2018年5月7日月曜日

「竹久夢二の詩と画の世界」展覧会と講演会に出かける

筆の里工房の裏にある大きな庭園
  昨日は前々日に参加を申し込んだ筆の里工房で開催中の「竹久夢二の詩と画の世界」の展覧会と講演会に出かける。講師は夢二学会会長で大原美術館館長などの要職にある美学者の高階秀爾氏。地元紙で講演会の情報を知るのが遅かった。申し込み順に席が用意されるらしく、何と後から3番目の席だった。ともあれ、貴重なお話が聞けて良かった。


 広島市の郊外にある熊野町。ここは全国でも屈指の筆の産地。自宅最寄りバス停から30分で熊野に到着。バスの便が以前は良かったのに今は1時間に1本しかない。それも目的地に行くには最寄りバス停を降りてタクシーに乗り換えなくては行けない。いつもは市内バスは利用してもJR利用でほとんどバスは乗らない。時間も定刻に来るかどうかわからず早めに家を出る。

 広電バスの熊野営業所が終点。ここで降りてタクシーに乗り換える。しかし乗り場が分からない。営業所内にいた人に教えてもらうが要領を得ない。多分、バスの運転手さんが発車の時刻まで待機されているのだろう。わざわざタクシー会社まで連れて行ってもらう。その人は親切な人でタクシー運転手さんに目的地を告げてくれた。乗車すると他の人がタクシーを待っている。運転手はその人と相乗りをすすめる。感じがいい人だったので安心して乗る。お蔭で運賃は割り勘となった。

 同乗者は講演会を申し込んでいないそうだ。せっかく工房まで来たのにそれはもったいない。受付で申し込むように教えてあげる。タクシー内を見ると割引チケットを目にする。こういう時は目が悪くても不思議と見える。同乗者にこの1枚をあげる。

 年齢も多そうな人でゆっくりされている。受付で代わりに講演会の申し込みの話をする。キャンセル1号だった。多分、講演会は大丈夫と告げると案の定、会場に入っておられた。後で話を聞くと呉から来られている。帰り際、先日出かけた「はなとり大塚美術館」の話をすると行きたいらしく詳細を書いてあげる。

 話は講演会に戻る。竹久夢二と聞くとやはり美人画を描く画家と思い出す。明治30年、日本は「西洋の文化」を取り入れる。この時代、『藤村詩集』の島崎藤村や黒田清輝などがいる。また「江戸時代の日本のもの文化」があった。鏑木清方の『こしかたの記』などである。夢二の少年時代は明治20年ころで江戸が残っていた。これも日清戦争で時代がなくなる。夢二には江戸と西洋に対する憧れがあった。「西洋への憧れ」と「江戸への思い」という2つの中にキリスト教の思想や文化が入りだす。

 明治30年頃、黒田清輝は「白馬会」を設立する。この中に藤島武二がいる。夢二は「武二」に心酔して「夢二」を名乗る。これは音読みではともに「ムニ」と読める。明治33年、私製ハガキが許可されて絵ハガキが出るようになった。他にも藤村の『若菜集』も世に出て近代日本のロマンチシズムの先駆けとなる。夢二の絵もそんなロマンに満ち溢れていた。講師はスライドを使って一枚ずつ絵の解説をする。高階氏は今年、御年86歳とか。しかし、そのお年とは思えぬほどよく通る声で話された。

 講演会が終わり、外に出ると大雨が降っている。帰りのバス停までは下り坂。ボツボツ歩けばいいか、と思った。バスの予定時刻までしばし時間がある。工房の裏手に行くと大きな池があり、公園となっている。以前に来たときは昨日ほど整備されていなかった。お天気が良ければ、と思いながらも池の周りを歩く。雨が降れば写真もままならぬ。諦めてバス停まで歩く。舗装された道であっても歩く人はいない。ましてや人家もない。そぼ降る雨の中、山道を歩く。以前来たときは20分くらいだった。しかし、歩いても歩いても誰もいない。20分くらい歩くと歩いてくる人がいる。その人にバス停まで歩いて行けるかと問うと真っ直ぐ降りて右に回ればOKという。

 しかし、バス停は見当たらない。ヒトに聞こうとしても歩いている人がいない。コンビニがある。車から降りた人に尋ねると少し先がバス停と教えてくれる。到着したときはずぶぬれ状態。バスターミナルに入ってしばし休憩。以前に来たときはほかにもバス停があった。バス利用者が激減してそこへは止まらなくなったのだろう。お蔭で以前に来たときよりも大分歩いた。30分くらい歩いただろう。携帯万歩計を見ると7000歩くらい。歩いた割には少ない気がする。これも雨だからだろう。次に行くときは往復タクシーに限る。

 交通の便は悪いけどいいお話が聞けていい日となった。また高階氏にお目にかかれてよかった。この人の本を読もう!

 ブログ投稿後に気付く。講演会の前にSPレコード鑑賞会が30分ほどあった。物珍しさもあってレコードを聞く。耳ざわりな音だけど不思議と聴ける。家にSPはないけどLPはある。もう聞くこともないがLPプレーヤーとデッキとスピーカーはヤマハ製が揃っている。これは若い日に買った高価な品で捨てられそうにない!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
工房裏にある湖のような池

工房裏の池

池にはコイが泳ぐ

2018年5月6日日曜日

スウェーデンの桜

 今年のGWに広島で開催されたフラワーフェスティバル。5月3,4,5日の3日間で158万4000人が詰めかけたそうだ。お天気にも恵まれて人出も多かったのだろう。こういった行事に全く興味がなくなった。これも歳を取った証拠だろうか。

 「歳を取った」と言えばスウェーデンのダグニーさん。そうはいってもダグニーさんは年齢を重ねているだけで好奇心は人並み以上あり、気持ちも若い!3日前からブログの最後に写真の提供を受けているエレナからの「ご注意ください!さて、今夜の画像を取得します。 クングストラドガルデンで雨の中で有名な日本の木を見せています。エレナ」とアップがある。「有名な日本の木」とは「桜」でその画像を取り込んでいる。エレナから送付される画像をブログにアップするらしく「ご注意ください!」の意味は今一歩分からない。ブログには「桜」の写真はアップされても花の名は出てこない。日本よりも北に位置するスウェーデン。日本の桜の開花時期よりも1か月ほど遅いようだ。

 今日はGWの3日間とは違って曇り空。午後は雨になりそうだ。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!


2018年5月5日土曜日

「かるた」&プール

 GWの暇つぶしに図書館で借りてきた本を読む。阿刀田高の『日本語の冒険』を読んでいて「はっ」とする。それは「かるた」のお話。小さい頃、雑誌の付録などについていたかるたで遊んだことがある。しかし、遊んでいたのは何のかるたか覚えていない。阿刀田は「いろはかるた」を取り上げ、それはことわざから成り立っているという。

 ところが昨夜、図書館で予約確保した池内紀の『記憶の海辺』を読んでいるとここにもかるたが話題になる。こちらは短歌のかるただ。長く生きていても恥ずかしながらかるたがいろいろとあることさえも知らずにいた。阿刀田の方は「いろはかるた」で池内のいうかるたは「小倉百人一首」らしい。

 阿刀田は他の本でかるたではなく俳句や短歌など自分なりのお気に入りを覚えておくといいという。これに倣ってこの際、「いろはかるた」と「小倉百人一首」を覚えよう。

 昨日の午後はプールで泳ぐ。さすがにGW。日常でも泳げるプール。GWはプールで泳がず、外に出かけるヒトが多いのだろう。プールにヒトが少ない。鼻水に悩まされている毎日であっても風邪なのか花粉症なのかが分からない。どうであれ、家でじっとしているのはもったいない。それが昂じてプールで泳ぐ。どうも風邪ではなさそうだ。ヒトが少ないプールで背泳ぎで泳ぐのは至福のひととき。ヒトが多ければこうもいっておれない。

 GWはまだ続く。一年中で一番気候がいいGW。家にいるのが本当にもったいない。少々交通の便が悪い場所へも「行ってみよう!」という気になる。だが、参加が遅くなって難しいのでは、と思った。ところが電話で確認すると大丈夫とのこと。某場所への参加を申し込む。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年5月4日金曜日

能古島のテレビを見て

 能古島(のこのしま)、と聞いて作家の檀一雄が住んでいた島とかコスモスの島を想い浮かべる。昨夕、BSでこの島に住む「睦子ばあちゃん」を番組で取り上げた。19歳で島に住む人に嫁ぎ、島をアイランドパークにして50年と話す。その間、初めの10年は思うような経営ができなかったらしい。

 コスモスの咲く時季はこの島や生駒高原が観光スポットだった。コスモスが好きなのでいつか行きたいと思っていた能古島。まだ出かけていない。コスモスは時季になれば自然に咲くものとばかり思っていた。ところが50年も前からアイランドパークとして手入れがされて事業として成り立っている。全国からの観光客は花の咲く時季ごとに絶えないようだ。

 アイランドパークにしようとしたきっかけは「人はいつか疲れてくる、それを癒すには花しかない」と亡くなった睦子さんの旦那が考えたという。その結果、50年前にお金を借りて芋農家からアイランドパークに転換させたとか。先見の明があったといえばそうかもしれないけど、それにしても家族で経営とは大変だ。

 この頃のバスツアーではコスモスの時季であっても広島から能古島行きはあまり聞かない。というかいろんな観光地でコスモスの栽培がされているためにわざわざ遠くまで行かなくても、との思いがあるのだろうか。生駒高原のコスモスツアーもこの頃はないようだ。

 まだ子供だった頃、我が家の庭にもコスモスが咲いていた。睦子さんが話すように花を見て怒る人はいないだろう。能古島へ行ってみたい。だが、自然に花が咲いているとずっと思っていたので人の手が加わっていると知り、ちょっと行く気も失せる。菜の花畑もほかの花も自然ではなくその都度ポットから出して植えている。県北の国立備北丘陵公園も職員が花を植えている…。

 昨年の今頃、ポーランドで見た一面の菜の花畑。これも人の手が入っているのだろうか。そうだとしたら大変なことに思える。そう思わず自然に菜の花が咲いていると思いたい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年5月3日木曜日

NHK・BS 池澤夏樹と世界の果て「パタゴニア 冒険の旅」を見る

 NHK・BSの「池澤夏樹と世界の果て『パタゴニア 冒険の旅』」を見た。番組HPによると「世界的文学者・池澤夏樹が南米大陸の南端・チリとアルゼンチンにまたがるパタゴニアを旅する。72歳、体力の衰えを感じる今がラストチャンスと思い定めた旅だ。パタゴニアはマゼランが初めて大西洋と太平洋をつなぐ海峡を発見したところ、ヨーロッパ文明が先住民を支配した場所でもある。数万年以上かけて形成された氷河、200年前の先住民による壁画…、圧倒的な大自然の中、池澤が書き下ろした言葉とともに映像記録する」とある。
 
 それにしてもこの番組のスケールの大きさに圧倒されてしまった。旅人の池澤夏樹。この人の本は読んでいてもテレビの画面を通して初めてお目にかかる。池澤はパタゴニアを称して人の手でつくられたところがないという。まさにその通りで大自然にあふれ、見ていて出かけたくなる。ブログ投稿前にさてパタゴニアの旅はあるのか調べるとク〇ブツーリズムがやっている。今年の11月出発で費用は50万から70万円くらい。成田出発。特別に旅費が高いわけではないので行く気になれば行けない場所ではなさそうだ。
 
 とはいってもエル・カラファテの氷河を歩くところではいくらNHKのクルーと言えども65歳以上であれば健康診断書の提出が求められている。池澤は72歳。それでも健康診断書を提出して氷河をトレッキングする。氷河の場面が一番美しく、思わずテレビ画面をカメラで写す。
 
 最近、写真の投稿が多くなり、すぐにアップできるようになった。それでも日数が経過すれば忘れるかもしれない。これはともかくとして話題はパタゴニア。
 
 ”beyond”「マゼラン海峡」「ビクトリア号」「クアナコ」など聞いたこともないキーワードも出てくる。”beyond”はマゼランが体験したことらしいが詳細は聞き逃す。マゼラン海峡はスペインの探検家マゼランに因むとしても「パタゴニア」は「パタゴン」が「大きな足」からマゼランが名付けたらしい。
 
 マゼラン海峡や氷河で池澤は水や氷を手にして舐めるシーンがある。水は旅先では手を浸けてみるけど舐めたことがない。これから旅に出る時は水があれば舐めてみよう。
 
 マゼランはビクトリア号に乗船して航海に出る。乗組員60名の内無事スペインへ戻ったのは18人だったとか。マゼランは途中で亡くなっている。探検者の乗った船の一部が見つかり保存されたのもある。
 
 スペインからパタゴニアへの移住者は牧畜を飼って生活した。その中には先住民と共に生活する人もいる。
 
 テレビクルーは池澤に「あなたにとって旅とは?」と問う場面がある。池澤は「一生を棒に振っても道楽と思っている」という。その底辺には「ぐうたらぐうたらしながらも生きている」みたいなことを話していた。そう聞いて自分自身も働きもせず毎日適当に遊んで生きていると思ったし、パタゴニアほどではないにしてもささやかに旅をしたりしている。自分にとって「旅とは?」と考えてみたこともないけどさてそれは???
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
テレビ画面から写す氷河

美しい氷河

パタゴニアの氷河

パタゴニアに住む先住の動物クアナコ

2018年5月2日水曜日

雨の朝に

 朝からフリーダイヤルで電話がかかる。電話口に出ないにしても番号を確認してネットで検索。いつものことながら不用品買い取り業者とある。電話番号もネットで検索すれば変な業者かどうかが分かる時代。これはいいことだとしても朝からこういう電話がかかるといい気持ちはしない。

 変な電話がかかり始めたのは2年前くらいだろうか。その頃、ネット接続をADSLから光に替えた。ネット接続はNTTコミュのADSLだった。その時、NTTコミュはソ〇トバンクと契約していたらしい。その契約が切れるので光に変更せざるを得なくなった。その際取り外したADSLのモデムをソ〇トバンク関連の名古屋の業者に送付する旨の着払い送り状が送付されてきた。その際に個人情報が漏れたとしか思えない。それ以降、頻繁に手を変え品を変えていろんな番号から電話がかかる。その都度、迷惑電話に登録するが、これにも限度がある。どうであれ、変な電話には出ない!

 携帯電話も固定電話もネット接続も「腐っても鯛」ではないけれど本来の業者に決めている。その感覚が抜けきれないのか旅行社も電機メーカーも何もかもそういう傾向がある。怪しいヒト・モノ・コトに関わりたくない。それにしても母が亡くなった7年前まではこういうこともあまり聞かなかった。ところが年々、手口は巧妙化している。老婆であっても若者に負けないようにしっかりと状況把握をしないといけない。

 気を取り直して今朝の動画は練習している🎵ドリゴのセレナーデ🎵を再度アップ。すぐに吹けると思った。ところが音が高くて結構大変。それに装飾音がつく音のリズムに注意しないとメトロノームと合わなくなる。昨夜は動画をICレコーダに録音する。メロディーを頭にインプットして練習しよう。

 今日は雨の一日となりそうだ。今朝の地元紙「この人」欄に武論尊という東京都内で一人暮らしの漫画家が「昼は近所をウオーキング、夜は酩酊酒『佐久の花』に酔う」との紹介がある。いかにも無勝手流の生き方と思いきや「夢に向かって情熱を持つ若い人たちにチャンスを」と無料の漫画塾を開講し、指導しているそうだ。ちょっぴりいいお話で読んでいて気持ちがほぐれる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年5月1日火曜日

NHK・BS「中国秘境 四川美人谷」を見る

 先週の土曜日のBSプレミアムは「満島真之介、中国の秘境『四川美人谷』へ! 女性たちの生き様」を見る。「中国秘境 四川美人谷」とのタイトルだけあって、この世とは思えないほど美しい光景が続く。旅をする人は満島真之介。

 番組HPによると「チベット高原の奥へ進む峠を越えると『美人谷』と称す石の塔が林立する不思議な集落がある。唐の歴史書が『女王が治めた国』と記す谷!俳優・満島真之介が美女の謎に挑む」とある。

 さらにその内容として次のように書いてある。

 中国の秘境チベット高原に「美人谷」と称す集落がある。石の塔が林立する不思議な光景、「唐」の歴史書に「女王の国」とある。今も母系社会の伝統が残る谷の女性の暮らしに海外テレビが初密着。一万の石を積み上げ地震で壊れた家を再建する若妻!俳優・満島真之介は谷に伝わる「白い石の信仰」の謎を追い雪の峠を越え霊媒師と対面、4千年の歴史に挑む。北京テレビとNHKの国際共同制作で美人谷の謎と女性の生き様に迫る。
番組HPからの引用

 美人谷に住むチベット族はギャロン・チベット族。コノテガシワの木を燃やすと「白い煙」が出る。この煙が神を招くという。「白」には他にも「白い石」や「雪の世界」がある。この地に住む人々は安住の地を得るための儀式としてこれらを大切にする。「美人」の「美」は「羊」と「人」から「羌」に成る。古代の「羌族」は周の時代、女王として女性を送った。それ以来この地では女性が強くなる。

 この地の人々は岩を砕いて石とし、それに土をくっつけて家を造る。番組では家を造る様子を紹介する。家づくりの職人に依頼するには費用が掛かりすぎる。その土地の人が助け合って自ら家を造り上げる。石でも白い石は神が生命を吹き込むとされて大切に保存していく。

 90分の番組だった。テレビを見て、もう絶対、チベットへは行かれないと思った。どういっても高山病を初めて体験したのがチベット・ラサだ。翌日のツエダンの旅はラサのホテルのベッドで一人過ごす。ホテルの廊下もまともに歩けず這って移動した。翌日からは高地にも慣れて旅を続けたけど…。今、思い出した。もう一人チベットに着いた時点で旅の間中、入院した人がいる。その人は高地でアルコール類はご法度なのに旅が始まるとすぐにビールを飲んだ。その結果、まったくチベットの観光をせず、帰国日にバスの中からポタラ宮を眺めただけだった。そう思うと一日だけ高山病でダウンしたのは由としよう!それでも性懲りもなく他の国へ出かけては高山病になっている。

 これを体験した国を挙げればあまりポピュラーでない国がほとんどだ。いくらつらい体験でも行って良かったと思うことばかり。今、年賀状などで連絡を取り合っている旅友だちはそういった国で知り合っている。テレビを見てその時々の旅を思い出す。そういえば、高山病になりそうな行きたい国が残っている。それはメキシコ。いつの日かメキシコへ行こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!