2025年1月15日水曜日

朝から夢中!

 朝一番の楽しみは地元紙を読むことがある。新聞購読の契約が減少しつつあるそうだが長年、朝、新聞を読む習慣があるのでやめることは考えられない。新聞を読む楽しみはニュースを見るのもそうだが、他にも催しもの案内や旅の情報などがある。今朝、新聞折込みに入っていた「市民と市政」に広島都市圏の催し物がある。それは日帰りツアー。市内の某旅行社の主催で10時前に新聞折込みのQRコードで読み取ると予約待機中だ。10時の申し込み受け付け時刻が近づくと既に満席とある。おかしい?と思って電話すると通じた。そんなことはない、と言われる。

 この会社の旅はネットで予約している。が、手っ取り早い予約は電話、と思って10時ジャストに電話すると予約できた。代金はメールで送られてくる案内でクレジット決済した。

 朝から遊ぶことで夢中になった。まだまだ先の話なのに予約できたので次は本日の予定になる。美術館のギャラリーに出かけて日本画展を見る予定にしている。今日は生憎の曇り空だが時間が経つにつれて晴れるようだ。ただ、風速8mの風が吹くとか。ナニゴトも先延ばしにすると実行できなくなる。元気を出して今日も頑張る!? 

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年1月14日火曜日

杉田玄白「健康の7つのルール」

 2,3日前の ダイヤモンド・オンラインに武光誠の新刊『日本史を生き抜いた長寿の偉人』(青春出版社)から、杉田玄白が実践した7つの健康ルール『養生七不可』を記している。江戸時代としては長命な85歳まで生きた杉田玄白には、健康の7つのルールがあった。以下、その7点を引用しよう。

○昨日の事は恨まない、悔やまない。

○明日の事は悩まない。

○飲み過ぎない、食べ過ぎない。

○腐ったり傷んだりした食べ物は食べない。

○何でもない時に薬を飲まない。

○元気でもむやみに寝所で精気を費やさない。

○体を動かさずに怠ける事を好まない。

 玄白はこの7つのルール、つまり健康のための7つの不可事(ふかじ)を、古希(こき)を迎える前年に『養生(ようじょう)七不可』という刷物に簡易な言葉でまとめて、知人に配っている。玄白は、「病気はなるべく自分自身の摂生(せっせい)で治せ」という考えの持ち主だった。

 上記のことはいまの時代でも当てはまる。というか自分にとってはすべて納得がいく。せいぜい玄白様にあやかって長生きしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年1月13日月曜日

ひらめき2点!

 地元の区民文化センターで開催されたクラシックコンサートに出かける。久々に生の音楽を聴くがやはり生はいい。大半は聞いたこともない曲だったが、何曲かは知っていた。その中にショパンの「ノクターン第20番嬰ハ短調(遺作)」がある。この曲はフルートでさらったのでなじみがある。昨日のコンサートではピアノソロでの演奏だったが聞きながらふとひらめく。昨年の終わりころ、家のリフォームがおわって落ち着いた生活が戻ったらキーボードを買おう、と。ショパンの曲を聴きながらこれをキーボードで弾きたくなる。

 大人になって当時、流行していたエレクトーンをローンを組んで買った。銀行のローンはその時が初めてで最後だが当時はエレクトーンはピアノと同じくらい高価だった。しかし、しょせんエレクトーンは電気製品であり、はやりかわりというか進歩が著しい。そしてエレクトーンはちゃんとしたクラシック音楽の素養が生まれない。10数年もヤマハに通ったがやめてしまった。そして40代になりクラシックの基礎を学びたいとフルートを習い始めた。30年間習ってコロナ禍から今は一人で練習している。

 昨日のショパンの曲はフルート曲集にあるはずだ。曲集はピアノ譜とフルートのパート譜がある。九州の漁師さんが「ラ・カンパネラ」を聞いてその曲を必死に練習して弾けるようになった映像をテレビで見た。ショパンの20番は大変難しい曲だがフルートで吹いているので曲はわかる。今年の大きな夢としてこれをキーボードで弾けるようになる!?夢は夢で終わってもいい。まずはキーボードを買わねば……。

 そしてひらめきと言えばもう一つある。来月、誕生日を迎える。この年まで何となく誕生日が嫌だった。しかし、今年はなぜか考えが変わる。今年の誕生日が人生の節目に当たる年ではない。しかし、なぜか頭をよぎるモノがある。それは自分の誕生日を自分で豪勢に祝う、ということ。これまで長く生きて来て誕生日を記念日として祝おうと思ったことがなかった。が、これから先、元気で生きられるのは何回あるかわからない。そう思ったとき、自分で自分の誕生日を豪勢に祝おうと、頭にひらめく。
 
 昨日早速、その計画を立てる。というか昨年も思って実行できなかったことを昨日は行動に移した。それは誕生日当日、日本旅行の企画商品で個人で新幹線に乗って食事を楽しむプランだ。誕生日の予約はOKだった。この企画はパンフを見る度いつもためらって行動できなかった。ところが昨日、旅行社に電話するととても親切な人で、気軽に予約できた。来年もさらにずっと先も元気でいる限り、誕生日は旅行する!?

 誕生日を意識して行動に移せたことがちょっぴり嬉しかった。豪華な食事を一人でも気後れなくできるように練習しよう。ということで今年の誕生日はめでたい日となりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記)ショパンのノクターンの楽譜を探した。フルートのパート譜はあったがピアノ譜がない。ということはこの曲は曲集を買わずに先生から発表会で吹く曲としてコピーの楽譜をもらったのだろう。2013年のフルート発表会で吹いていた。それを再度、コピーしなおしてフルートで吹ける曲として練習しよう。キーボードでの練習は後日、考える!?その前にキーボードを買わないといけない。

2025年1月12日日曜日

スイートスプリング

薦神社の大木(写真)

 新年初めての日本画教室に出かける。前回は以前描いていた絵をつぶして地塗りをし直した。途中でやめていたので再度地塗りする。人が描いている机で胡粉を出していると袋から全部胡粉が出た。それも机の上に。この様子を見られた先生はすぐにクリアファイルに移し替えられる。その後を、ぞうきんで掃除した。新年早々の教室で慌ててしまった。こんな具合で地塗りが遅くなる。塗り終わると一仕事をした気分になり昨日はそれで終了する。
 
 遅れて教室の人がやってきた。すぐさま各自の机にミカンを配られる。普通のミカンと思ったらスイートスプリングと教わる。手に取ってみるとずっしりと重たい。ネットで調べると元々は静岡でつくられ、水分を多く含むとか。道理で1個が重いはずである。見た目は他の柑橘類に似ている。後でいただこう。

 年の初めに描く絵は中津の薦神社で見た大木だ。先生曰く「得意の点描写で描けるね」。写真をパネルにトレースする際、あまりにも大きな木なのでいつもの絵ほど詳細にトレースできない。絵を描きながら点描写で絵にしてゆくしかなさそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

スイートスプリング

2025年1月11日土曜日

『司馬遼太郎が考えたこと』(15)

 『司馬遼太郎が考えたこと』のシリーズは15巻で終わる。これからは再度、小説を読んでいこう。その合間に「街道をゆく」シリーズを読む。昨日、壷阪寺の記載があるかも、と思って『街道をゆく』(7)を図書館で借りた。しかし、そのなかの「大和・壺阪みち」を読んでも「壺阪寺」は一文字もなかった。ただ、YOU TUBEで見たとおりの「大和・壺阪みち」だった。壺阪みちは司馬が仮に名付けた地名だがかなり奥まった場所にある。

 以下は『司馬遼太郎が考えたこと』(15)(司馬遼太郎 新潮社、平成十八年)から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★この移動式の家のことを、紀元前、司馬遷は「穹廬」(きゅうろ)と、よんだ。穹には、大空という意味がある。また、天井がアーチ状になっているという意味でもある。廬の意味は、仮の家、草庵のことである。が、意味よりも、あるいは匈奴語である(と想像する)ゲル(ghel)という音を、穹廬でもって表音したにちがいない(ついでながら、包(パオ)は、中国語である)。(「草原の暮らしよさ――モンゴル素描」)(21p)

★人間にとって最大の楽しみは人間を見ることなのです。人間が異境に旅したがるのは、そのような知的本能というべきものを満足させたいからでしょう。文化とは、集団が共有している慣習のことです。人間は、文化にくるまって生きているのです。文化という定義は「それにくるまっていると、心が安らぎ、楽しく、安全でさえある」というものです。地球上に、多様な文化があります。人間たちは、それにくるまって楽しく生きています。(「人間について」)(58p-59p)

★私には、自己流の空(くう)の考え方がまとわりついて離れません。自分自身を長い尺度で否定したり、みじかい日々の時間のなかで否定したり、同時に再構築したりしてゆくという習性です。これは。独りの私人の、独りのなかの作業です。悪癖ともいえます。自己が嫌いなのです。が、瞬時に気をとりなおして、自己を肯定的に再構築します。……私には、漱石という巨人と自分を見くらべるような不遜な気分はありませんが、漱石という人にも、そういう性癖があったように思います。年老いて、いよいよ漱石が恋しく慕わしく思われてくるのは、漱石にそういう性癖があって、その部分が、私にとって悲しく嬉しく感じられる成果と思います。漱石が、大好きなのです。とくに、その人間が、です。(「なぜ小説を書くか」)(92p-93p)

★題の風塵というのは、いうまでもなく世間ということである。風塵抄とは、小間切れの世間話と解してもらえればありがたい。……ただ心掛けとしては、風塵のなかにあっての恒心について書こうとしている。恒とはいうまでもなく、つね、あるいはかわらぬもの、ということで、恒心とはすなおで不動のものと言う意味である。ひとびとに恒心がなければ社会はくずれる。(「あとがき『風塵抄』」)(104p)

★二百年間、日本国は”造寺造仏”に精を出しました。大乗仏教は、釈迦の時代の原始仏教とはちがい、大寺という建物をつくり、仏像を鋳造せねばならないので、お金がかかるのです。”国家仏教”たらざるをえませんでした。この”造寺造仏”七〇八年、奈良の都という新首都(平城京)が建設されるころに、頂点に達します。ただし、この首都はわずか七十四年間で捨てられました。僧侶たちが暴慢になったからだといわれています。(「日本仏教小論――伝来から親鸞まで」)(172p-173p)

★孔子が『詩経』についていったことばがあります。「思無邪」ということでした。井上さんの生涯は、その三つの文字に尽きます。今後、こんな人を、私どもは知ることができるでしょうか。(思無邪「井上靖展」)(227p)

★世界の絵画のなかで、清らかさを追求してきたのは、日本の明治以後の日本画しかないと私はおもっている。生きものがもつよごれを、心の目のフィルターで漉しに漉し、ようやく得られたひと雫が美的に展開される。それが、日本画である。その不易の旗手が、秋野不矩画伯であるに相違ない。秋野画伯は上村松園の血脈をひいていると私はおもっている。詩的緊長が清澄(せいちょう)を生むという稀有の系譜である。(菩薩道の世界『秋野不矩 インド)(235p)

★中村元博士の『仏教語大辞典』によると、迦楼羅(かるら)という雷鳥は、ガルダという名でもって、その説話が南アジア一般にひろまっているそうである。いまもインドネシア航空の名称は「ガルダ」だそうで、その名で世界中に飛んでいる。迦楼羅はその羽毛の色は金色で、口から火を吐き、仏法を守護し、衆生を救う。……密教がまだ原始的な呪術であったころ、密林のなかのひとびとは孔雀と共に住んでいた。孔雀は、悪食である。好んで毒蛇を食べ、しかもその毒に中らないことにひとびとは驚嘆した。……古代の天才たちの想像力は、孔雀だけにとどまらなかった。孔雀をもとにして想像をふくらませた。ついに両翼をひろげると三三六万里という巨大な鳥にまで成長させた。迦楼羅である。……食べものも、孔雀のように毒蛇では追っつかず、龍を常食している、とした。しかも、火を吐く。その火がこの世の罪障をほろぼさせてくれるとなれば、現代のわれわれも、迦楼羅のような鳥を希求せざるをえない。それがこの装丁の「青不動」の炎である。(あとがき『十六の話』)(299p-301p)

2025年1月10日金曜日

久々に「街道をゆく」を読もう!

 今朝は今季一番の冷え込みでマイナス3度だった。予想最高気温は6度で昨日よりは幾分温かくなりそうだ。雪は降っておらず日差しがある。 

 読んでいる本は『風の武士』(下)で隠密が出てくる。これは甲賀・伊賀の忍者が関係する。4月に壷阪寺に行く予定だ。もしかして司馬作品の「街道をゆく」に壷阪寺があるのでは?とひらめく。すぐに「街道をゆく」の目次と「歩いた道」一覧を調べると7巻「甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみち ほか」に「大和・壺阪みち」の掲載がある。「街道をゆく」シリーズの単行本は地元の図書館にもあるので本を借りて読もう。

 昨夜、YOU TUBEで「街道をゆく」の「大和・壺阪みち」を探すとあった。しかし、壺阪山は映像が出ても壷阪寺は見られなかった。壷阪寺がないのは残念!

 それにしても「ひらめき」は大事だ。夕飯後にこれが頭をよぎったときはなぜか「やった!」という気持ちになった。久々に司馬作品の小説である『風の武士』を読んでいると初めはとっつきにくくて読みずらいと思ったが上巻を読み終わるころには読むのが面白くなる。ましてや忍者の話は初めて読む。すぐに下巻も借りて読んでいる。これからはまたも「街道をゆく」を並行して読むようになる。これから図書館に出かけて「大和・壺阪みち」を借りてとりあえず読む!?壷阪寺はどんなふうに書いてあるだろうか。

 話は変わって昨日の地元紙に廿日市文化ギャラリーでウッドワン美術館所蔵の日本画の展覧会開催の記事がある。これは是非とも見に行かねば……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年1月9日木曜日

うっかりしてた!

 昨日夕方、頭をよぎるものがある。それは4月に予定している奈良の宿。橿原駅付近の宿を予約していた。その時、昨年7月に出かけた長谷寺と室生寺の旅で泊まった美榛苑を思いつく。すぐに美榛苑を予約するとOKだった。その後、再度頭をよぎる。美榛苑に泊まった時のブログを見ると近くの駅は榛原駅だ。4月に行くのは橿原駅辺り。駅名の「〇原」は似ているが同じではない。何と間抜けなことか。橿原付近の宿はキャンセルしていた。すぐに美榛苑もキャンセルして出直しの宿探しとなる。橿原付近でなければ飛鳥辺りもと思って試みるが民宿やペンションはあっても気楽に泊まれるホテルがない。迷った挙句、最初に予約してキャンセルしたホテルを再度予約する。OKだった。

 それにしてもうっかりは危ない、危ない!計3か所もホテルを予約したのでキャンセルはできているかを確認する。うっかりミスはよくない。

 気を取り直してテレビの番組表を見るとBSで奈良の橿原駅の旅を写し出す。旅人は梨乃、いとうあさこ、藤原紀香の3人で飛鳥の石舞台に行く場面だった。石舞台は若い頃に友だちと出かけている。その当時、自転車に乗れなかった。それ以後、自転車に乗れるようにもなった。テレビは来週に後半があるらしい。今、奈良にハマっているのでこういった番組を見るとますます行きたくなる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!