2025年4月23日水曜日

『戦雲の夢』&菜の花

 昨日と今日の2日間、さっぱりしないお天気だ。が、明日からは好天に恵まれそうだ。今朝、郵便受けの朝刊をとろうとすると司馬遼太郎記念館会誌春季号が届いている。菜の花忌の記事が大半だが後でゆっくり読もう。我が家の狭い庭には記念館から送られた菜の花の種が芽を出して今が盛りとばかりに花を咲かせている。地植えの菜の花は大きくなりすぎて抜いてしまった。一方、植木鉢に植えた菜の花は大きくならず、これも鉢から抜いて地にほったらかしにした。その菜の花が今盛りと咲いている。

 以下は『戦雲の夢』(司馬遼太郎 講談社、2019年第3刷)から気になる箇所を記した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★盛親は酒をふくみ、不意にそれを吐きだして、「田鶴」といった。田鶴は、太守の沈思に遠慮して息をひそめていたのだが、盛親の声にはっと目がさめたように眸を見ひらいた。「おれのわるいくせだな。いざとなって、とつおいつ考えるのは」「なんのことか存じませんけれども、田鶴は小さいときから、父から、ものには裏と表がある。表のみ見、裏のみ見るのは愚者の目だが、愚者には愚者の仕合せがある。賢者はその二つを見ることができるが、表裏見えるためにかえってなにもできない。しかし、人傑は、その表裏がみえ、しかもその一方をとって断じて行う者のことだ、とききました。殿様は、おつむりがよすぎるのでございましょう」「人傑ではないと申すのだな」「まだわかりませぬ。まだお若いのでございますもの」(174p-175p)

★「食いかねているのに太るとは、よほどいまの生活が気に入っているのだろう」「髀肉の嘆(ひにくのたん)、とおおせなされ」蜀の劉備が荊州の劉表の陣営に身を寄せて失意の日を送っていたとき、ひさしく馬に乗って戦場に出ないために脚部に脂肪がたまった。そういう故事から出た言葉だが、弥治兵衛がことさらにその言葉を使ったのは、盛親に劉備のごとく捲土重来(けんどちょうらい)の志があるか、という意味を暗に示してみせたつもりなのだ。(261p)

★(おろかなことだ)と盛親はおもった。そのような安住よりも身を焼くような苦悩のほうをおれはえらぶ、とおもった。(が、身を焼く苦悩とはどういうものだろうか。考えてみれば、それさえ自分にはないではないか)それは妙な実感だった。盛親は、崖の松さえつかんでいない自分にはじめて気がづいたのである。自分を救うために足掻(あが)いたことはなかった。かつて一度もなかった。ただ自然の流れに任せて長曾我部家の世子になり、土佐の太守になり、さらにその位置から消えた。一度といえども太守になるために努力をしたことはなく、太守の位置から落ちまいとあがいたこともなかった。林豪はひとはたれでも断崖の松をにぎっているといったが、うまれつきそういうものをにぎったことのない自分に、盛親はいま愕然と気づいたのだ。(なんということだ)長曾我部盛親といえば、かつては諸侯の世子のなかで、出色の者であるといわれた。その武勇と才質において卓越した天秤をもってうまれた。それがただ、なすところもなく三十余年を生きてきたにすぎないではないか。(おどろいた男だ。おれは)自分をふりかえれば、見たこともない動物がそこにいるように思われた。(おれはいったい何者だ。おれの人生はどうつくりあげねばならないのか)が、すでに遅かった。いまになって気づいても、すべてが失われている自分に、なにをするすべがあるのだろう。(331p-332p)

★そのころになると、盛親はようやく自分の心理が理解できるようになっていた。実をいえば、加東田平次の顔をみて不快を思うたびに、盛親の心は、かつて味わわなかったほどの急速な変化をとげつつあったのだ。(林豪坊主の教えはまやかしにすぎぬわ)盛親は、むしろ林豪の人生訓の逆を悟った。断崖の松をつかむ以外に自分の生きる道はない、――と盛親は思う。むかし、会稽山で呉軍にやぶれた越王勾践(えつおうこうせん)が敗戦の屈辱の中に自分を置くことができたのは、ひとすじに宿敵である呉王夫差(ふさ)への復讐を念じつづけていたからだろう。復讐という明確な目的があったればこそ、屈辱の生活に耐えることができた。盛親の場合、関ヶ原の復讐というよりも自分の青春に復讐をすべきであった。長曾我部家をほろぼし、家臣を路頭に迷わせた自分の恥多き青春に対して、残る余生はその復讐に費やすべきであった。復讐とはほかでもなかった。ふたたび戦野に長曾我部家の旗をたてることではないか。(335p-336p)

★自分の運を愛さないものに運は微笑しない。女運ばかりではない。男としての人生の運さえも同じことだ。盛親は、自分の運のわるさについて、そう考えるようになっていた。(おれは、かつて、おれ自身に惚れこんだことがなかった。自分に惚れこみ、自分の才を信じて事を行えば、人の世に不運などはあるまい。運は天から与えられるものではない。おれが不運だったとすれば、自分自身に対してさえおれは煮えきったことがなかったせいだろう)盛親は、いつほどか考えぶかい男になっていた。右衛門太郎のころから思えば、盛親はそのころの快活さはなくなりはしたが、そのぶんだけ、年よりも老熟した知恵がそだちはじめているようだった。(341p-342p)

★盛親は、ようやく自分の人生を発見した。盛親は、天にむかって血の最後の一滴まで賭けようと思った。(いままでのおれは、事の成否を考えすぎていた)と思った。(お里のいうように、自分を賭けるだけでよい。賭ける、というそれだけのなかに、男の人生がある。賭けの結果は、二のつぎにすぎない)盛親の唇がしだいにほころび、やがて低い含み笑いが、精悍なその歯から漏れた。――お里は、ふとおびえた。そこに、鷹がいた。嘴を上げ、しずかに笑いはじめたような気が、お里にはした。(391p)

2025年4月22日火曜日

「てくてく歩き……」の旅の本

 近いうち、山口に出かける予定で新幹線と宿は決めている。が、出かける観光地は湯田温泉と決めているだけで他の観光地を詳しく決めていない。山口の観光ガイドは図書館で借りるが今一歩の感じだ。最近、観光ガイドで気に入っているのはブルーガイドの「てくてく歩き 奈良」といった「てくてく歩き……」がついている本だ。これは「歩いて見つける日本の旅ガイド」「気ままにゆっくりていねいに」「車より電車と徒歩で」といったサブタイトルがついているように自分のような一人旅にあてはまる。しかし、この山口版がまだ発行されてないのか見当たらない。

 そう思いながらも旅の供には何かしらのガイドが必要だ。ひらめいたのがスマホ。湯田温泉界隈の観光コース、山口市内の観光ルートなどのキーワードで検索するといいコースがあった。この2件をスマホ画面に追加する。

 3年前、コロナ禍がまだ収まっていなかったころ、思いついたのが一人旅だった。その時、家のパソコンだけでは無理があると思ってガラケーからスマホに機種変更した。買い替え時の旅ではスマホを駆使できず戸惑いながらの旅となった。ところが年月が経つとスマホにも慣れてくる。宿の予約、目的地までの新幹線の予約、NAVITIMEによる行程確認、そして観光地の情報など全てとも言えるほどスマホ頼みになっている。

 ずっと前までは個人的に旅をしようとすればJTBなどに出かけてこれからの情報を得ていた。が、今はそれもなく、自分で家に居ながらにして予約など全てできるいい時代になった。これはいまの時代を一人で生きる者にとって、さらに一人旅をするものにとっては大きな恩恵になっている。

 山口の旅が終わらないうちから頭をよぎる次の旅。これは佐賀に宿を決めた。そして次は?と思いつつスマホのメモ欄にとりあえずこれから行きたい場所を順番に記す。暑くなる前までが最高の観光シーズンだ。生き急ぐつもりはないが先がそう遠くないと思うのか、できるだけ行きたいところへは早く行こうと思っている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年4月21日月曜日

桔梗が芽を出した!

桔梗が芽を出した

 昨年、桔梗の鉢植えを買ってすぐに大きな鉢に植え替えた。鉢植えのためか背丈は低いが何輪か花を咲かせた。花の時季が過ぎてそのままにしていたら最近、その鉢を見ると芽を出している。新芽は3株あり、うち1株は別の鉢に植え替えた。

 以前から桔梗やリンドウといった紫の花に惹かれる。桔梗はこれまで何度か鉢植えなど買ったが今回初めて年を越して芽を出した。多年草の桔梗なので毎年、花が咲くといい。多年草といえばほかにもポットに入ったナデシコを2株購入した。それは購入後、土に植え替えた。が、ナデシコはずっと咲き続けるのかどんどん新たな葉っぱを出して大きくなっている。

 我が家の狭い庭だが、だいぶ前にネットで多年草を植えると毎年花が咲く旨の記事を読んだ。まさにナデシコも桔梗も多年草だ。秋になって桔梗の花が咲くのは楽しみだ!
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年4月20日日曜日

魔の土曜日!?

 自宅最寄り駅でICOCAをチャージする。が、1万円札を入れてチャージするもできない。その様子を見ていた駅員が近づいてきて代わりにチャージしてくれる。が、やはりチャージできない。3名いる駅員はお札を確認しに事務室に入る。うち1人はこちらをじっと見ている。もしかして偽札?と思ったのか何やらお札を機械にあてている。しばらく経って1万円札を両替してくれ、千円札10枚でチャージしてくれた。大丈夫だった。

 先日来から魔の土曜日、を意識する。まさに昨日は土曜日だ。これが昨日の魔の土曜日!?気を取り直して日本画教室に行くためにJRに乗る。横川駅で下車後、改札を出ようとすると某会の人と出くわす。囲碁を子供たちにボランティアで教えておられ、その帰りらしい。しばし立ち話をする。その人は油絵やギターなどを習っておられる。別れ際、昨年と一昨年に出品された油絵の絵ハガキをそれぞれ下さる。家に帰ってそれを見ると自身がギターを弾いている姿を絵にされている。しかもその絵は賞をいただいていた。

 昨日の教室では次に描く絵のパネルに地塗りする。ひっそりとした室生寺を描きたい。先生は描く予定のカラーコピーを見て奥深い森に室生寺の五重塔が佇むのがいいとのこと。しかし寺院の屋根が横に写っている。それをなくすことにした。今日はこれからそのコピーをA3サイズにコピーしにコンビニに行く。

 昨日は27度と暑かった。今朝は雨が降り出した。今日の行動は雨が止んでからになりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年4月19日土曜日

独りプールで泳ぐ

 季節は一気に夏になったようだ。暖かいを通り越して暑くなる。今週はよく動いている。が、季節もいいので泳ぎに行く。500m泳いだ。うち100mをクロールで泳ぎ、400mは背泳ぎで泳ぐ。プールは25mコースが3コースあり、決して大きなプールではない。そのうち1コースは水中歩行専用で残り2コースで泳ぐ。その2コースも1コースは浅いプールで泳ぐ人もいれば歩く人もいる。昨日は泳ぐ人は誰もいなくてただ一人、泳ぐ。

 泳いだ後、選手などは出口を背にして会釈してプールを後にする。それを見ていると選手のプールに対する愛着を感じる。野球選手も球場に入る際と出る際に会釈して出入りする。利用するプールも昨年から運営者が変更したみたいで係はどの人も親切だ。泳いだ後、「ありがとうございました!」のあいさつ代わりに出口で会釈しようとして出ると先に係から「ありがとうございました!」といわれる。なかなか会釈ひとつをとってもタイミングが難しい。

 隣町の循環バスは土日祝日を除く平日に運行される。プールを利用しようと思えばバスの運行時間を見計らって乗らねばならない。行きの時間は12時半発で帰りは14時6分発に乗る。その間に着替えて泳ぐ。お天気がいいので昨日、泳いだ後、バスに乗らずに歩いて帰ろうかと思った。が、無理をしなくても、と思いなおしてバスを待つ。が、帰りのバスは始発でないのでいつ来るかわからない。停留所はあるがこれからは日差しが強くなる。昨日は電柱の陰に隠れて日差しをよけてバスを待った。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年4月18日金曜日

駅ネットで予約

 司馬遼太郎の本を読むのが日課の一つになっている。読む本のすべてとも言えるほど図書館で借りている。その本だが借りて読んでも次の予約はこれまでほぼなかった。ところが今読み終えようとしている『俄』(上)は予約者がいて貸し出しの延長ができない。数年、司馬遼太郎にハマって本を借りて読んでいるが予約者が出たのは初めてだ。この本の貸出期限は本日まで。533頁ある本だがあと43頁読み終えていない。貸出期限は2週間なので借りた時点で期限内で読もうとノルマを課して読む。それも43頁なので今日中には何とか読み終えそうだ。

 次の予約者がなぜ出たのか?を自分なりに調べると司馬作品の大半はどの本も1冊だけの蔵書ではなく、一つの作品が数冊かそれ以上の蔵書になっている。しかし、『俄』は1冊だけの蔵書で誰かが借りて読んでいると予約して借りて読むしかない。

 遊びに行きたいし本も読み終えないといけないと、あわただしく過ごしている。その合間には次の山口の旅の行程も考えねばならない。そして山口の旅の次は?と頭をかすめる。『俄』を読むのを中断して昨日は佐賀行きの宿を物色する。宿が見つかれば次は新幹線の予約になる。いつもなら「おとなび」を利用する。ところが佐賀行きをNAVITIMEで調べるとおとなびの利用も通常の運賃も大差がない。それならば新幹線の変更が可能な通常運賃での予約となった。

 駅ネットで通常の新幹線などの予約をしたことがなかった。が、行きと帰りの列車を駅ネットで予約した。次は佐賀行きの行程を考えねばならない。しかし、頭にひらめく佐賀の地理が思いつかない。すぐに図書館で「佐賀」の観光ガイド本を借りた。佐賀の行程は改めてゆっくりと考えよう。

 先日、地元駅のみどりの券売機で山口行きの発券をしようとしたら先客がマイク越しで予約している。あらかじめネットで予約して発券だけならば時間はかからない。が、券売機の前で予約する人がいるとかなりの時間がかかる。窓口で乗車券などを購入できなくなったのでネットで予約せずに券売機に行くと列ができるはずだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年4月17日木曜日

日本画展を見に行く

 好天に恵まれた昨日、予約していた歯科へ行く。歯科は1時間近くの治療がある。それが終わると急遽、街中へ行こうと思いつく。JRに乗って広島駅につくと新たな広島駅ビルであるミナモアからバス乗り場を目指す。ところが何もわからずミナモアに入ったため、外の出方がわからない。気付けばいつものJRの改札口だ。ミナモアは帰りに立ち寄るとしてバス乗り場に向かう。

 先月末でパスピーの利用ができなくなった。そのためJR、バス共に利用できるICOCAでバスに乗る。しかし、ICOCAは広電バスでは割引が利かない。それはいいとしても以前のようにただタッチすればいいだけと違って乗る前に整理券をとって降りる際タッチする。そのタッチも初めてだとわかりづらい。運転手さんは利用者にその都度、タッチする箇所を説明している。

 八丁堀で下車後、某金融機関が開催する春の日本画展を見に行く。この金融機関は奇特な会社で展覧会の案内は寄こすは、展示の絵ハガキをセットでくれるは、はたまたソファで休んでいるとお茶まで接待してくれる。ましてや出てくるお茶は高級な湯飲み茶わんに入り、最高に美味しいお茶が入れてある。ここに来るといつもこのことに感激する。

 次に向かうは基町クレド11階にあるカルチャーセンター内の画廊で予約していたF6のパネルを取りに行く。ところが4日前に本店に電話で注文したにもかかわらず届いていなかった。たびたび街中に出ないので注文をキャンセル。他の画廊に電話するも前日前の予約でないと無理だという。どこもここもF6のパネルを入手できなくて仕方なく以前に描いた絵をつぶして描くことにした。

 気分を入れ替えて紙屋町から広電に乗り、八丁堀で白島線に乗り換えて県立美術館で下車する。ここで先生たちの広島県日本画協会展をみる。絵を見た後は季節もいいので隣接する縮景園に入る。入園料が4月から値上がりしたがシニアは無料だった。園内の桜は見納めだったが色とりどりの花が咲いて美しい。さらに外国人や結婚式を挙げた花嫁の姿もあった。 

縮景園内

 縮景園で春を感じた後は歩いて福屋駅前店に行き、ここでティータイム。広島駅ビルが新たになったためか福屋もいまだに改装中だ。またここのジュンク堂で「街道をゆく」の11巻と24巻を購入。そして新たになった広島駅ミナモアに行くと人込みに紛れ込む。駅改札口を基点にして歩くがただ人が多いだけだ。駅ビルのガイド本が積まれていたので1冊ゲット。

 駅ホームに出ると列車が動いておらず人であふれかえっている。ましてや昨日はカープの試合がある。人の多さも半端ではない。大幅に遅れた列車を駅ホームで待って何とか我が家へ帰る。ネットを見ると置き去り荷物のせいでJRが不通になったとか。爆発物を警戒しての措置のようだ。

 昨日は駅ビルミナモアの2階までしか歩いていない。次回は上の階に出かけよう!なお万歩計は12201歩だった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!