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2017年4月15日土曜日

『ものを創る』

 夕方、予約した本を受け取りに図書館へ行く。途中、踏切で列車の通過を待っていると小学生の女子2人に「こんにちは」と挨拶される。話をすると一日に5回挨拶をするように学校で教えられているという。5回とは先生、家族、友だち同士、出合う人々などらしい。5年生と3年生の女児は学年は違っても家が近いらしく登下校は一緒にするという。

 見知らぬものに挨拶する賢い女児たち。それに反して、千葉の事件は児童たちの保護者会会長が亡くなった女児の犯人だ。見知らぬ人に声をかけられたら注意するように、どころか子どもたちのお世話をするトップが犯人とは驚いてしまう。ほんまに世の中狂っている!

 図書館で借りたのは先日新聞記事で知った笹部新太郎という桜男に関する本。白洲正子は笹部について『ものを創る』(読売新聞社 昭和48年)の中で書いている。この本、昭和48年の出版というから西暦では1973年にあたる。個人的には1982年から西暦でないとモノゴトが素早く把握できない。1973年は昭和が分かりやすい。それにしても今から40数年前の本なので一般の書架でなく書庫に収められている。本独特の湿気た臭いを嗅ぎながら関係ある個所だけを読む。

 笹部新太郎は『桜男行状』という本を書いている。しかしこの本は手に入らず、読むことができない。白洲の本でその一部を知る。大阪の大地主の子として誕生後、成長するにつれ桜に魅せられる。白洲が笹部の自宅を訪ねたときはすでに大阪の屋敷を手放していた。阪神間に住んでいた別荘風の住居を白洲は没落した、と表現する。とはいっても大家であり、老人には格好の隠居所に思えたそうだ。奥さんもいなくなり独り住まいだった。

 笹部は白洲に話す。「桜ほど文化の為につくしたものはない。日本の文化は桜がこさえたといってもいいのです。先ず、第一が、版木でしょう。文字がなかったら文化なんてものはあり得ない。…月刊とか、週刊とか、刊行物のあの刊の字、どう意味かご存知ですか。あれは、削って、手を加えるとという意味のものです。版に上すことを、上梓とか、梨棗ともいうが、それは支那から来た名称で日本の国学者は、『桜木に上梓』という。版木に桜の材を使ったからです。その他、双六の盤、鼓の胴、いい表具屋の定規は、みんな桜です。表は桜、裏は紅葉で、今でいうベニヤ板ですが、これが一篭狂いが来ない。干菓子の型も桜だし、箱だの煙草入れだの、細工物を数えあげたらきりはない。美術品の紋様や、着物の柄だってそうでしょう。すべての生活に亙って、そんなにお蔭をこうむっているというのに、日本人にはすこしも感謝の心がない。先年、わたしが吉野に桜の碑を建てたのも、実はそういう気持ちからなんです」。66p

 笹部は「桜を植える時、一本一本自分の墓と思って植えている」という。それを記念碑として残しておいたのだろうと白洲は言う。白洲は笹部と会った最後に「桜の寿命は四、五十年と言いますが、稀には千何百年という名木もある、これはどういうことでしょうか」と問う。笹部は「そうですね。桜の成長は、ほぼ五十年でぴったり止まってしまう。それから先は、自力で生きるのです」。これを聞いて白洲は「人間も同じということか」、と感想を述べる。66p

 先日の新聞で書いてあった箇所は文の最後にあった。「でも白洲さん、桜は花ばかり見るものではありませんよ」。69p

 いろいろ桜について知るとこれから先、何年いや何回桜が見られるかわからないが少しは桜を愛でる気持ちも今よりは増すかもしれない。

2017年4月7日金曜日

「桜は花ばかり見るものではありませんよ」

 まるで梅雨のように雨が降り続く。雨が止めばプールへ、と思うのだが、雨はやみそうにない。天気予報によると月曜日までお天気は良くないようだ。今夜からカープは地元で戦う。だが、雨が心配。

 2月に姉妹の家族に会った際、妹夫婦に「子供たちは阪神ファン?」と聞いた。すると妹夫婦の東京に住む長男夫婦とその家族は阪神ファンでなくヤクルトのファンだそうだ。これを聞いて驚く。甥や姪が小さい頃はよく大阪に出かけた。その当時は阪神ファンを自称していた甥も今やヤクルトを応援。甥の2人の男児は東京育ちでお嫁さんも東京の人。その影響かもしれない。こういう変化は広島ではありえない!?

 ともあれ、カープは連夜の延長戦を戦っている。今日の雨は夕方に上がればいいけど…。野球は中止でなくても泳ぎは中止となりそうだ。

 まだ咲き誇っていない今年の桜はこの雨でどうなるのやら。後で学校の桜を見てみよう。桜と言えば今朝の地元紙に笹部新太郎という桜男の記事がある。自分だけが知らない人であって、世間的には有名な人に違いない。記事を読んで感動して早速、図書館で本を探すとご本人の著作は蔵書になさそうだった。それでもこの人について書いている白洲正子の本を探すと蔵書にある。是非とも読みたい。

 新聞記事は「出久根達郎の人に言葉あり」。大見出しには「『桜男』笹部新太郎」とあり、「自腹で名木 後世に継承」とある。白洲によると「大学在学中から桜に興味を持ち、一生を捧げた奇特な人物」らしい。大学卒業後、大地主である笹部家の持ち山に桜の演習林を造園し、桜の名木を後代に伝えるための自弁事業をしている。もちろん商売のためではない。

 桜と言えば大阪造幣局の桜が有名。笹部の手による桜は造幣局のほかにいろんなところにあるという。白洲は笹部に創作した桜の若木を見せてもらう。桜の花の季節に改めて伺って花が見たいと笹部に言った。すると笹部は「白洲さん、桜は花ばかり見るものではありませんよ」と返答する。

 雨が降り続き、桜の花も雨で散るかもしれない。笹部は春に咲く桜の花だけでなく、その後に続く新緑の葉桜、秋の紅葉…といつ見ても美しいというのだろう。もしかして桜自身も雨で桜の花を気にする私たち人間に「桜は花ばかり見るものではありませんよ」と言っているかもしれない。