2022年11月7日月曜日

「秘境中国謎の民 天上の大草原に生きる」を見る

 一昨日夜、NHKのBSで久々に「秘境中国謎の民」が放送された。この日は「天上の大草原に生きる」だ。番組HPによると以下のように書いてある。

★山深い秘境で独特の風習を守り続ける少数民族、土族。実はシルクロードの時代、唐とともに栄えた王国の末裔と判明。1400年続く伝統の暮らしを見つめ、歴史の謎に迫る! 中国北西部、4000m級の山が連なる祁連(きれん)山脈。山頂近く、自然豊かな大草原で暮らす土族▽世界でも珍しい真っ白なヤクや、ここでしか育たないといわれる馬を放牧。1400年続く独特の風習を維持▽近年の遺跡の発掘から、シルクロードで栄え、悲劇の運命をたどった古代王国の末裔と判明。なぜこの秘境に?歴史ミステリーに迫る!▽しかし、今、伝統の暮らしは中国の国策で消滅の危機に。大草原を追われる悲劇の民族。

 天祝大草原に暮らす土族。ここでの主役は白いヤクと岔口驛馬(しゃこうえきば)である。この馬は標高4000mまで山を駆けあがることができる。ここはかつてシルクロードの要衝で走馬客(注:馬の売買人)もキャラバンもこの地で馬を選んだ 天祝は内モンゴル、四川、雲南、チベット、新彊をつないでいる。とくにシルクロードの時代はにぎわっていてこの地で馬を選んでいた。2019年、遺跡発掘によって調べると吐谷渾王国の王子がいてそれは天祝を管理する官僚だった。吐谷渾の人たちは高地に馬を放ち、そこで生息する野生馬と交配させた。そして高地でも自由に走り回る青海驄(そうかいそう)を量産し、専門の人が飼育した。古い書によると吐谷渾では寒い地でヤクと馬を量産していたと書いてある。このことから天祝の土族は吐谷渾の末裔とわかる。
 
 馬には走り方があり、ここの馬は側体歩で、これは騎乗の騎手の体がぶれないそうだ。テレビクルーはこの番組を昨年、取材している。その際、今年の秋、1400年続いた放牧は中国政府の国策により大草原での放牧が禁止されて国家森林保護区になるという。そのため2022年までに立ち退かねばならない。昨年8月、荷物を背負って山頂に向かう人々がいる。それは儀式をチベット寺院で行う人々だ。そして1000年以上続いた儀式もこの年で終わる。ところがその矢先、突然コロナの感染者が出て競走祭は中止になり、取材も中止を余儀なくされる。

 今年の7月、取材を再開。だが放牧はすでに禁止されていた。白いヤクの放牧の禁止は人々の知恵で共同飼育場をつくって飼育することになる。これには政府も支援してくれた。これにより収入は放牧を上回るが支出も同じように上回る。8月、競走祭が再開された。競走祭の決勝の日、4000人が集った。それもコロナ禍で規模を縮小しての開催だ。この日、70人いた住民は12人となっていた。が、牧畜をするために飼育場を建設する計画を話し合っていた。

 この人たちは古代王族の末裔である吐谷渾の人々だ。今、逆境に負けず、その伝統を取り入れて生きる支えとしている。 

 この種のドキュメンタリー番組はコロナ禍により取材が困難だったためか、いつも同じ放送の再放送、再再放送が放送されていた。今回久々に新しい番組で見ごたえ十分の番組だった。こういう番組を見ると遠い国へ行きたくなる。だが、今しばらくは遠くへ行かれそうにない。その合間に見るドキュメンタリー番組は楽しい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月6日日曜日

3週間ぶりに日本画教室へ

 3週間ぶりに日本画教室に出かける。久々の教室とあっても絵を描く気がなく話が弾む。気候も良く教室も休みとあればどの人もあちこちに出かけている。ところが話の中で先生から三次行きの高速バスの「広島じゃ割」が既に売れ切れとのこと。これを聴いて(明日、三次行きを予定していたのに)とがっかりする。

 教室が終わると皆でいつものカフェに入る。ここでも遊ぶ話で盛り上がる。一人忘年会でフグを食べに新幹線で門司まで出かけようとしている旨、一人に話した。その時パンフを持ち合わせておらず、話は決まらずじまい。来週パンフを持参して再度決めようとなった。10月の行楽日和は11月になっても、またコロナ禍であっても遊ぶ話で盛り上がる。

 と、いいつつもコロナの新規感染者が増えている。増えたり減ったり、落ち着いたりとしているこの状況はいつまで続くのだろう。(コロナよ、もういい加減にしてくれ)と言いたくなる。その矢先、広島空港では台湾との直行便を再開するとのニュースが入る。コロナ禍になってパスポートを更新した。10年間のパスポートも既に2年が過ぎようとしている。せめて1度くらい更新後のパスポートを使って遊びに行きたい。それまでは近場をウロウロちょろちょろするしかない!?何であれ楽しくあればそれでいい……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月5日土曜日

”Friday night fantasy”

 お昼に家にいるときはNHKラジオを聴いている。お昼のラジオといえば「昼の憩い」がある。この番組は70年間続いているそうだ。この放送と同時代を生きている。全国から届くお便りをアナウンサーが読み上げ、その合間に音楽が流れる。昨日の音楽は”Friday night fantasy”である。哀愁を帯びたトランペットの響きはまるで一人砂漠に立ち止まってどこからともなく聞こえてくる音楽のようだ。あまりにもいい曲なので曲名を聞き漏らすまいと聞いていると”Friday night fantasy”だった。
 ネットでこの曲を調べると金曜ロードショーのテーマ曲のようだ。どおりで聞いたことがある。この曲の楽譜が欲しくなる。またもネットで探すとフルートの動画の楽譜があった。これを五線紙に書いてフルートを吹こう。フルートといえば近いうち某宅でホームコンサートが開催され、そこでフルートを吹く予定。先日、先方からフルート持参の人たちが吹く楽譜を送付してくださるとのこと。久々に皆の前でフルートを吹く!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月4日金曜日

『街道をゆく』の文庫本

 行楽日和はこれから先も当分続きそうだ。今年の梅雨の終わりが後に修正され、いつ終わったのかわからないうちに台風シーズンとなった。そのためか、今年はお天気が良くない、との思いが強い。それと関係あるのか、台風がやってこなくなって以降の10月、今が遊び時とばかりに外に出て行く。(これが本来の生活よ)、と心で思いながら秋の陽気に舞い上がりそうだ。

 先日、人に誘われて土佐の旅を申し込もうとする。ところが旅行社がその日、新聞チラシを入れていたせいか何回電話しても話中だ。午後3時過ぎ、やっと電話が通じた。旅を申し込む。この旅は宿と乗り物がセットになっていて各自で行動する。そして宿はシングルの利用で個人旅行と同じだ。ただ旅を教えてくれた人はその日、電話が通じず、翌日、やっと電話予約できたそうだ。これで遊ぶ予定が一件落着する。

 相変わらず暇になると司馬遼太郎の『街道をゆく』を読んでいる。その大半は単行本。先日、『街道をゆく』の(十四)を借りようと図書館へ行くと書架にない。(めずらしいこともあるもんだ)と図書館のネットに予約を入れる。予約した本は文庫本だった。読まないうちに本の終わりの方を見ると〈『街道をゆく』全43巻「目次」および「歩いた道」一覧〉がある。これを見て自分が知りたかった一覧だ、と思った。この5頁ほどをコピーする。これは著作権違反!?

 「街道をゆく」を読んでそのどこか一カ所でいいから歩いてみようと思い、先月から出かけている。今月末に出かける土佐もその意味で楽しみ!

 歳を取るにつれて自分が願っているとそのようなことになる、との思いが強い。というか自分で勝手にいい方に解釈してそう思っているのかもしれない。思い込みであれ、何であれ、自分がよいと思って行動すればモノゴトは上手くいく。そして楽しい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月3日木曜日

「浄化されたり、あるいは元気が出てきたりする」

 姪から届いたメールに「旅でパンダで浄化され、いっそう元気になりました!」とあり、パンダとツーショットの写真が添付されている。和歌山のアドベンチャーワールドに出かけた写真である。姪の「旅でパンダに浄化され……」の「浄化」に反応する。昨日、司馬遼太郎の『街道をゆく』 (二十七)「因幡・伯耆のみち」を読んでいると偶然にも「浄化」が目に入る。それは以下の文だ。

★人間の営みの遺跡というのは、価値観を越えて保存されねばならない。しかし、ひとびとが道を遠しとせずにそこへ出かけるのは、遺跡に接することによって生きることの荘厳さを感じたり、浄化されたり、あるいは元気が出てきたりすることを期待してのことである。(128p)

 姪は遺跡ではなく、パンダを見るために東京から遠い和歌山まで出かけている。これは先の「道を遠しとせずにそこへ出かける」の件に似ている。司馬は出かけることで「浄化されたり、あるいは元気が出てきたりする」とある箇所は姪もそう感じている。

 姪のメールは朝届き、その日の午後、この件を偶然にも読んだとき、驚いてしまった。というのも自分自身、「浄化」というキーワードを日常使うことがなく、姪のメールでそれを知って「浄化」はいい文、と返信していた。

 旅も道を遠しとせずに出かける。その意味では旅によって浄化されたり、あるいは元気が出てきたりするのもうなづける。というかそのために人は旅に出かけるのだろう。

 今日は24度と気温も高くなる。まさに行楽日和。こんな日は家にいても(次はどこへ遊びに行こう?)と遊ぶことばかり考える。そう考えるだけでも元気が出てくる。それを実行すればそれこそ浄化され、元気が出てくるのは間違いない!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月2日水曜日

竹原へGO~

 竹原は安芸の小京都といわれる。道の駅たけはらを出発すると町並み保存地区に入る。まず目にするのは頼山陽銅像だ。そのほとりには筍を模した車止めが入り口にある。像の前の新港橋を渡って旧森川家住宅に入る。竹原は塩田で栄えた町らしく森川家もそうだった。旧森川家を見学すると小学2年まで住んでいた家(母の実家で随分前に建て替わった)を思いだす。もらった地図に沿って歩くが始めのうちは地図になじめず、なかなか歩が進まない。楠神社を見つけた。名前の通り大きな楠が神社横に植わっている。


筍をかたどった車止め
 次に向かうは旧光本家住宅だ。道の駅たけはらで町並み保存地区の有料施設の周遊券を買っている。旧光本家も有料であり、今は今井政之陶芸の館となっている。ご本人とその長男、次男も陶芸家であり、3人の作品が展示されていた。さらに歩を進めると照蓮寺に着いた。空を見上げると真っ青だ。辺りにぼつぼつと若者の姿が見えだす。 
空は真っ青でこれぞ本当の行楽日和
川も竹で目隠しだ
 照蓮寺は竹原小早川氏代々の学問所で、頼三兄弟をはじめすぐれた文人を輩出している。そのそばにある頼惟清旧宅に入る。頼惟清は頼山陽の祖父であり紺屋を営んでいたそうだ。そこには頼山陽の詩碑が建立されていた。さらに山道に歩を進めるとおかかえ地蔵がある。(おかかえ地蔵というからには抱えてみよう)、と思って抱えてみるが、かなり重い。抱えて軽かったと思えば願いが叶うとか。抱えたと思っても気持ち程度くらいで1mmも上がっていないだろう。お地蔵さんのおられるそばにはコスモスが咲いていた。コスモスの写真を撮りたくて奥に入るがうまく写真に写せない。

頼山陽の詩碑

お地蔵さんの鎮座するそばにはコスモスが咲いていた
おかかえ地蔵
 昨日の地元紙に竹原の町並み保存地区で3年ぶりに「憧憬の広場」がライトアップされたとの記事がある。憧憬の広場は歴史民俗資料館に隣接する広場にあり、竹鶴酒造の正孝、リタ夫妻の銅像も建っていた。歴史民俗資料館も有料施設で元は江戸時代に建てられた竹原書院跡の洋館で塩田関係の資料が展示されていた。館内は急な階段をあがるが見学場所が2階の左右の部屋にわかれて互いの部屋への行き来はできず、上がっては降りてをくり返して見学する。
 
憧憬の広場 その横の建物が民俗資料館
町並み保存センター前にある電話ボックスも竹細工仕様

 資料館の係に西方寺と普門閣の行き方を尋ねると外に出て親切に教えてくれた。まずは階段がある場所を探すと西方寺に着いた。京都清水寺を模して造られたといわれる西方寺の普門閣観音堂に向かう。階段を上がると撮影のクルーがいた。「写真撮影?」と問うと「いや、昼寝ですよ」と照れて言う。ここから下を見ると竹原の古い町並みが一望できた。
普門閣
普門閣から見下ろす竹原の町並み
 西方寺を降りて元来た道を歩くが地図にある長生寺と地蔵堂がわからない。お年寄り連れが歩く方向に引きずられて歩くと通りに出た。再度、引き返してどうにか長生寺にたどり着く。また地蔵堂も同じ境内にあった。地蔵堂でまたもお地蔵さんを抱えてみる。こちらは先の地蔵さんよりも抱えやすく少しは抱えあげられた気がする。そして最後に有料施設の旧松坂家住宅に入る。

 平日のお昼、どこを歩いても人の気配は数えるほどしかいない。お陰でゆっくり観光できた。途中、胡堂があった。が、この読みを人に尋ねるとき「こどう」と言ったら、教えてくれた人は「えびすどう」という。そして同じグループの人に読みの違いの話をしていたのが我が耳に入る。日本語は難しい!

地蔵堂
 
 西方寺と地蔵堂が判らず人に聞いて行ったが、そのために帰りのバスが発車する通りに出るのに戸惑う。道の駅たけはらまで戻ってそこで教えてもらいバス停を確認する。10月、いろんなところへ出かけてよく遊んだ。一人で出かけるのがさらに楽しくなった。その矢先、友だちから電話が入る。土佐へ行こうという電話だった。土佐には竜馬がいる。そうだ、土佐へ行こう。それも久々に友だちと一緒だ。これも楽しみ!ちなみに竹原への高速バスは「かぐや姫」号で人生2度目の竹原行きだった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記 
 10月31日(月)の行程
 広島バスセター発10:00🚌道の駅たけはら着11:20→道の駅でお昼を食べる→15:20高速バス出発まで竹原町並み保存地区散策🚌広島駅16:30着

2022年11月1日火曜日

竹原へ

  陽気に誘われて、急遽、竹原へ行く。”ひろしま秋のバスぶら割”を利用しての日帰り旅だ。竹原わくわく乗車券を買えば高速バスが利用でき、さらにクーポン券がその金額と同額出る。チケットの発売は当日か前日にかぎられている。わざわざ安い切符を買うために前日に購入するのも、とのためらいがあった。そこで思いつく。バスセンターで当日チケットを購入し、その足で高速に乗ればいいと。

 バスセンターに行こうとJRに乗ろうとすると前の駅で急病人が出たとのこと。乗車駅ホームに駅員3人が救命器具や車いすなどもって待機する。列車も遅れが発生と告げている。これでは竹原への高速は間に合わないと半ばあきらめていた、列車がホームに到着した。急病人を下ろすとすぐに列車は発車した。広島駅でバスに乗り換えて何とかバスセンターに到着。高速に間に合う。

 1時間余りで道の駅竹原に到着。バスを降りる際、運転手さんに切符を切ってもらおうとするとなんとクーポン券までちぎられるそうになり、それは違うと返却してもらう。運転手さんはもしかして割安チケットを初めて見られたのだろう。道の駅でクーポンを商品券に代えて早速、その一部をお昼代に充てる。GO TOの時も、今年の全国旅行支援も昨日の件もクーポン券を早く利用したい気持ちになる。個人的にはクーポン券を貰わないよりは貰ったほうが嬉しいが要らぬものをお土産などに使うのでそれよりも旅費にあててほしい。

 道の駅を基点として竹原の町並み保存地区の地図を頼りに歩く。昨日も11571歩とよく歩いた。この続きは後日に。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!