内館牧子の訃報を知った。同世代を生きるものとして早い死に驚く。内館といえば同じ年に大学は異なるが社会人大学生として学んでいる。2002年夏、会社を早期退職し、その2週間後に交流プラザにあった社会人大学生募集のパンフを入手。その年の12月初め、入試があった。入試は小論文と面接だった。が、当時通っていたアジア塾の若い元ゼミの先生にメールして過去問を取り寄せるように教わった。しかし、現役の学生ではなく、長く会社勤めをしていたので試験までの日々は大変だった。というよりも入学してからの方が大変を通り越して地獄の日々となったが。
内館は社会人大学生といっても大学院生だ。こちらは短大卒なのでいきなり大学院には入られない。学部の1年生で入学したので教養科目から学んだ。大変だったのは昔はなかった情報科目。それと英語。(体育も必須?)と思って心配していたらそうではなかった。必須ならば水泳で単位を取ろうと思ったほど考え方も深刻だった。
著名な内館は雑誌などに社会人大学院生のころの話を書いた。鮮明なのは「養老院よりも大学院へ」がある。学部生を4年終えての大学院生なので内館とは卒業に4年の開きがある。「養老院よりも大学院へ」を話した頃は自分自身も大学院を終えていた頃かもしれない。いずれにせよ、その言葉は強烈だった。同じお金を使うなら養老院に入るよりも大学で勉強する方がいい!?
学部入学後、2年目に母が骨折。親の介護と学業が重なり、大変な日々を送った。が、何が何でも大学に入ったからには大学院で学びたかった。母は当時はまだしっかりしていたので大学院が2年あると話すと行かないでくれ、と懇願された。それを聞いたときはつらかったがこの機会を逃すと大学院へ行かれなくなると察して母を説得。母は納得してくれて学業が続けられるのがうれしかった。
内館の訃報で当時の時間の足りなさを嘆き、厳しかった生活を思い出す。そう思えば今はやりたいことが何でもできる。これは本当に幸せなことだ。
人の訃報で自分自身の残りの人生を考える。時間を無駄にせず、元気なうちは思いっきり人生を楽しもう、と。自分にとってそれは何?
年の瀬も押し詰まっていろんなことを考える。まだ、どういっても元気だ。母はいつも言っていた。「いいことは長く続かない」、と。その意味でも今、元気なうちにやりたいことを頑張ってやろう!それは旅!?
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
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