ」と言うと「若い、若い!」とその人は繰り返す。そして「いい人が入ってきた」と褒めてもらう。
会場を見ると年齢的にはそれほど遜色はない。言われて見れば、自分自身も今の時間が生まれてきた中では一番若い。皆、今が一番若い日だ。
トイレなど教えて貰った後は会場の前に立って自己紹介。ホワイトボードに名前、住所、TELを書かされ、インタヴュー形式ですこし応答する。そして遠くから来る、と驚かれる。
いろいろと習いものをしてきた。だがこれほど歓迎されたことはない。もう吃驚。
2時間、歌を歌う。分厚い楽譜を貰って歌詞を眺めながら歌っているとこれまで気付かなかった歌の意味を知る。いい歌詞が書いてある。
いいサークルに入らせてもらった。友だちに感謝、感謝。歌が終わると友だちと3人でお昼を食べに行く。会場辺りは、新築ラッシュ。いいお店が多そう。
和風のお店に入る。お昼時、お店の中は女性が多い。個室の座敷でお昼を食べながら話をする。3人とも同時代を生きている。友だちの友だちとは初対面だけど感じのいい人だった。
何か習うとき、いかにもオバチャンの集まりのところへは参加しないようにしている。ところが昨日は女性ばかりで年齢的にもオバチャンだがオバチャンたちではない。
世話役のヒトは偶然にも友だちのアラビア語の先生のお母さんだとか。とてもバイタリティある人で明るい。その影響なのか、歌の先生も歌っているヒトも皆、バイタリティがあり、明るい人たちだ。
食事後、友人と別れてドコモへタブレットを取りに行く。いろいろとタブレットについて教えてもらって家に帰る。タブレットはいい遊び道具なのか、昨日はずっと触っていた。だが検索の文字入力はできてもブログ作成の文字が日本語で入らない。
それにしてもパソコンと似た機能で持ち運びには便利だ。GALAXY Tabだった。午後、フルートのレッスンに出かける。その時、日本語入力の出来ないところをドコモで教えてもらおう。
マイクロSDはついていないと思ってそれも購入した。だが家でよく見ると付属品に入っている。残念がらず、いつかそれも使おう。
タブレットで遊んでいると添乗員から電話が入る。持参するものとして水2本と軽食を用意するようにとのことだった。どこへ行くにも食べ物などほとんど持参しない。そう聞いて驚く。さらに外貨も空港に電話して替えておくようにとのこと。すぐに電話して外貨両替の予約を入れる。
何しろ、初めて行く国。何でも言われたとおりにするしかない。楽しい旅にしよう!
これから、持参する水と食料を買いに自転車に乗って出かけよう。そう、今日も一日元気を出して!
書き忘れている。昨日はタブレットが気に入ったので110歳になる母を持つ友だちに電話してそれを教えてあげる。話していると母上の容態がよくないらしい。3月にお会いしたばかり。聞いて驚く!
また昨日は、古澤巌のチケット代金を郵便振り替えで送金する。岩国の会場へ電話して前から4列目の席を確保。これで8月末まで聞きに行く楽しみが待っている。
もう一度、今日も元気で!
一昨年、少しだけシャンソンを習った。今回はひょんなきっかけから友人に誘われてついて行く。会場に着くとすでに合唱は始まっていた。
係りのヒトの用意する楽譜を見ながらピアノの伴奏について歌い始める。その間も、係りのヒトからいろいろとお世話になる。休憩時間になった。
友人から事前に面白いヒトが世話人だと聞いていた。その人が休憩時間に来られて「ああ若いヒトに入ってもらった」と何度も言われる。そしてトイレとお茶汲み場を教えてくださる。その間、「若くないですよ」と言うと「若い、若い!」とその人は繰り返す。そして「いい人が入ってきた」と褒めてもらう。
会場を見ると年齢的にはそれほど遜色はない。言われて見れば、自分自身も今の時間が生まれてきた中では一番若い。皆、今が一番若い日だ。
トイレなど教えて貰った後は会場の前に立って自己紹介。ホワイトボードに名前、住所、TELを書かされ、インタヴュー形式ですこし応答する。そして遠くから来る、と驚かれる。
いろいろと習いものをしてきた。だがこれほど歓迎されたことはない。もう吃驚。
2時間、歌を歌う。分厚い楽譜を貰って歌詞を眺めながら歌っているとこれまで気付かなかった歌の意味を知る。いい歌詞が書いてある。
いいサークルに入らせてもらった。友だちに感謝、感謝。歌が終わると友だちと3人でお昼を食べに行く。会場辺りは、新築ラッシュ。いいお店が多そう。
和風のお店に入る。お昼時、お店の中は女性が多い。個室の座敷でお昼を食べながら話をする。3人とも同時代を生きている。友だちの友だちとは初対面だけど感じのいい人だった。
何か習うとき、いかにもオバチャンの集まりのところへは参加しないようにしている。ところが昨日は女性ばかりで年齢的にもオバチャンだがオバチャンたちではない。
世話役のヒトは偶然にも友だちのアラビア語の先生のお母さんだとか。とてもバイタリティある人で明るい。その影響なのか、歌の先生も歌っているヒトも皆、バイタリティがあり、明るい人たちだ。
食事後、友人と別れてドコモへタブレットを取りに行く。いろいろとタブレットについて教えてもらって家に帰る。タブレットはいい遊び道具なのか、昨日はずっと触っていた。だが検索の文字入力はできてもブログ作成の文字が日本語で入らない。
それにしてもパソコンと似た機能で持ち運びには便利だ。GALAXY Tabだった。午後、フルートのレッスンに出かける。その時、日本語入力の出来ないところをドコモで教えてもらおう。
マイクロSDはついていないと思ってそれも購入した。だが家でよく見ると付属品に入っている。残念がらず、いつかそれも使おう。
タブレットで遊んでいると添乗員から電話が入る。持参するものとして水2本と軽食を用意するようにとのことだった。どこへ行くにも食べ物などほとんど持参しない。そう聞いて驚く。さらに外貨も空港に電話して替えておくようにとのこと。すぐに電話して外貨両替の予約を入れる。
何しろ、初めて行く国。何でも言われたとおりにするしかない。楽しい旅にしよう!
これから、持参する水と食料を買いに自転車に乗って出かけよう。そう、今日も一日元気を出して!
書き忘れている。昨日はタブレットが気に入ったので110歳になる母を持つ友だちに電話してそれを教えてあげる。話していると母上の容態がよくないらしい。3月にお会いしたばかり。聞いて驚く!
また昨日は、古澤巌のチケット代金を郵便振り替えで送金する。岩国の会場へ電話して前から4列目の席を確保。これで8月末まで聞きに行く楽しみが待っている。
もう一度、今日も元気で!
2013年5月20日月曜日
『旅だから出逢えた言葉』
昨日は雨の中、泳ぎに出かける。雨の降る日は泳いだ後、ドライヤーで髪を乾かしても乾かない。だが、昨日を逃すと当分泳ぎに行かれそうにない。そう思ってプールへ行く。
雨が降っていてもさすがに日曜日の午後。大・小2つのプールは子供連れの親子などで賑わっている。プールに入ると先客がいる。その人に泳ぎが遅い旨、断って泳ごうとする。すると「よく泳ぐね」と泳ぐ前に言われる。そう聞いて不思議がると「いつも見ている」といわれる。
泳ぐとき度入りのゴーグルをつけている。だが、それでもコンタクトほどよく見えない。そのためプールで声を掛けてもらっても顔を覚えていない。次にプールで会っても知らぬ振りをしてしまいそう。目が悪いことも断って泳ぎ始める。
昨日は泳ぐ人が多かった。18往復して早めに引き上げる。家に着くと友だちから電話がかかっている。すぐに掛けなおすと放送大学にいるという。それにしても友だちは精力的に動き回っている。いつ、ゆっくりしているのだろう。見習わなくてはいけない。
以下はいつものように図書館で借りた『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静 小学館、2013年)を読んで抜粋したもの。ここに記そう!
筆者の今の奥さんはカトリックの信者。そのためか、この15年位前から出かけた外国への旅もスペインなどのカトリックの国の話が多い。その旅を通して出逢った言葉を話題にして文を書いている。
「人間は何かを失ってはじめて、その大切さ、その慈愛に気付く。家族、肉親、友との死別がそうである。母国語にはそれと似た普段は見えない言語の愛のようなものが内包されている。この国の言葉は、その国にしかない風土、暮らす人の精神がさまざまな言葉、音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。言葉にはその国の人々の祈り、希望、忍耐・・・・といった生きてきた証が宿っている。私たちは自分たちの言葉を大切にしているだろうか。日本語が失せるということは日本人がこの世からいなくなることである。」(58-59p)
「この本(小泉信三著『読書論』(岩波新書版))のなかで、森鴎外も同じようなことを言っていた段が紹介してあった。本を閉じて、昼間のモネとモーダンのことを思った。子供の描いた風刺画はすぐに褒められ、小遣い稼ぎにもなる。しかし、それはすぐに失せてしまう類のものだ。“すぐに役に立つものはすぐに役にたたなくなる”、至言である。旅先で読んだ本が偶然に物事を教えてくれた。印象的な旅となった。」(73p)
「若い人たちに旅をすすめるのは、広く見聞を深めることもあるが、私は若い時に、自分が一人であるのを知ることが一番大切なことのように思うからである。一人とはすなわち個であり、孤独であるということだ。・・・自分という存在は先ず独りで歩いて行かねばならないことを身を以って知るには、誰一人知り合いのいない海外での一人旅はいいのかもしれない。(若い女性にはすすめられないが、と筆者は断わって書いている)・・・孤独を知れば己の弱さも見えるし、何より家族の愛情、仲間の友情というものがいかに素晴らしいものかがわかってくる。これを経験した人と、そうでない人はやがて生きる姿勢に大きな違いが出てくる。海外に旅に出て、寂しさを感じるときは間間ある。」(75p)
「人は善き大人でありたいと願う。善き大人の条件のひとつにその人が善き友を持っているかが挙げられる。そしてその友の中に、その人より歳が若く、しかも尊敬できる友がいるなら、その人はいい出逢いをしたと言えるのではなかろうか。若い人と出逢い、語らい、さまざまなものを教えられる時、私は人生はなかなかのものだと思う。」(133p)
筆者のいう「その人より歳が若く、しかも尊敬できる友」はいる。大半の友は若い。そしてどのヒトも尊敬している。筆者にいわせれば「いい出逢い」をしているのだろう。
「ピレネー山脈を下った場所にパンプローナというちいさな町がある。・・・このパンプローナから南へ行くと、ハビエルというちいさな町がある。そこに古いお城がある。ハビエル城。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの生まれたい家が、このハビエル城である。この城の中のちいさな部屋に、古い椅子があるのを何年か前に知った。・・・今は聖人となり、オーストラリア、ニュージランド、ボルネオ、中国、東インド諸島、日本のキリスト教守護聖人となっているザビエルが少年時代に思索する折、座っていた椅子である。・・・椅子に座るとたったひとつの窓から外を眺めることが出来た。そこにピレネー山脈と青空が広がっていた。」(38-39p)
2年弱前にスペインへ出かけた時、ハビエル城へ行った。この「ピレネー山脈と青空が広がっていた」はまったくその通りだった。何か物寂しげな城だけれど、この青空にそびえる廃墟の城はとても新鮮に目に映っている!
「ヨーロッパに日本人の人となりを最初に伝えたのはザビエルだった。ゴアにいる友人にあてた手紙にザビエルの率直な日本人の印象が記してある。『日本についてこの地で私たちが経験によって知りえたことをお知らせします。~この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本字より優れている人々は見つけられないでしょう。』~」(40p)
「『プラド美術館の三時間の訪問がもたらす最高の成果は、きっともう一度訪ねねばならないと感じることであろう。』(『プラド美術館の三時間の』の序章でドールスが語った言葉)九十年も前にひとりの美術家が語った言葉が、私には今、まさに真実だと感じられる。・・・美術館とは不思議な世界である。そこの足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。」(204-205p)
プラド美術館では筆者の述べているように3時間から4時間は訪問した。今でも鮮明にこの美術館を思い出す。知人とパンフを手にして、掲載されている絵画などほとんどは見て廻ったことを・・・。
「運が良かったのだと思う。不思議と手を差しのべてくれる人が次から次にあらわれ、青年は旅へ身をおく生き方ができるようになった。旅へ出てみると、そこには自分が見も知らないものがあふれていた。文明、文化以上の、ここに人間が生きている証がいかなる土地にもあった。・・・それでも旅を続けたのは、自分がどこか何かが待つ土地があるのではと思ったからである。」(219-220p)
「なぜ人は旅に出るのか。
なぜ人は旅に焦がれるのか。
何故人は故郷を離れようとするのか。
それは永遠の謎のように思う。人類がこの土地に誕生した時から、私たちの体のどこかに“旅へ出なさい”と言う声が消えずに残っているのではないかと思う。」(220-221p)
もう少しするとまた旅に出る。ツアーの旅なので本来の旅とは趣を異にするかもしれない。とはいっても最後のこの筆者の言葉は当てはまる。なぜ異郷に出かける旅をするのだろう。ともあれ楽しい旅をしよう!そして今日一日も楽しく過ごそう!
雨が降っていてもさすがに日曜日の午後。大・小2つのプールは子供連れの親子などで賑わっている。プールに入ると先客がいる。その人に泳ぎが遅い旨、断って泳ごうとする。すると「よく泳ぐね」と泳ぐ前に言われる。そう聞いて不思議がると「いつも見ている」といわれる。
泳ぐとき度入りのゴーグルをつけている。だが、それでもコンタクトほどよく見えない。そのためプールで声を掛けてもらっても顔を覚えていない。次にプールで会っても知らぬ振りをしてしまいそう。目が悪いことも断って泳ぎ始める。
昨日は泳ぐ人が多かった。18往復して早めに引き上げる。家に着くと友だちから電話がかかっている。すぐに掛けなおすと放送大学にいるという。それにしても友だちは精力的に動き回っている。いつ、ゆっくりしているのだろう。見習わなくてはいけない。
以下はいつものように図書館で借りた『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静 小学館、2013年)を読んで抜粋したもの。ここに記そう!
筆者の今の奥さんはカトリックの信者。そのためか、この15年位前から出かけた外国への旅もスペインなどのカトリックの国の話が多い。その旅を通して出逢った言葉を話題にして文を書いている。
「人間は何かを失ってはじめて、その大切さ、その慈愛に気付く。家族、肉親、友との死別がそうである。母国語にはそれと似た普段は見えない言語の愛のようなものが内包されている。この国の言葉は、その国にしかない風土、暮らす人の精神がさまざまな言葉、音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。言葉にはその国の人々の祈り、希望、忍耐・・・・といった生きてきた証が宿っている。私たちは自分たちの言葉を大切にしているだろうか。日本語が失せるということは日本人がこの世からいなくなることである。」(58-59p)
「この本(小泉信三著『読書論』(岩波新書版))のなかで、森鴎外も同じようなことを言っていた段が紹介してあった。本を閉じて、昼間のモネとモーダンのことを思った。子供の描いた風刺画はすぐに褒められ、小遣い稼ぎにもなる。しかし、それはすぐに失せてしまう類のものだ。“すぐに役に立つものはすぐに役にたたなくなる”、至言である。旅先で読んだ本が偶然に物事を教えてくれた。印象的な旅となった。」(73p)
「若い人たちに旅をすすめるのは、広く見聞を深めることもあるが、私は若い時に、自分が一人であるのを知ることが一番大切なことのように思うからである。一人とはすなわち個であり、孤独であるということだ。・・・自分という存在は先ず独りで歩いて行かねばならないことを身を以って知るには、誰一人知り合いのいない海外での一人旅はいいのかもしれない。(若い女性にはすすめられないが、と筆者は断わって書いている)・・・孤独を知れば己の弱さも見えるし、何より家族の愛情、仲間の友情というものがいかに素晴らしいものかがわかってくる。これを経験した人と、そうでない人はやがて生きる姿勢に大きな違いが出てくる。海外に旅に出て、寂しさを感じるときは間間ある。」(75p)
「人は善き大人でありたいと願う。善き大人の条件のひとつにその人が善き友を持っているかが挙げられる。そしてその友の中に、その人より歳が若く、しかも尊敬できる友がいるなら、その人はいい出逢いをしたと言えるのではなかろうか。若い人と出逢い、語らい、さまざまなものを教えられる時、私は人生はなかなかのものだと思う。」(133p)
筆者のいう「その人より歳が若く、しかも尊敬できる友」はいる。大半の友は若い。そしてどのヒトも尊敬している。筆者にいわせれば「いい出逢い」をしているのだろう。
「ピレネー山脈を下った場所にパンプローナというちいさな町がある。・・・このパンプローナから南へ行くと、ハビエルというちいさな町がある。そこに古いお城がある。ハビエル城。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの生まれたい家が、このハビエル城である。この城の中のちいさな部屋に、古い椅子があるのを何年か前に知った。・・・今は聖人となり、オーストラリア、ニュージランド、ボルネオ、中国、東インド諸島、日本のキリスト教守護聖人となっているザビエルが少年時代に思索する折、座っていた椅子である。・・・椅子に座るとたったひとつの窓から外を眺めることが出来た。そこにピレネー山脈と青空が広がっていた。」(38-39p)
2年弱前にスペインへ出かけた時、ハビエル城へ行った。この「ピレネー山脈と青空が広がっていた」はまったくその通りだった。何か物寂しげな城だけれど、この青空にそびえる廃墟の城はとても新鮮に目に映っている!
「ヨーロッパに日本人の人となりを最初に伝えたのはザビエルだった。ゴアにいる友人にあてた手紙にザビエルの率直な日本人の印象が記してある。『日本についてこの地で私たちが経験によって知りえたことをお知らせします。~この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本字より優れている人々は見つけられないでしょう。』~」(40p)
「『プラド美術館の三時間の訪問がもたらす最高の成果は、きっともう一度訪ねねばならないと感じることであろう。』(『プラド美術館の三時間の』の序章でドールスが語った言葉)九十年も前にひとりの美術家が語った言葉が、私には今、まさに真実だと感じられる。・・・美術館とは不思議な世界である。そこの足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。」(204-205p)
プラド美術館では筆者の述べているように3時間から4時間は訪問した。今でも鮮明にこの美術館を思い出す。知人とパンフを手にして、掲載されている絵画などほとんどは見て廻ったことを・・・。
「運が良かったのだと思う。不思議と手を差しのべてくれる人が次から次にあらわれ、青年は旅へ身をおく生き方ができるようになった。旅へ出てみると、そこには自分が見も知らないものがあふれていた。文明、文化以上の、ここに人間が生きている証がいかなる土地にもあった。・・・それでも旅を続けたのは、自分がどこか何かが待つ土地があるのではと思ったからである。」(219-220p)
「なぜ人は旅に出るのか。
なぜ人は旅に焦がれるのか。
何故人は故郷を離れようとするのか。
それは永遠の謎のように思う。人類がこの土地に誕生した時から、私たちの体のどこかに“旅へ出なさい”と言う声が消えずに残っているのではないかと思う。」(220-221p)
もう少しするとまた旅に出る。ツアーの旅なので本来の旅とは趣を異にするかもしれない。とはいっても最後のこの筆者の言葉は当てはまる。なぜ異郷に出かける旅をするのだろう。ともあれ楽しい旅をしよう!そして今日一日も楽しく過ごそう!
2013年5月19日日曜日
“プログレス”
朝から雨が降り続く。今日は一日雨になるのだろうか。泳ぎに行く予定だが、さてどうしよう。
泳ぎといえば昨日予定していた。ところがお昼前、友だちからお稽古事を済ませて自宅最寄駅に向かっているとの電話がかかる。折角の電話。召集令状と思い、すぐ向かう旨、返事をする。
最寄駅で合流し、JRに乗って広島駅でお昼を食べる。だが、昨日はカープの試合がある日。駅構内は子供連れの親子で溢れている。少し待って、駅南口の“酔心”に入る。
友だちは食事後、日本画を習いに隣の駅まで出かけ、その後、美術館を経てその打ち上げに行くという。それにしても大変なスケジュールで驚いてしまう。
友だちと別れると家に戻り、お昼寝タイム。たった3日間、朝まともに起きた。ところがそれは寝不足になるのか、眠たくて仕方ない。
少し眠ると頭もさえてくる。夕飯は近くの友だちと一緒に食べに行く。午後5時開店と同時に入店する。いつもの如く決まった席に座って他愛無いことをしゃべっては食べて飲む。
こういうことができるのも元気な証拠。お昼を一緒に食べた友だちは、夕食は特別な食事をとっているいう。その話を聞くと何でも美味しく食べられることは幸せかもしれない。
今朝訪問したヒトのブログに乙武氏のツイッターを見て、それに関するコトが書いてある。先ほどそのツイッターを初めて訪問する。電話予約を入れたお店に入ろうとすると車椅子のため入店できない。そのお店の対応の悪さをツイートする。それに対して外野がガヤガヤとののしるフォローがある。
それを見ていて、外野の声が許せない!母を長く介護した経験から、車椅子の人の気持ちの配慮が欠けている。
昨日のお昼、友だちと最寄駅で合流した際、友だちは膝が痛いらしく、駅ホームまでエレベータを利用する。このエレベータで思い出す。これが完成したら、車椅子を押して母を遠くまで連れ出せる、と楽しみに待っていた。だが、それも間に合わず。その話を昨日会った友だちにしたばかりだった。
今の世の中、体の不自由なヒトに対してかなり進歩(ブログのヒトから番組の主題歌としての“プログレス”を知る。)している。それなのにレストランの経営者は車椅子利用と事前に告げなかったことを問題にする。結果的にはレストラン側が謝罪する。
健常者であれば電話予約する際、あらためて健常者です、とは告げない。
今朝のヒトのブログを見て車椅子を利用していたころの母を思い出す。そして“プログレス”を知る。
今日も元気で!
泳ぎといえば昨日予定していた。ところがお昼前、友だちからお稽古事を済ませて自宅最寄駅に向かっているとの電話がかかる。折角の電話。召集令状と思い、すぐ向かう旨、返事をする。
最寄駅で合流し、JRに乗って広島駅でお昼を食べる。だが、昨日はカープの試合がある日。駅構内は子供連れの親子で溢れている。少し待って、駅南口の“酔心”に入る。
友だちは食事後、日本画を習いに隣の駅まで出かけ、その後、美術館を経てその打ち上げに行くという。それにしても大変なスケジュールで驚いてしまう。
友だちと別れると家に戻り、お昼寝タイム。たった3日間、朝まともに起きた。ところがそれは寝不足になるのか、眠たくて仕方ない。
少し眠ると頭もさえてくる。夕飯は近くの友だちと一緒に食べに行く。午後5時開店と同時に入店する。いつもの如く決まった席に座って他愛無いことをしゃべっては食べて飲む。
こういうことができるのも元気な証拠。お昼を一緒に食べた友だちは、夕食は特別な食事をとっているいう。その話を聞くと何でも美味しく食べられることは幸せかもしれない。
今朝訪問したヒトのブログに乙武氏のツイッターを見て、それに関するコトが書いてある。先ほどそのツイッターを初めて訪問する。電話予約を入れたお店に入ろうとすると車椅子のため入店できない。そのお店の対応の悪さをツイートする。それに対して外野がガヤガヤとののしるフォローがある。
それを見ていて、外野の声が許せない!母を長く介護した経験から、車椅子の人の気持ちの配慮が欠けている。
昨日のお昼、友だちと最寄駅で合流した際、友だちは膝が痛いらしく、駅ホームまでエレベータを利用する。このエレベータで思い出す。これが完成したら、車椅子を押して母を遠くまで連れ出せる、と楽しみに待っていた。だが、それも間に合わず。その話を昨日会った友だちにしたばかりだった。
今の世の中、体の不自由なヒトに対してかなり進歩(ブログのヒトから番組の主題歌としての“プログレス”を知る。)している。それなのにレストランの経営者は車椅子利用と事前に告げなかったことを問題にする。結果的にはレストラン側が謝罪する。
健常者であれば電話予約する際、あらためて健常者です、とは告げない。
今朝のヒトのブログを見て車椅子を利用していたころの母を思い出す。そして“プログレス”を知る。
今日も元気で!
2013年5月18日土曜日
「犬も歩けば棒にあたる」
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はまさにそうだった。
昨日の午前中は姉夫婦と一緒に墓参りをする。姉は庭先に咲いているグラジオラス、カラー、芍薬などを手に抱えて我が家にやってくる。その一部を仏壇前の大きな花瓶に活ける。
墓参りを終えると自転車に乗って再度外に飛び出す。初夏の風に吹かれて気持いい。
午後からは、友人が出品する絵画展を見に美術館へ出かける。特別展のない美術館は静まり返っている。だが、美術館の地下の展示室4室はいずれもどこかのグループが展示している。友人のところは油彩、水彩やデッサンなどだ。友だちは昨年出かけたイタリアの風景をバックにした人物画を5点出品。
絵画に疎いモノにとって何がいいのか悪いのかよくわからない。だが、見ていていいと感じるものはいいのだろう。友人も上手に描いている。習って5,6年になるらしい。だが他の人は何十年選手だとか。上手いはずである。
左隣の展示室を覗くと七宝展。この焼き物も小物ではなく絵画として創作している。なかなか見る機会もなくすばらしかった。創作方法を知りたくなるほど緻密にできている。だが、係りは接客中で聞けず。後でネットで検索しよう。
右隣の展示は墨画展。30数年前、水墨画を習ったことがある。会場を見渡すと今年から教えているというヒトから名刺を貰う。そしてしきりに、「電話をかけてください」と言われる。どうも習いに来てくださいという意味らしい。だが展示してある作品を見ても墨は薄く、作品の大半は書だった。
書の書体も好みでなく習いたい気持にならない。だが名刺をくれた人と話すとその人がはじめについた先生と私の以前の先生は同じ人だった。だがその先生も4年前に他界されている。
3箇所の展示を見終えて友人と受付で話をする。話している間にも会場に人がやってくる。そのなかには隣の美術館の一番偉い学芸員も見に来られている。友人はその人としきりに会話する。後で知ったことだが、となりの墨画についても話したらしい。もうこれ以上書くのはよそう。
友だちは昨夜遅く、電話をかけてくる。その墨画を習うのでは?と心配してくれる電話だった。その場でその感想を一言ももらしていない。それくらい疑問に感じていた。だから習う気持ちはさらさらない。そう告げると安心してくれる。
昨夜の友人はコーラスをすすめてくれた人。会うとすぐ、来週から始めるコーラスの会場までの地図をくれた。その人は出品した人物画や水彩、油彩も同じ先生に習っている。その先生は広島でも有名な先生で自宅アトリエで習っているという。油絵もすすめてくれる。だが一度に新たなことを始めるのは大変。その人もそういってくれる。
しかし、いつか油絵も習ってみたい。新たなことに挑戦する気持ちがなくなったら老いぼれてしまう。そう、好奇心がなくなってはいけない。
長沼氏の昨日のツイッターを見ると「好奇心」を「おもいやり」とともに人間の持つ美徳だとスペシャル・インタビューで話している。
それは情報オピニオン誌「水マネジメント 2013 VOL.21」。ネットで見ると「ホモサピエンスはどこへ向かうのか 人間の本質を理解することから始めよう 長沼毅」。
その一部を引用すると「経験から得られる思いやりと好奇心」では、「思いやりは、人間が持つもう一つの美徳である『好奇心』と裏腹の存在です。好奇心は人間に特有のもので、私は一番美しいと思っています。過去を参照しながら新しいものをイマジネーション、イノベーションを起こすのが好奇心だとすると、相手のこころの中をおもんばかり、想像し、検証し、自分の言動を軌道修正するのが思いやりです。想像力の欠如と思いやりの無さは、根本的に同じことだと思います。」。
昨日の友人は思いやりのあるヒト。昨夜は午後8時まで当番の受付らしく、一人途中で会場を後にする。ところが、何と嬉しいニュースが目の前に飛び込む。
美術館を出る間際、情報ボックスのところで古澤巌が岩国シンフォニアでコンサート開催のチラシを見つける。嬉しかった!すぐにそれを手にして友人のところへ引き返し、知らせる。
そこでまた他の人も加わってコンサートの話になる。そのとき、友人と一緒にいた人の口から「マーブリング」を聞く。初めて聞く言葉。「マーブル」といえばマーブルチョコレートくらいしかわからない。
その初対面の人から美術館へ来るまでしていたというマーブリングのマーブル・ペーパーをもらう。これで絵を描くようにとのことらしい。
そして昨夜遅くかかってきた友人の電話では昨夜知り合った人と3人でいつか食事に行く話も出る。
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はそんな一日だった。やっぱり家でじっとしていてはいけない!?
今日も元気で楽しい一日にしよう!そして古澤巌のチケット、早く入手しよう!
昨日の午前中は姉夫婦と一緒に墓参りをする。姉は庭先に咲いているグラジオラス、カラー、芍薬などを手に抱えて我が家にやってくる。その一部を仏壇前の大きな花瓶に活ける。
墓参りを終えると自転車に乗って再度外に飛び出す。初夏の風に吹かれて気持いい。
午後からは、友人が出品する絵画展を見に美術館へ出かける。特別展のない美術館は静まり返っている。だが、美術館の地下の展示室4室はいずれもどこかのグループが展示している。友人のところは油彩、水彩やデッサンなどだ。友だちは昨年出かけたイタリアの風景をバックにした人物画を5点出品。
絵画に疎いモノにとって何がいいのか悪いのかよくわからない。だが、見ていていいと感じるものはいいのだろう。友人も上手に描いている。習って5,6年になるらしい。だが他の人は何十年選手だとか。上手いはずである。
左隣の展示室を覗くと七宝展。この焼き物も小物ではなく絵画として創作している。なかなか見る機会もなくすばらしかった。創作方法を知りたくなるほど緻密にできている。だが、係りは接客中で聞けず。後でネットで検索しよう。
右隣の展示は墨画展。30数年前、水墨画を習ったことがある。会場を見渡すと今年から教えているというヒトから名刺を貰う。そしてしきりに、「電話をかけてください」と言われる。どうも習いに来てくださいという意味らしい。だが展示してある作品を見ても墨は薄く、作品の大半は書だった。
書の書体も好みでなく習いたい気持にならない。だが名刺をくれた人と話すとその人がはじめについた先生と私の以前の先生は同じ人だった。だがその先生も4年前に他界されている。
3箇所の展示を見終えて友人と受付で話をする。話している間にも会場に人がやってくる。そのなかには隣の美術館の一番偉い学芸員も見に来られている。友人はその人としきりに会話する。後で知ったことだが、となりの墨画についても話したらしい。もうこれ以上書くのはよそう。
友だちは昨夜遅く、電話をかけてくる。その墨画を習うのでは?と心配してくれる電話だった。その場でその感想を一言ももらしていない。それくらい疑問に感じていた。だから習う気持ちはさらさらない。そう告げると安心してくれる。
昨夜の友人はコーラスをすすめてくれた人。会うとすぐ、来週から始めるコーラスの会場までの地図をくれた。その人は出品した人物画や水彩、油彩も同じ先生に習っている。その先生は広島でも有名な先生で自宅アトリエで習っているという。油絵もすすめてくれる。だが一度に新たなことを始めるのは大変。その人もそういってくれる。
しかし、いつか油絵も習ってみたい。新たなことに挑戦する気持ちがなくなったら老いぼれてしまう。そう、好奇心がなくなってはいけない。
長沼氏の昨日のツイッターを見ると「好奇心」を「おもいやり」とともに人間の持つ美徳だとスペシャル・インタビューで話している。
それは情報オピニオン誌「水マネジメント 2013 VOL.21」。ネットで見ると「ホモサピエンスはどこへ向かうのか 人間の本質を理解することから始めよう 長沼毅」。
その一部を引用すると「経験から得られる思いやりと好奇心」では、「思いやりは、人間が持つもう一つの美徳である『好奇心』と裏腹の存在です。好奇心は人間に特有のもので、私は一番美しいと思っています。過去を参照しながら新しいものをイマジネーション、イノベーションを起こすのが好奇心だとすると、相手のこころの中をおもんばかり、想像し、検証し、自分の言動を軌道修正するのが思いやりです。想像力の欠如と思いやりの無さは、根本的に同じことだと思います。」。
昨日の友人は思いやりのあるヒト。昨夜は午後8時まで当番の受付らしく、一人途中で会場を後にする。ところが、何と嬉しいニュースが目の前に飛び込む。
美術館を出る間際、情報ボックスのところで古澤巌が岩国シンフォニアでコンサート開催のチラシを見つける。嬉しかった!すぐにそれを手にして友人のところへ引き返し、知らせる。
そこでまた他の人も加わってコンサートの話になる。そのとき、友人と一緒にいた人の口から「マーブリング」を聞く。初めて聞く言葉。「マーブル」といえばマーブルチョコレートくらいしかわからない。
その初対面の人から美術館へ来るまでしていたというマーブリングのマーブル・ペーパーをもらう。これで絵を描くようにとのことらしい。
そして昨夜遅くかかってきた友人の電話では昨夜知り合った人と3人でいつか食事に行く話も出る。
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はそんな一日だった。やっぱり家でじっとしていてはいけない!?
今日も元気で楽しい一日にしよう!そして古澤巌のチケット、早く入手しよう!
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