2024年12月30日月曜日

コーキング

 今年の年末も黒豆だけを煮て暮れようとしている。昨夕は電気店の店長に1件無理にお願いしてコーキングをしてもらった。短い箇所だったのですぐに終わると思ったら1時間もかかる。これで本当に家の改装関係は終わった。 

 昨日はまたスーパーに行くと水菜1束やブロッコリー1個がそれぞれ498円とある。他にも年末を見越してか、それとも品不足か、やけに野菜が高い。べつに水菜はなくてもいいか、と思って買わずに帰る。今朝も運動を兼ねてスーパーに出かけよう。

 今年の最大イベントは家のリフォームに尽きる。今年の2月ごろから考え始めた。まさか実行に移すようになるとはその時点ではわからない。それがいつの間にか見積もりをお願いしてリフォームとなった。長く生きて来てこの齢になってのリフォームなのでいろいろと人から驚かれる。今となっては工事の日々は大変だったけれども完成した我が家を見ると「よかった!」の一言に尽きる。あと少しで新たな年がやって来る。来年はどんな年になるのやら。ナニゴトもその時のひらめきで動くようにしている。この考え方を若い頃から持っていればもっと違った人生になった!?今さらそれを思い返してもなにもいいことにはならない。これも年齢を経たからわかること。そう思うと今年の家のリフォームは由、となる。

 新たな年はさてどんな年に!?今、思いつくことは動画に挑戦したい。そして心豊かな一年にしたい!

 ともあれ今日も元気で楽しく、そして新たな年も元気で楽しく過ごしましょう!

 この1年、ブログに付き合っていただきありがとうございました。年末年始、しばらくブログをお休みします。どうぞよいお年をお迎え下さい!

2024年12月29日日曜日

『司馬遼太郎が考えたこと』(13)

 『司馬遼太郎が考えたこと』のシリーズは15巻ある。先日、その15巻を読み終えた。これからの司馬作品は再度、小説にもどって今は『風の武士』(上)を読んでいる。しばらく小説とご無沙汰していた。頭をエッセイから小説に切り替えて読んで行こう。そして家の改装中、笛を吹くのを中断していた。久しぶりに吹くと立ち眩みもせずに吹けた。ただ、以前のように息が続かない。これも徐々にならして元のように吹けるように練習しよう。そして水泳が再開になるとほぼ元の生活になる。しかし、プールが工事中のため、工事完了後の3月以降に水泳は再開となりそうだ。さらにもう一つ再開と言えば旅もある。

 以下は『司馬遼太郎が考えたこと』(13)(司馬遼太郎 新潮社、平成十七年)から気になる箇所を抜粋した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★私は、その宗門の徒でもないのにザヴィエルが好きなのは、むろん彼の人柄が好ましく思えるためであるが、彼への感情の部分は、ザヴィエルがバスク人であるというところからきているらしい。ともかくも、いつかバスクへ行きたいと思った。(バスクへの盡きぬ回想 《写真集『街道をゆく 何番のみち』》)(18p)

★私どもの先祖は、ピレネー山脈とそのむこうのイベリア半島(スペイン・ポルトガル)からきたひとびとを南蛮とよび、その技術文化や宗教を尊んで、よきものは積極的に容れ、日本文化に華やぎを加えた。(「バスクへの盡きぬ回想」 《写真集『街道をゆく 何番のみち』》)(34p-35p)

★昭和二十三年ごろ、西本願寺で遊んでいると、鹿苑宇宙という近江の番場に自坊をもつ録事さんが、「明治のころ本願寺に、”反省会雑誌”という雑誌があってな、それが”中央公論”なった」と、話してくれたときは、蛤が雀になったほどの印象で、面くらう思いがした。当時、私は本願寺教団史がおもしろくて、ちょうど昆虫好きの少年がクワガタに目がないように、このことに関心をもった。(「反省会のことなど」)(37p)

★明治二十五年、誌名は「反省雑誌」にかわり、「反省」「禁酒」という素朴なモダニズムから、場が社会・風教への批判が広がった。さらに本部が東京に移されて、明治三十二年「中央公論」になり、やがて本願寺と離れ、独立する。(「反省会のことなど」)(38p)

★私は、以前、檮原水田の起源をしらべ、その千枚田の写真をみたとき、万里の長城などに驚いてはいられない、とおもった。この山間のひとびとは、カルスト台地の石を焼き、割り、くだき、それでもって土壌面をひろげ、くだいた石をもっていしがきをきずき、田を水平にしてきたのである。水は、はるかな谷底からの人の力で汲みあげてきた。一時期の新中国で”農業は大賽に学べ”などといわれて、政治スローガンになっていたが、私はその時期、中国へ行って「日本の檮原の方がすごいですぜ」といったことがある。むろん日本じゅうの古い水田地帯の構造水田は、大なり小なり檮原的であった。私は、その後、檮原へゆき、たんねんに千枚田を見てまわった。(土と石と木の詩「高橋昇写真集『人海 日本の普請』)(236p)

★ヨーロッパでは、例のチュートンの森というものがドイツ人を育てたように、また、チュートンの森は保護して、大事にしなければだめだという思想も、ともにドイツ人はそれを精神の支えとして一所懸命やってきたのだと思います。(「樹木と人」)(304p)

★いまは、日本語が紊乱しまして、上人と言うと、偉い人のように聞こえますが、上人と言うのは資格を持たない僧への敬称であって、たとえば空海上人とは言いませんし、最澄上人とも言いません。最澄(七六七ー八二二)も空海も有資格者だからで、無資格者に対してはたとえば親鸞聖人というふうに敬称します。ただ親鸞の場合は聖人と書きます。聖というのは乞食坊主のことです。……親鸞の師匠の法然の場合は、ちょっと微妙です。法然は正規の戒を受けて、正規の叡山の僧侶であったにもかかわらず、それを捨て、黒谷の里に下りてきて、大衆に説法したということで、当時、評判だったのです。だから、当時の人は「知恵第一の法然坊」とよく言いました。それは要するに高文を通った人が、その辺で乞食しているという意味です。その驚きと尊敬を込めて、法然に対しては上人と言います。(「浄土――日本的思想の鍵」)(346p―347p)

2024年12月28日土曜日

2件の再配達

 歯科医院を変わって2回目となる治療を受けに出かける。1回目は1時間10分かかった。昨日は1時間。次回は1月の中旬になる。1回の治療時間が長いのでこの様子だと月に1,2回の割合で治療に通うようになりそうだ。

 長い診療を終えて郵便局に向かう。家のリフォーム代金の振り込みだ。個人的に1度に振り込む金額は我が人生で最高金額になる。当然、普通預金に残高が足りない。定期を解約して振り込んだ。歳をとると定期にせず普通預金に、とネット記事でよくみられる。母が亡くなる前に定期を解約して普通預金にした。少ない金額の定期だが他の金融機関のも普通預金に、と考えている。

 振り込みを終えて今年の借りはなくなった。帰宅すると2件、再配達の知らせがある。1年で我が家にモノが届くことは数えるくらいしかない。というかほぼない。それが1日のうちに2件とは驚き。すぐに再配達の手配をするが日本郵政のは電話でするもうまくいかない。仕方なくQRコードを読み取って再配達の手配をした。もう1つは宅急便で携帯番号に電話する。いずれも16時以降の再配達になった。

 2件とも今回のリフォームに関する。1件は広島県が進めるLED照明器具購入応援キャンペーンでクオカードが1万円分送られてきた。電気店の店長はリフォームの際、照明器を1度にとりかえず、2回に分けると話された。その理由はこのクオカードにありそうだ。年が変わって2部屋の照明器を取り換える。その際、またこの応援キャンペーンに申請するとか。友だちと話していると、その妹さんはこのキャンペーンが今年の制限を超えたので駄目だったそうだ。

 もう1件の再配達は電気店が家のリフォームをしたお礼(?)の品が送られてきた。それは博多の明太子。明太子はほぼ食べないが日持ちがするのでゆっくり食べよう。

 そういえば今年の最後の大きな買い物は一昨日買った自転車。以前と同じようなママチャリだ。購入の際、若い女性の従業員から「お母さん」と呼ばれる。この言い方は自分にとって決して好ましくない。呼び方としては「お客さん」がいい。ツアーなどで出かけるときは「奥さん」と呼ばれることもある。これもよくない。さすがに歯科ではそういう呼び方はされない。

 今朝は寒そうな一日になると思った。が、日が差し出した。穏やかな一日となりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2024年12月27日金曜日

お祝いでいただいた蘭の鉢植え

 家のリフォームがおわると届くのは請求書だ。工事中、いろいろと気づくことがあり追加で工事をお願いした。そのこともあって請求書を見るのが怖かった。昨日午後、工事を依頼した電気店の店長が請求書をもって来られた。そして手には蘭の鉢植えがある。きれいにラッピングされた鉢植えは家のリフォームのお祝いに下さった。今回の工事で玄関の下駄箱を撤去した。何もなくなった下駄箱に藤製の鉢植えなどが置ける台を置いている。そこにスーパーで買った小さい寄せ植えの鉢植えを置いた。が、昨日からはいただいた蘭の鉢植えを置く。殺風景な玄関がこの鉢植えで彩を添えそうだ。

お祝いで頂いた鉢植え

きれいにラッピングされた鉢植え

 請求書を見ると見積もりにはなかった冷蔵庫や照明器具、そして工事中に気づいて追加でお願いした工事個所などの代金が上乗せされている。かなりの上乗せかと思ったらそうでもない。年内には借りを作って年を越したくないので今日中か近いうちに工事代金を振り込む予定でいる。

 今回の工事で家のリフォームだけでなくいろんなことを教わった。中でも歯科を教えてもらったのがよかった。今朝はこれから歯科へGO~。新たな年も歯科通いで始まりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2024年12月26日木曜日

寒行終了のお知らせが届く

 先日、お寺から年間行事表が届いた。その中に、例年ある寒行の掲載がない。寒行はお寺が檀家に戸別に参られる。その際、お布施を渡す。その日にお布施を用意し忘れるといけないのであらかじめ用意している。ところが来年はその記載がない。お寺に問い合わせようとした矢先、昨日、「寒行終了のお知らせ」のハガキが届く。それによると最近の交通量増加等の諸事情により……、とある。その代わりとして新年5日にお寺で寒中お題目修行会を行うそうだ。

 数年前からお寺に断って月命日のお参りをしなくなった。今回、寒行が無くなればお寺さんが我が家に来られることが無くなる。ただ、お寺とのご縁は8月の盂蘭盆会に塔婆を受け取りにお寺に行くだけとなる。そして年に一度郵送されてくるお寺の護寺会費の振り込みがある。

 我が家は自分自身が元気に生きている間はお寺との縁もつながる。しかし、跡継ぎがいないのでその後のことは今思っても仕方がない。なるようにしかならない、と思っている。

 話は変わって今朝もよく晴れている。年末というには温かさを感じる。これから自転車店に行って自転車を買い替えよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2024年12月25日水曜日

「体験にお金をかける」

 図書館で「president」を見ていると橘玲は「お金で幸せを買う方法」を書いている。それは「体験にお金をかける」ことのようだ。体験には旅行や食事などいろいろとある。大金を持った人が毎日、高級レストランで食事をしてもいつの日か飽きてくる。それよりもある時は高級なレストラン、またある時は居酒屋、という風に差があるのが望ましいとか。体験と言ってすぐに浮かぶのは旅行がある。これも旅に違いを取り入れて海外一人旅などをする、のもいいらしい。

 体験を電子辞書で調べると「自分で実際に経験すること」とある。また経験とは「実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。また、それによって得られた知識や技能など」とある。さらに体験はドイツ語で”Erlebnis”といい、それは「哲学で、個々の主観のうちに直接的または直感的に見いされる生き生きとした意識過程や内容。特に生の哲学ではその中心概念をなす」とある。

 いずれにしても体験するには体を動かさねばならない。それは行動になる。時にマンネリに陥る時、体を動かすようにしている。この雑誌を読んでそれを再認識した。そして体験が想い出にもなる。あの世へ持って行けるのは思い出だけ、とか。せいぜいあちこちを旅しよう!

 年末になって今年最後の大きな買い物が待っている。それは自転車。この春、自転車店に行った際、これ以上悪くなると新たな自転車の買い替えになる、と言われた。その時点では買い替えをせず、気になる箇所を直して帰宅した。ところが、最近になって空気を入れようとすると何か感触が違う。壊れた!とおもった。今朝、新たな自転車を買いに行こうとしたら定休日だ。

 年齢を経たので自転車に乗るのをあきらめればいいのだが、その決心がつかずにいる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2024年12月24日火曜日

建具屋さんが来られた!

 家の改装の際、建具業者は大工のミスからガラスに穴が空いた戸を年明けに直しに来る旨、話された(業者は県北から市内まで来られる)。ところが昨日、何の連絡もなしに直しに来られた。ガラスの交換は1分もかからないうちに終わった。その時、家の改装とは関係ない網戸の話をすると工事の道具があるとのことで、直接話をして直してもらった。

 直した網戸は改装の最後の掃除の業者が網が外れかかっているとのことでその個所は手を加えない旨話された。それが気になったが、近くの業者にお願いすればいい、と思った。その矢先に建具屋さんが来られた。結果、建具屋さんに直接取引で直してもらったのだが、その網戸の窓は柵を巡らせている。柵のある網戸は柵を外してから網戸を直す。これができない業者もいるらしく、またできても費用が高くなるとか。

 先日の網戸も費用は要らないと話された。が、それはこちらの気が済まないのでいくらかのお金を渡した。昨日も同じことを言われたが、前回より多めに渡した。これで家の改装の件はほぼ終わった。

 窓の柵の件、建具屋さんによると柵は家の内側からしか外せないらしい。その旨、聴いて柵は防犯の役目を果たすと再認識した。その話を聞くまでは柵は外からはずされる、と思っていた。

 工事が終わってやっと朝からゆっくり新聞を読めるようになった。そして食事もゆっくりできる。いろいろと工事前の生活に戻っている。これから先は工事後の安心感で気を抜かないように生活しよう。そして遊ぶことを考えよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!